第六話 固有魔法
「魔法少女は、自分の体の中の魔力を魔法に変えて戦うの」
そう語るのは、モノクロの魔法少女の装いをした瑠華だ。不思議なことに物語の世界よろしく、一瞬光に包まれるだけで着替えは終わるらしい。隣では彩も、すでに変身を終えてぼーっと空を見上げていた。
「魔法にもいろんな種類があって、人によって得意不得意もあるの。基本的には攻撃魔法、回復魔法、強化魔法の三種類があって、私は身体能力を上げる強化魔法が得意だけど、他の魔法はからっきし」
「そ、そうなんだ……言われてみれば確かに」
まだ二度しか戦闘を見ていないが、瑠華はこれまで一度もビームやら弾やらを放ったりはしていない。常に己が身一つで、勇猛果敢に魔獣を切り伏せていた。
「彩ちゃんは攻撃魔法が得意なんだけど、一番はそれじゃなくて……」
「__固有魔法の、『創生』」
いつから話を聞いていたのか、空を見つめていたはずの彩がこちらに向き直りそう答える。
固有魔法。先ほどのラインナップにはなかった響きだが、字面からどんなものかは簡単に予想がつく。
「固有……その人だけの、オリジナル」
「そう。その人だけが使える特別な魔法のことだよ。魔法少女は誰でも、一人ひとつずつ固有魔法を持ってる」
「わたしは『創生』。魔力でいろんな物を作れる」
言いながら、綾は手のひらを上に向ける。すると、文字通り手のひらの中心からボールペンが一本出てきた。彩はそれを軽く握ると、怜使に手渡した。
「す、すごい……ちゃんとボールペンだ」
そういえば二日前、怜使が魔獣に襲われた日も、彩は矢筒もないのにいつの間にか矢を取り出していた。あの時は気が付かなかったが、それもこのペンと同様に固有魔法で作り出した物だったのだろう。
「……?」
ちょっと待て。何か引っ掛かる。
瑠華はつい先ほど、一人ひとつずつ固有魔法があると言っていた。彩の固有魔法はこれで証明されたが、瑠華については先述の通り、フィジカルでゴリ押しする以外のところを見たことがない。ただ使っていないだけなら話は別だが、そもそも瑠華は強化魔法以外使えないと言っていなかったか。
「あ、あの、瑠華ちゃん……瑠華ちゃんの固有魔法は……?」
「………えっと」
恐る恐る尋ねる怜使と、口ごもる瑠華。そして___
「__ないよ」
平然とした顔で、彩だけが口を開いた。
「や、やっぱり……?」
「うっ……気づいちゃったかぁ……」
目を背けた瑠華の頬は少し赤らんでいるようにも見える。固有魔法がないというのは、魔法少女的には恥なのか。
「ない、というか、わかんない、というか、ともかく、それっぽいのは使えないの……」
「でも、わたしは瑠華ほどの強化魔法は見たことない。ああは言ったけど、固有魔法が関係してないとは思えない」
「だ、そうです」
瑠華の言葉に、彩が付け加える。
とどのつまりは、瑠華は目に見える形で固有魔法らしいものがあるわけではないが、強化魔法に特化しすぎていて固有魔法がそれ関連でないとおかしい、ということだろうか。
「じゃあ、瑠華ちゃんの固有魔法は、『超強化』、的な……」
「わ、いい名前。今度からそう言っちゃおうかな」
ふと口をついて出た言葉は、意外にも好評だったらしい。
かくして、「瑠華の固有魔法は恐らく『超強化』」という結論に。
さて、今の会話の中で、怜使にはもう一つ疑問点が浮かんだ。それは___
「二人の他にも、魔法少女がいる……?」
「魔法少女は誰でも一人ひとつずつ」とか、「瑠華ほどの強化魔法は見たことない」とか、どうやら瑠華と彩以外にも魔法少女がいるらしい発言がしばしばあった。
「うん、他にもたくさんいるよ。この街だけじゃなくて、日本中、それどころか海外にだっているんだよ」
「そんなワールドワイドなんだ魔法少女……」
「……魔法少女は、近くの魔法少女や魔獣が持つ魔力を感じ取れる。たまに、魔法少女とすれ違ったりする」
「まあ、滅多にないことだけどね」
瑠華と彩がそれぞれ説明をしてくれる。魔法少女が二人も同じクラスにいることがどれだけの奇跡なのか、それを再確認させられた。
「……ところで、一つ気になってたんだけど……」
「うん?」
「魔法少女って、どうしたらなれるのかなって……なんか、こう、小動物みたいな妖精が出てきて、『ボクと契約して魔法少女になってよ』、みたいな感じで……?」
魔法少女といえば、マスコットを飾る妖精だ。彼らが突然現れて、「さあ、このステッキで魔法少女に変身だ!」みたいな展開が、彼女らにもあったのだろうか。
だとすれば、怜使にもいずれその時が訪れるのでは___
「ううん、そういうのは見たことないなぁ」
「あ、そうなんですね……」
一瞬膨らみかけた期待が即座に砕かれる。とは言っても、それほど傷ついたわけでもないが。
それにしても、妖精の類は見たこともないとなると、彼女らは一体何をきっかけとして、魔法少女になったのだろうか。
「私もよくわからないんだけど、中学生になったぐらいの時に、突然魔力を感じ取れるようになったの」
俯いて思案を巡らす怜使に、瑠華がそう続けた。顔を上げると、瑠華も同様に少し目線を下げている。表情がよく見えず、感情が読み取れない。
「それと同時に、私は魔法少女なんだって自覚が芽生えたっていうか……うーん、うまく言えないなぁ」
「つまり、これといってきっかけはないってこと……?」
「うん、まぁ、そういうこと……………怜使ちゃんは、魔法少女になりたいの?」
瑠華の投げかけた質問。それを受けて、怜使は再び俯き、考える。
かつてはその気持ちもあった。自分も、画面の中の彼女らのように、キラキラ輝く魔法少女になってみたいと。街の平和を守ってみたいと。しかし、今は実際に魔法少女を目の当たりにして、彼女たちが戦っているのがいかに恐ろしい存在なのかを知ってしまった。
それに、ついさっき。自分も魔法少女になれるわけではないと知った時、不思議とすんなり納得できてしまった。以前の自分では、希望を捨て切れはしなかっただろう。
「……よく、分からないけど。今は、あんまりそうは思わない、かな」
「……うん、そっか。それならよかった」
そう小さく呟き、瑠華が安心したように微笑んだ。
「それにしても、確かに気にしたことなかったなぁ。どうして私が魔法少女になったのか……なんでなんだろう?」
「……気になるなら、訊いてみる?」
瑠華の疑問に、ここまでしばらく無言だった彩がそう尋ねる。かく言う彩自身は、あまり気にしている様子でもないが。
というか、「訊く」とは、いったい誰に。他の魔法少女に訊くにしたって、同じく魔法少女である彼女たちも知りえないことを、果たして知っているのだろうか。
「あ、あの、訊くって誰に……」
怜使が我慢しきれずに、彩に恐る恐る質問する。瑠華とは少しずつ打ち解けてきた感があるが、あまり会話することもなく、何を考えているかも読み取りづらい彩には、まだいささか苦手意識があった。
彩はその眠そうな瞳をこちらへ向けると、ゆっくり口を開いて、言った。
「__わたしの、おばあちゃんに」