盟約と二人の夜 3
屋敷に戻ると「少々考えなくてはいけないことがある」と言い残してウェルズ様は執務室に籠もってしまった。
夕食の時間になっても戻ってこないので呼びに行くと、ウェルズ様は書類の山に埋もれていた。
(休暇を取っても休む暇もないのね……)
王都はウェルズ様の華々しい活躍によりようやく手に入った平和に活気づいている。
ウェルズ様の活躍はすでに吟遊詩人により語られている。
(そうね、もしも妻でなかったなら吟遊詩人が語るその活躍を心を躍らせて聞いたのかもしれない……でも)
「カティリア?」
ウェルズ様は私に気が付くとすぐに立ち上がり近づいてきた。
髪を撫でてきた手に触れて頬をすり寄せるとその動きが止まる。
「……泣いているのか?」
「どうして無謀なことばかりしたのですか?」
「……」
「私の元に帰ってくる、それだけが別れの日に交わした約束だったのに」
3年前、結婚式のその日にウェルズ様は戦場へと向かい、帰ってくることがなかった。
愛の言葉もなく、ただ『君の元に帰るから待っていてほしい』という言葉だけを残して……。
私が書いた手紙に返事はなく、他の騎士たちが一時帰還してもウェルズ様だけは帰ることがなかった。
だから私と結婚したのには理由があって、そこに愛はなく、3年すぎてウェルズ様が戻ったときには白い結婚を理由に別れを告げられるのだろうと思っていた。
――それなのに、戦場での様子がようやく広まれば、ウェルズ様の行動は私の元に帰るつもりなんてないと思えるほど無謀で……。
「泣かないでくれないか」
「ウェルズ様は、どうして3年で和平を結ぶことにこだわったのですか……そうでなければここまで命をかけなくてもすんだのでは」
「……カティリア」
真っ直ぐ見つめていると、ウェルズ様が困ったような表情をした。その顔で私は確信してしまう。
「私のせいですか」
「……」
「答えてください、ウェルズ様」
「君のせいじゃない。……ただ俺が、無謀にも君のことを諦めきれなかっただけだ」
「……っ」
いつもこわれ物のように私に触れていたのが嘘のように獰猛な口づけだった。
そのまま息をするのも忘れて翻弄されていると唇が離れ、涙の跡が残る頬に交互に口づけされる。
「何度も死を間近に感じた。運良く生き残ってきたが、一度だけ完全に死を覚悟した」
「……」
「きっと戻れないと覚悟して君の元を離れたからこそ愛していると伝えず、君の初めても手折らなかったのに、死に瀕したとき俺が考えたのは」
死に瀕したという言葉に心臓が握りつぶされたように苦しい……それなのに続けてウェルズ様がささやいたのは。
「君を誰かに奪われるのだけは嫌だと、なぜ君の全てを奪ってしまわなかったのかと、残される君のことなんて考えもしないあまりに利己的な後悔だった」
(私こそ自分のことばかり考えていた……)
私からウェルズ様を抱きしめるのは初めてだ。
ウェルズ様はいつだって、歩み寄っていてくれたのに……。
そのとき、ウェルズ様の制服についた魔石がギラギラと光り出した。
「……騎士を辞めてもいいだろうか」
「良いですよ……」
「簡単に許可されると君を守るのに適したこの地位を捨てることは出来ないと思い知らされる」
「遠い辺境で二人で過ごすのはいかがですか?」
「それは良いな」
額に落ちてきた口づけ。
名残惜しむように離れていく体。
「だが、ひとまず行ってくるか……。魔石が赤く光っている……緊急の報せだ」
バサリと音を立ててマントを羽織り、ウェルズ様は私に微笑みかけた。
「……あと2週間残っているが、君を振り向かせることができたと思っていいだろうか」
「……はい」
――ウェルズ様を見送る。
私たちはようやく夫婦として歩き出すことができそうだ。けれど、嵐が去るまではまだもう少しかかるのだった。
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