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魔法が効かない妻 3


 そこで私の時は完全に止まった。

 一番始めに思ったのは『まつげが長くてズルい』というどうでも良いことだった。


「……ん」


 私が起きた気配に気がついたのだろう。長い長い漆黒のまつげが動いて、少し寝ぼけたように焦点が合わない緑がかった青い瞳がこちらを見た。


(ちょ……その顔は反則です!)


 その微笑みは、少しばかり、いや、かなり厳ついその印象を消してしまう。

 ギュッと抱きしめられて、ここが夫婦の部屋であることを改めて思い知らされる。

 急に高鳴ってしまった心臓の音が部屋中に響いているようだ。


(違う……。私の心臓の音だけじゃない)


 ドクドクと音を立てている鼓動は二重に聞こえてくる。

 途端に頬が上気してしまってどうしようもなく恥ずかしくて身じろぎする。

 ふと確認すれば、コルセットが緩められているけれどドレスのままだった。


「良かった、ちゃんと目覚めて」

「……ウェルズ様。あの、どうしてここに」


 質問をしてから、事実に気がつく。

 私の手は、しっかりとウェルズ様の上着を握りしめていた。

 きっとずっと離さなかったのだろう。動かしてみれば指先が強ばっているし、しびれすら感じる。


「――あの」


 そっと手を離すと、手首を軽い力で掴まれてそっと指先に口づけされる。

 恥ずかしすぎて目を逸らしたいのにできずに見つめているとウェルズ様の形の良い唇が震えた。

 

「本当は3年間ずっと後悔していた」

「……ウェルズ様」

「無理にでも君を手に入れてしまえば白い結婚が成立して君に別れを告げられる心配はなかっただろうし、王家を敵に回してでも君を攫ってこの国を離れるという選択肢もあった」


 ウェルズ様は私のことをギュウギュウと抱きしめながら、耳元でそう口にした。

 吐息がかかる距離と、心からのものとわかる言葉……。


「でも君は、魔法が効かないから安全な場所にいなくては」

「……ウェルズ様?」

「危険な場所にいる君を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。本当の俺が周囲にどれだけ畏怖されるかを知られたくないと思っていたことなど吹き飛んで、君以外どうでもよくなった……」


 私の無事を確かめるような手つきだ。

 そっと髪が撫でられ、頬に触れられ、肩に触れた手が背中にまわりもう一度強く抱きしめられる。


「君には害のある魔法は効かない代わりに、治癒魔法も効かない。物理的な力で傷つけられたなら、君を助けるすべがない」

「それはそうかもしれませんが」


 治癒魔法を持っている人は本当に希少で、一人の人間が持つ魔力量には限りがある。

 だから高価で私には縁がないものだという認識だった。

 けれどウェルズ様はそう思っていないということだ。


(今までの境遇のせいで忘れそうになってしまうけれど、私は侯爵夫人だったのよね……)


 子爵家のような下位に位置する貴族と侯爵家のような上位に位置する貴族とでは住む世界が完全に違う。

 だから治癒魔法の恩恵だって、本来であればもちろん受けることができるのだ。


「頼むから、指先一つでも怪我をしないでくれ」

「……それは難しいかと」


 本を読めば乾いた指先は簡単に傷つくし、料理をしていれば誤って傷つけることだってある。


「……君を真綿に包んで安全な場所に保管しておきたい」

「えっと、ウェルズ様の方が危険な場所にいるのに」


 治癒魔法だって万能ではない。

 失われてしまった命を蘇らせるすべなんてない。

 だから、騎士団長として働くウェルズ様の方が私と比較してずっと危険なはずだ。

 ようやくウェルズ様が寝る間もなく忙しかったことを思い出す。


「ところでお仕事は?」

「君より優先するものはない」

「でも、不正の疑惑がある帳簿のこととか……」

「マークナル殿下が請け負ってくれた。こういうときに、上司が近くにいるというのは心強いものだ」


 そう言いながらもウェルズ様はベッドから出て私のことを見下ろす。仕事に行くのだろう。


「今日は休んでいるように」

「でも」

「否は聞かない。それから、君の護衛を紹介しよう」


 ベッドサイドのベルを鳴らせば、執事長が一人の女性を連れて入ってきた。

 短い髪は目が覚めるような赤色をしている。白地に金色の縁取りの制服は、王立騎士団のものではないが明らかに騎士が身につけるものだ。


「フィラスと申します」


 微笑んだ女性は、私に忠誠を誓うことを示すように剣を差し出してきた。

 困惑しながらウェルズ様を見つめると、微笑んだまま軽く首をかしげてきた。


(……これは、忠誠を受け入れろということですね!?)


 こうして私には一人の護衛がつけられることになる。

 それは今までの日々が本当に自由だったと思い知らされるような、ウェルズ様による過保護すぎる日々の始まりを意味していた。





 

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