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看護学生日記  作者: 六道
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9月26日 これだけでも読んで下さい

9月26日 今は二時間目の授業の後半である。突然だが最近の私の読書量には自分でも驚くものがある。特に小説を読むことに熱中しているのだが、先程の一時間目の授業では「今夜、世界からこの恋が消えても」を読破できたのだが、あまりの面白さに感動した。この感動は以前私の読んだ「かがみの孤城」を上回るのではないだろうか?私は創作物に対して比肩を呈するつもりは毛頭ないが、小説の中では私が歴代読んできた小説の中では間違いなくトップだったといえよう。今この文章を読んでいる諸君に次ぐ。今私が書いているこの文章が読まれることになるのは明日かもしれないし、果ては100年後かもしれない。どちらにせよ私の読んだ前述の作品は後世に名を残すだろう。是非調べて読んでみてほしい…。よく考えれば今私が記した書籍は「小説」というカテゴリーに限定化されているに他ならない。「本」というものはあらゆる分野、すなわち「小説」「エッセイ」「SF」昔話」など様々なものを内包している。私ももっと別の分野に挑戦に挑戦するべきなのだろうか。しかし勇気が出ない。しばらくは小説やらエッセイやらで満足しておくにとどめておこうと思う。ちなみに今気になっている本は近衛文麿氏の生涯を語った「我巣鴨に出頭せず」であるが私が現在学生なのもあり、金がない。以前図書館に出向いて借り入れようともしたのだがそこにはなかった。あー私にもっと金があればな…。悲観していてもしょうがない。近々アルバイトをして金を稼ぐ予定なので今後に期待である。唐突だが本について少し語りたいと思う。今何となく私が本を嗜むようになった背景を振り返りたくなっただけなのであまり真面目に見る必要はない。私が本を読むようになったのはいつ頃だろうか…?私自身の記憶も定かではないが、恐らく幼稚園の頃に遡る。当時の私は所謂「漫画」をよく読んでいた。私の父が買い集めた赤塚不二夫氏の「天才バカボン」「おそ松くん」などである。その頃に私は父から字を学んだのだろう。小学生に上がってからは一年生の頃に「はだしのゲン」をよく読んでいた。日本人なら誰でも知っているはずだが、8月6日に広島に原子爆弾が投下された後の人々の物語だ。幼いながらも私はあの漫画を読んで正解だったと言えよう。「はだしのゲン」は是非とも小学校低学年の少年少女に読んでいただきたい。(女子生徒の場合はトラウマになってしまう危険性が高いため推奨せず)私がしっかりと絵ではなく文字の羅列が並んだ「本」を読んだのは小学一年生のこの頃である。私が記憶する中で人生で最初に読んだ本は「はだしのゲン」の作者である中沢啓治氏の「わたしの遺書」である。何故か自分でも不気味なくらいしっかりと記憶している。この本の内容は自身の被爆時の体験を記したもので、中々残酷であり「はだしのゲン」と内容の相違する場面も多く、「はだしのゲン」は子供が見やすいようにかなり表現が抑えられているのだと感じた。その頃から少しずつではあるが本を読み始めるようになった。小学二年生、三年生の頃には世界の偉人を紹介する本のようなものを読み耽っていた気がする。当時ピアノを習っていたのでベートーヴェンやらモーツァルトなど音楽に関する偉人が比較的多かった。私の読書に大きな変革があったのは小学4年生。授業で怪人二十面相の本を読む場面があったのだが、そのシリーズが気になり図書館の探偵物の本をたくさん読むようになっていた。この頃にある文学少女と話すようになったのは記憶に新しい。彼女とは幼馴染で何度か家に遊びに行ったり、長野県の牧場でお泊り会をしたことなんかがあった。長らく疎遠であったが本を通して再び彼女と話すようになる。小学生時代はたまに図書館で本に関する話をしたり、私は様々な小説に出会えてとても楽しかった。やがて中学時代になるが、私は昼休みは常に図書館にいた。手塚治虫氏の書いた「火の鳥」に魅了されよく読んでいた記憶がある。文学少女との交流は少なくなっていたが、ちょくちょく本の話はしていた。ある日たくさんの小説シリーズが並んでいる本棚を指さし「見て、あそこの本棚の本全部読んだんだ。凄いでしょ」。と言った場面を私は生涯忘れる事はないだろう。高校時代には政治やら思想やらの本を読むようになった気がする。この時期に日本の国際的な立ち位置についてよく理解できた。だが高校時代は忙しくあまり本を読めなかった気がする。それに私は頭が悪かったので難しい本は退屈で読書週間が減っていった。書くか悩んだが一応書いておく。高校二年生の頃に前述した文学少女は亡くなった。高校一年背の頃に骨肉腫という話を聞いており、車椅子で学校に来たりして頑張っていたのだがついに亡くなってしまった。享年17歳である。非常に惜しい人を亡くしたと私は思う。彼女ほど本に精通し知識を兼ね備えた人は類を見ない。もっと他のろくでもないクズが死ねばよかったのに。心底意味が分からない。何故彼女だったのだろうか。何故こうも世の中は残酷なのだろうか。別に私は彼女と恋仲だったわけでもなく、偶に本の話をする友達にすぎないが強くそう思う。嘆いていても始まらないので冷静になる。彼女も私がこんなことを言うのも本望でないだろう。彼女の家は寺だったので恐らく丁重に供養してくれるだろう。ここにそれを追悼する。楽しい時間を過ごせてよかった。話を戻すが高校時代は私は読書をあまりしなくなっていた。受験もあり読書からかけ離れた日々を過ごしていたのだ。この時期は私にとって耐へがたく、人生最大のつらい時期だった。そんな時期も終わり専門学校へ入学することになる。この学校にある本は面白いものも多少あった。私の学年で図書館を訪れ文庫本を借りる生徒は私くらいなのだが、以前男の先輩から図書館で話しかけられた。つい先週の出来事である。彼は私の好きな作家の西加奈子氏を知っており私の借りていた「コンビニ人間」も知っていた。これは私にとって大きな発見だった。正直私は一人で本を読むことに関して少しコンプレックスを抱えている。本を読む行為は世間的に「陰キャ」「つまらなさそう」「近寄りがたい」などといったイメージが少なからずあるからだ。そんな意味で仲間ができたと思って少しばかり嬉しかった。私の読書に関する記述をこれにて終了する。これからも面白い本に出会えますように…。



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