第五話 オタク特有の
「ガアアアアァァァァ…………!!」
弱々しい呻き声を上げながら、魔獣が膝から固い土に崩れ落ちる。ズシン、という音の後、すぐさま蒸発が始まった。
ゴリラのような巨躯が萎んでいくのを確認し、2人の魔法少女___瑠華と彩は変身を解いた。
「今日のは少し、手強かった」
「うん。接近戦が主体だったし、彩ちゃんには大変だったかも」
かの魔獣は見た目に違わぬ膂力で暴れ回り、周囲の木々はことごとく薙ぎ倒されている。住宅街ではなく山を戦場に選んで心底良かったと思う。
「……瑠華、訊きそびれたんだけど__」
そう彩が口にした瞬間、瑠華の背後でガサガサと音がした。
葉の擦れる音だ。生物がそれを掻き分ける音に相違ない。そこにいるのは、小動物か、猛獣か、あるいは新手の魔獣か。
答えは、そのいずれでもない。
「……お、おわった?おわったよね……?」
草むらから這い出てきたのは、水色の髪の少女だった。長い髪には葉が大量に絡まり、眼鏡も傾いているなど散々な姿だが、どうやら怪我は無さそうだ。
「__なんで、この子がいるの?」
先の質問の続きを紡いだ彩が、普段以上に冷たく感じる視線を瑠華と怜使に向けた。
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時は遡りその日の朝、教室にて。
席から身を乗り出した怜使。向かい合う瑠華は、目を見開いて驚いている。
その理由は__
「魔獣と戦うところを、見学したいって……」
ホームルームの時間が近づき、そろそろ自分の席に戻ろうと思ったその時だ。歩き出した瑠華を呼び止めて、怜使が言ったのだ。
__魔獣との戦いを、観させてほしいと。
「……一応、理由を聞いてもいい?」
「えっと……」
怜使は昨日、魔獣に襲われたばかりの身だ。瑠華たちの到着があと少し遅れていたら、彼女は魔獣に喰われて命を落としていてもおかしくなかった。あんな体験をしてしまったら、彼女に限らず誰であっても、ただ生活するのにも恐怖がつきまとうはずだ。__少なくとも、今まで救ってきた人は皆そうだった。
だのにあろうことか怜使は、わざわざ自ら魔獣のいる所まで赴いて、瑠華たち魔法少女が戦うところを観たいと言うのだ。
「う、上手く言えないかもしれないし、笑わないでほしいんだけど……」
怜使が口を開く。その先に意識を傾けすぎて、瑠華は自分が黙り込んでいることにすら気づかなかった。
一拍置いて、怜使は続きを紡ぐ。
「……私、アニメが好きなんだ」
「……え?」
怜使の口から飛び出た言葉に、瑠華は間抜けな声を漏らす。
今、なんて?……アニメ?
「異世界だとか、異能力だとか、そういうのに憧れがあって……魔法少女系のも、昔から好きで」
「………」
「でも、ある時気づいちゃったんだ。……そんなの、現実にはないんだって」
なんだろう。この話、身に覚えがある気がする。
画面の中の存在。憧憬。
「最初は諦められなかったけど、だんだんどうでもよくなってきちゃって___でも」
落胆。諦念。
ああ、そうか。これは。
「__でも、瑠華ちゃんが来てくれた」
あの時の、瑠華と同じだ。
テレビの中の存在に憧れて、でも実際に見たことなんて無くて。諦めてしまったその時に、突然魔法少女に成った、あの日の私だ。
「すごく嬉しかった。最初は正直信じられなかったけど、瑠華ちゃんや彩ちゃんが戦うところを見て……あぁ、本当はいたんだ、って」
「___」
「だから、瑠華ちゃんたちのことをもっと知りたい。私たちが知らない、魔法少女のことを」
そう告げる怜使の瞳と、瑠華の瞳が交錯する。
澄んだ瞳だ。普段の、どこか怯えたような濁りは一点もない。キラキラと、ただこちらを見つめて輝いていた。
「……私じゃ、守りきれないかもしれないよ……?」
「だっ…大丈夫………覚悟はしていきます……なるべく……」
若干威勢の薄れた怜使の返答。彼女が小心なことは、瑠華もこの一ヶ月で気がついている。そんな彼女が、怖々とでもそう返したのだ。何がなんでも着いていくという意思の表れだろう。
無意識に、瑠華の口から笑い声が漏れた。
「……ふふっ、分かった。着いてきていいよ。ただし、絶対に安全なところにいるって約束して」
「__!うん、うん、約束する、します!!」
ガタッと音を立てて立ち上がった怜使が、物凄い勢いで首肯する。
それを見る瑠華は微笑みの裏で、静かに、けれど確かに、決意を固めるのだった。
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「……そう。大体わかった。つまり興味本位でついてきたんだ」
「いや、あのその通りなんですけど、言い方に悪意が………ひぃっ」
物言いのキツさに抗議しようとした怜使が、綾に視線を向けられて悲鳴を上げる。その瞳は先ほどよりも、さらに幾分か冷たくなっている気がする。
「ふふっ、大丈夫だよ怜使ちゃん。彩ちゃんは別に、怒ってるわけじゃないから」
「ほ、本当に……?」
「うん、別に怒ってない。ただ理解できないだけ」
「解釈によってはもっとキツいの来た……」
怒る気にもならない、そんな意味を含んでいそうな彩の返答に怜使が肩を落とす。その様子に瑠華はころころと笑って、
「でも、びっくりしちゃった。怜使ちゃん、普段はこんな風におどおどしてるのに___好きなものの話になると、たくさん喋るんだね」
「ぐぅ!やめて!やめてください!」
と、オタクに効きすぎる追い打ちを、無自覚にかけてきたのだった。