第二話 ぼっち2号
「魔法、少女…?」
眼前の瑠華の姿を見て、怜使の口がそう紡ぐ。
彼女は今普段の制服ではなく、あまり見かけないデザインの衣服に身を包んでいる。モノトーンを基調としたそれは至ってシンプルだが、スカートの裾や袖口にはフリルが施されている。黒いマントやその手に持った大剣など、若干異質な物は存在するが、まさに空想上の魔法少女の姿と相違ない格好だ。
だが、魔法少女なんてものがこの世に存在するとは思えない。無意識に紡いだ先ほどの言葉を思い返し、少し恥ずかしくなった。
「あっ、ご、ごご、ごめんなさい!変なこと言っちゃって…ま、魔法少女なんて、私、人の私服に対して失礼な、こと、を……?」
という怜使の早口で必死な陰キャ丸出しの謝罪に対しての瑠華の反応は、少し意外なものだった。
瑠華が驚いたように、ルビーの瞳を大きく見開いている。その不思議な反応に怜使が固まっていると、そのまま2、3度目をぱちくりさせ__
「よく、分かったね…。私が、魔法少女だって」
……魔法少女?瑠華が?本当に?
これでも怜使は一応は乙女だ。幼い頃は魔法少女に憧れていたし、なんなら今だって魔法少女は大好きである。ただし、それはあくまで空想の世界の話で、魔法少女なんて現実には存在しないと思っていた。
今だって、瑠華の言葉を全然信じられてはいない。だが、先の一軒家サイズの異形と、それが吹き飛ばされた事実。それがもし、直後に目の前に降り立った彼女の仕業だとしたら__
「__瑠華、早すぎ。もっとゆっくり走ってくれないと、追いつけない」
不意に、いまだに地べたに転がる怜使の背後から、声がした。
眠そうな声だ。聞いているこちらまで眠くなってしまいそうな、そんな声。
後ろを振り返ると、そこには緑色の少女が立っていた。
新緑を思わせるおさげの髪はベレー帽に覆われ、同色のシャツに茶色のスカートを身につけている。エメラルドのような瞳からは感情が読み取れず、どこか虚しい印象も受ける。腰と胸元の赤いリボンはチャームポイントといったところか。そしてこの少女もまた、異様な存在感を放つ「弓」を片手に持っている。
というかこの少女、どこかで見たことがある気が__
「あはは…ごめん、彩ちゃん。突然魔獣の魔力を感じたから焦っちゃって」
瑠華がはにかみ、緑色の少女にそう謝罪する。彩、と呼ばれたその少女はそれを受けても表情一つ変えなかったが、小さく「ん」とだけ漏らした。
そして、怜使はここでも気づく。
「彩…って、緋水彩、さん…?」
緋水彩。怜使や瑠華の所属する1年2組における、怜使に続くぼっち2号であり、感情の読み取れない接しにくそうな子。あまり顔を見たこともないせいか全く気がつかなかったが、確かに髪色やシルエットはそっくりな気がする。
「……?あなたは、誰?なんでわたしの名前…」
「__ァァァァアアアアアアア!!!!」
彩が何事か問おうとした瞬間、けたたましい叫び声が響いた。耳にこびりついて離れないそれは、先ほどの芋虫のような異形__瑠華が魔獣と呼んだ怪物のものだとすぐに分かった。
「__ッ、また、あいつの……ぅううわっ!?」
突然、瑠華が怜使を抱きかかえた。いい匂いがする。
「あ、あのっ、私、さっきまで全力疾走で、もしかしたら汗くさいかも、なんて……」
「…?全然気にならないよ?それより、落ちないようにしっかり掴まってて!」
そう言いながら、瑠華は建物の屋根から屋根へ次々と飛び移り、魔獣との距離を離していく。すぐ背後を見ると、彩も同じルートを通って瑠華の後を追ってきていた。
まるで車にでも乗っているかのような速度だ。真下に見える家々が次から次へと視界を通り過ぎていく。少し移動すると、もう魔獣の姿は見えなくなってしまった。
とんでもないスピードとあまりに現実離れした光景に気を取られて、どれくらい時間が経ったかはよくわからないが、気づいた時には近くの山の中に着陸していた。
あれだけの動きをしておきながら、瑠華と彩には疲れはおろか、一切の息切れも見られない。とても人間とは思えないほどの体力。あるいは、本当に。
ところで、なぜこんな山の中に。
「__さてと、ここなら大丈夫かな」
「……広いし、人気もない。ここならこの時間でも、戦ってよさそう」
瑠華と彩が辺りを見回し、そう言った。つられて周囲を見渡すと、一面の木、木、木。人気なんてあるはずもない、深い森林だ。
そこまで考えれば、頭の良くない怜使でもその真意を理解できた。2人は住宅や人を巻き込まないように、魔獣をここまでおびき寄せるつもりなのだろう。
じゃあ、なんで私もここに?というか、完全に魔獣を撒いてしまった気がするのだが、果たして本当にここまで来るのだろうか。
と、少しばかり心配になったその時だ。
「__危ないから、怜使ちゃんは木の影に隠れててね」
そう瑠華が告げた瞬間、またあの叫び声が聞こえた。今度は別段大きくないが、もうすぐそこに迫っているということは間違いない。
先ほどのT字路からここまでかなりの距離があったはずだが、信じられないぐらい到着が早い。あの巨体からはまるで想像できない早さだ。
瑠華と彩は一瞬目を合わせると、がさがさと音のする草むらの方に目をやった。
「じゃあやろっか、彩ちゃん!」
「__ん」
「ァァアアアァアアアアア!!!」
その直後、魔獣は草むらを掻き分けて、変わらない巨体を3人の前に現し、叫んだ。