第七話 友達なので
更底町。怜使たちの住む、住宅だらけの素朴な町だ。
町一番の大きな駅である東更底駅から徒歩10分。他の家屋とはひと回り大きさの違う建物がある。真っ白に塗装された外壁にはこれまた大きな看板があり、金色の文字で「桜花堂」と書かれている。
そして今、その目の前に、怜使たちは立っている。
「ここって……」
更底町に住む人なら誰でも知っている、超有名な和菓子屋である。種類も豊富で、オリジナルの「雪まんじゅう」は多くの人から愛される逸品だ。怜使も家族に連れられて来たことは一度や二度ではなく、約七十年続く老舗でありながらこれだけ綺麗な外装を保っていることが、その人気を裏付けていると言えよう。
ただ、今日怜使ら三人がこの桜花堂に来たのは和菓子を買うためではない。
「__ただいま。おばあちゃん」
戸を開け、先んじて中に入った彩が呼びかける。遅れて入った怜使たちも静かに反応を待つ。
店内は町角の和菓子屋にしては広く、ショーケースが縦に横にと並んでいる。その中には色とりどりの和菓子が所狭しと佇んでおり、木札で名前と値段が記されている。古い記憶の中の桜花堂と、寸分たりとも違わない。
…………返事がない。物音ひとつすら立っておらず、店内に沈黙が流れる。なぜか綾も瑠華も喋らないし。
沈黙に耐えかねて怜使が口を開こうとした、その時だ。
「__おぉ彩、おかえりぃ。今日は少し遅かったねぇ」
ゆっくり、ゆっくりと。店の奥から一人の老婆があらわれた。
しわがれた声と同時に出てきた老婆はこちらを見ると、浮かべた微笑みをさらに深めた。
「おや、今日は瑠華も一緒かい。あんた、また一段と美人に___あらま?」
怜使の存在に気がついたのか、老婆がまじまじと見つめる。視線を送られてひるむ怜使に、老婆がのそのそと近づいてくる。
「おやおやまあまあ、こりゃまためんこい子が来たもんだぁ」
「め、めん……!?」
満面の笑みでそう言われ、怜使は顔を真っ赤にして驚く。めんこいだなんて、親以外には初めて言われた。親にもそんな言い回しはされたことないが。怜使の様子を見て、瑠華は柔らかな微笑みを浮かべている。
「どうもぉ、わしゃこの桜花堂の店主、緋水櫻だよ。彩のお友達かい?」
「あっ、えっと、どうも、天音怜使です……」
老婆__櫻の自己紹介に、怜使がどもりながらも応じる。
先述の通り、怜使も桜花堂には何度か来店したことがあり、その度に優しそうな老婆が応対してくれた記憶がある。言わずもがな、この櫻が件の老婆であろう。
「おばあちゃん、呼びかけたらちゃんと返事して欲しい。いるのかいないのかわからない」
「おや、すまないねぇ。ちょうど厨房の方に行っていたから、声もよう聴こえなくてなぁ。歳には抗えんもんだぁ」
彩の抗議に多弁に答える櫻は、変わらずにこやかな表情を浮かべている。話し方といい、表情といい、あまりに物腰柔らかで彩とは似ても似つかない。本当に彩の祖母なのだろうか。
「さてと、本題に入ろうかねぇ。瑠華も一緒ってことは、今日の用向きは大方魔法少女についてだろう?」
「はい、大したことではないのですが、少し気になることがあって………」
「___その前に、わしの方から一つ、訊かせてもらってもいいかえ?」
瞬間、空気が凍りついた。櫻の表情は未だ微笑の形をとっており、先ほどまでの柔和な雰囲気は健在。だが、底知れない威圧感がそこにはある。
「どうして魔法少女じゃない怜使が、あんたたちと一緒にいるんだい?」
櫻の問いかけに、怜使が息を呑む。怜使に発せられた問いではないにもかかわらずだ。そこには確かに、強い圧が込められていた。
「特に瑠華は、よう分かっとるはずだろうに。自分がいかに危険なことをしとるのかを」
「そ、れは……」
いつも凛とした態度で弱みなど見せない瑠華。声を震わせ、たじろぐ彼女の姿は、普段のそれとはかけ離れていた。
櫻の言は、瑠華たちの魔獣討伐に怜使を連れていることに対するものだろう。
だとしたら、責められるべきは瑠華じゃない。
「あ、あのっ、櫻さん」
ゆっくりと、櫻が怜使の方を見やり、そのまま黙って怜使の言葉を待っている。目を合わせられず、思わず目を泳がせる。
「わ、私なんですっ、ついていきたいって言ったの…………二人には、危ないところを、助けてもらって………魔法少女のこと、知りたくなっちゃって……」
「まぁ、そんなことだろうと思ったさね。その好奇心は責められるものじゃない。___ただわしらには、それを意地でも止める義務がある」
それを聞いて、怜使は自分が瑠華たちに救けられたときのことを思い出す。
瑠華はあの日、魔法少女は魔獣から人々を守るものだと言った。それを考えれば、櫻の糾弾は正しい。人々を守る魔法少女は、市民を危険に晒すべきではない。たとえそれが、本人の望んだことであったとしても。
でも、あの時わがままを言ったのは怜使の方だ。瑠華は怜使の身勝手な要望を優しさから聞いてくれただけで、依然彼女は責められるべきじゃない。
それに___
「………私は、瑠華ちゃんと彩ちゃんを信じてます」
「………」
「瑠華ちゃんも彩ちゃんもすごく強くて、私を、守ってくれました。………きっと、これまでもあんな風にたくさんの人を救ってきたんだと思うんです」
あくまで推測でしかないけれど、二人は今まで人知れず戦い、怜使の時のように人々を守ってきたはずだ。それができるほどの力を羨ましいと思う反面、魔獣のことは怖いと思ってしまう。そんな自分には、とてもできないことだ。
「魔獣のことは、正直怖いです………実際死にかけましたし……………でも、瑠華ちゃんたちは………えっと………」
ならばせめて、誰にも知られることのない瑠華たちの戦いを、怜使だけは知っておきたい。
「………と、友達、なので………」
「………」
「……友達が、戦ってるのに………無視はしたくない、です……」
言いながら、怜使はどんどん顔を下に向けていく。勢い余って、かなり恥ずかしいことを言っているような気がする。
しかもさらっと友達だとか。おこがましいとか思われていないだろうか。恥ずかしさで顔中真っ赤になっている。
「__めんこいだけじゃのうて、なかなか強い子なんだねぇ」
顔を上げると、櫻が変わらず優しい微笑みでこちらを見ていた。先程までの威圧感はなく、ただただ優しい笑みだ。
櫻はその顔のまま瑠華の方を見ると、ゆっくりと近づき彼女の肩に手を置いた。
「怖がらせて悪かったねぇ、瑠華。あんたが、覚悟を固めてないわけないだろうに。……ただ」
俯く瑠華に謝罪する櫻が、再び真剣な声色で付け加える。
「さっき言ったことを訂正するつもりはないよ。あんたらが危険なことをしてることにゃ変わりない。__気を抜くと、この子も死ぬからね」
「……はい、分かっています。……絶対に、繰り返しません」
櫻の忠告に、瑠華はいつになく真剣な声で応じる。なんとなく、今の会話に引っかかるところがあるが__
「さぁさ、重たい話はこのくらいにして、お茶でもしようかねぇ。まずは、和菓子で一服さね」
櫻の一言でそんな空気ではなくなったので、今は気にしないことにした。