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とある居酒屋と常連客  作者: 嶺上 三元
1/1

心霊文章


これはある居酒屋での会話。


 居酒屋でとある合歓コンパで開かれている。

 その中で、ちょっとした怪談話が盛り上がった。


A「あー、盛り上がってきたけど、B、お前なんもないの?そういう話」


B「それで言うと、中学の時に心霊文章を見たことあるかな?」


A「心霊文章?何それ?」


 聞いたことのない単語に盛り上がる面々。


B「心霊写真とか心霊映像とかってあるだろ?それの文章版。そうだな、ネットで見た話だと、ある図書館では何かの本を読んでると、急に髪の長い女が魚を頭から丸呑みする文章が挟まれるんだって。それが心霊文章」


A「え?何それ?どう言うこと?落丁とか乱丁じゃないの?」


 Aの質問にBは首を横に振った。


B「それだと心霊じゃなくて印刷ミスじゃん。心霊文章はその文章が消えるんだよ。……そうだな、走れメロスってあるじゃん、太宰治の。アレのメロスは激怒した。かの邪智暴虐の王を取り除かんとした。って文章の間に、急に髪の長い女が魚を丸呑みしていた。って文章が挟まる訳。その後、アレはなんだったんだろうって読み返すと、女の描写だけが丸っと消えてる訳。それが、心霊文章。ある図書館では、この魚を丸呑みする女の文章が、色んな本の中に現れて消えるんだって」


 Bの説明に、沸き立つ面々。


C「つまり、色んな本の中に、一度読んだら消える文章が、ランダムに現れる。ってことか」


B「そ。それが心霊文章」


A「じゃあ前はその心霊文章を読んだことがあるのか?」


B「そうだよ。って言っても、一回だけな。俺が中学生の時にな」


 そう言って、Bは静かに語るところによると、こう言う話であった


☆☆☆☆☆


 それは、Bが中学2年の夏休みに入る前の頃のことであった。

 当時のBは、それなりに才能ある野球少年として、中学野球部のエースとして活躍していたが、それが嵩じるあまりに勉強がおざなりになりがちな少年でもあった。

 それ故に、進路相談の時間では、野球だけで大丈夫か?と言う質問を投げかけられることが何度かあり、その日もまさに進路指導の教師から学業について注意を受けたところだった。


 或いはそれ故にのことであったのかもしれない。

 その日は、珍しく野球部の活動に行く前になんとなく図書室に寄ってしまい、何をするわけでもなく、ぼんやりと図書室を歩き回った。

 その時、机の上に一冊の本が置かれていることに気づいた。


 それは、『アンネの日記』だった。言わずと知れたユダヤ人の少女が書き記した日記であり、当時のBは国語の教科書にそれが載っていたこともあって、なんとはなしにその本を手に取った。

 そうして、パラパラと本を捲っているうちに、国語の授業が脳裏に蘇り、なんとなく自分が思っているよりも賢いのではないと思い、思わず口元に笑みを浮かべた。


 するとその時、丁度本の半分ほどのあたりに、突然「許さない」と言う五文字の活字が右のページにびっしりと整列し、左のページには血の涙を流した長髪の女がこちらを睨んでいる写真が挟まれた部分が出てきた。

 その余りに異様な様子の本に、Bは思わず悲鳴を上げると、そのまま手にした本を放り出して図書室を逃げ出した。


☆☆☆☆


 そこまで話し終えたBは、そこで枝豆を手に取って口の中に放り込んだ。

 そんなBの話に、周囲はため息ともどよめきともつかない声を上げた。


C「うぉ、怖え。それが心霊文章か?思ったより、派手だな」


A「案外ハリウッドのホラーとかで使われてるんじゃね。じゃあ、そろそろ追加で注文するわ。何か頼みたい人いる?ってか、この居酒屋変なメニューあるな?」


 一度話を切ったBの話に周囲がざわつく中、Cが驚きの声をあげ、Aは周囲に注文を聞き始めた。

 そんなAの誘いに乗って、Bもメニュー表を手に取った。

 唐揚げ、チャーハン、フライドポテトなどのサイドメニューに、酒やらジュースやらが書き込まれたドリンク類。

 取り立てて珍しいメニューは無いが、少し長い話をしたのでウーロン茶を頼んだ。

 そんなBに、ふとCが話しかけた。


C「そういや、さっき心霊文章って他の本にも移るって言ってたけど、その女の写真と文章って他にどんな本に移ったの?漫画とかに移ったら逆に面白いと思うんだけど?」


 するとBはCの質問に苦笑して首を横に振った。


B「ああ、俺の読んだ心霊文章はそう言うタイプじゃなかったから、そう言う話は無かったよ」


C「そう言うタイプじゃないってことは、アンネの日記にだけ出てくるの?二日にいっぺんとか、三日にいっぺんとか、そんな感じ?」


 質問を重ねるCに、Bは少し困ったような、悩んでいるような微妙な表情を浮かべた。


C「なんか変なこと聞いたか?いやまあ、変なこと聞いてるっちゃあ、聞いてるんだけど」


B「ああ、いやそう言う訳じゃないんだ。なんて言うか、実は、この話はこれで終わりじゃない。まだ続きがあるんだ」


 そう言って、Bはウーロン茶を口につけてその話の続きを話し始めた。


☆☆☆☆


 図書室を逃げ出したBは、その日は野球部もサボって逃げ帰り、翌日に監督にこっぴどく叱られる羽目になった。

 ただ、珍しく野球の練習をサボったBに、チームメイトは思いの外優しく接してくれた。

 それはB自身が真面目に野球に打ち込んでいたこともあるだろうが、それ以上にチームのムードメーカーになっている部員が気を利かせてくれたことが大きいのだろう。

 そんなムードメーカーの部員に従い、昨日に起こったことについて話した。


 図書室のアンネの日記と、そこに挟まれた気持ち悪いページのこと。

 すると当然ながら、その話を聞いた野球部員は一様にそんなことはないだろう。という、反応で一斉に笑い声を上げた。

 実際、その場でスマホで調べてみても、アンネの日記にそんな内容が書かれた事実もなく、Bが何か勘違いを起こしていると言う話になった。

 するとそんな中、一人の部員が心霊文章についての記事を見つけた。

 そうなると、Bの勘違いなのか、Bが目撃したのは心霊文章なのか、という話になった。

 そうして、Bと野球部員は、Bが目にしたアンネの日記について調べることになった。


 Bがアンネの日記を見つけてから二日後。

 野球部員の中でも心霊文章について興味のある奴らが集まり、図書室の司書にアンネの日記がどこにあるのかを聞いた。

 すると図書室の司書は言った。


「それはあり得ないわ。ウチの図書室にアンネの日記なんて置いてないもの」


 思わぬ返事にBを含めた野球部一同、戸惑いを隠せないでいる中、Bは先日にあったことと自分達が調べたことを並べて何しにきたのかを説明した。

 すると、図書室の司書は得心したように深く頷き、深々と溜め息を吐いた。


「なるほどね。心霊文章。言い得て妙ね。確かに、そう言うこともあるのかもしれないわ」


 そう言って司書の語るところによると、この中学ではかつて自殺騒ぎがあった。


 とある図書委員を務めていた女生徒がイジメの末に自殺し、それ以来図書室では不思議なことが起こるようになった。

 これだけならばよくある怪談に過ぎないが、この話のキモはこの後にある。


 図書委員を務めた女生徒は、イジメで自殺したとされたこの女生徒は、実は最後に借りた本にとあるメッセージを書き残していた。

 それは、『殺される。助けて』と書かれた一文。そのメッセージが書き残された本こそ、アンネの日記だったと言う。

 このメッセージが問題となり、イジメの主犯にこの女生徒は殺されたのではないか?と言う話になったが、結局のところ、証拠は揃わず自殺ということで片がついた。

 その後、アンネの日記は警察に回収されたままになり、新たにこの学校の図書室に新しいアンネの日記が入荷された。

 しかしそれからというもの、アンネの日記には必ず、『殺される。助けて』というメッセージが書き込まれるようになったという。

 消しても消しても同じメッセージが書かれ、本を変えても、同じメッセージが書き込まれるようになった。


 アンネの日記には必ず、殺された女生徒のメッセージが書き込まれるようになった。


 そこで仕方なく、中学校では入荷そのものを止めるようになった。


「と、思っていたのだけれどね。まさかこういう事が起こるなんてね」


「じゃあ、俺が見たのは、その図書委員の女の子の、恨みなんでしょうか?」


 そう言うBの質問に、司書は答える事もなく首を振った。

 これが、Bが体験した一夏の出来ごとであった。


☆☆☆☆


 改めてBは話し終えると、残っていたウーロン茶を一気に飲み干した。


C「なるほど。つまりは、奇妙な文章があるつで言うより、本がある事そもののが怪談なのか。面白いじゃないか」


B「さあ?実際のところ、怪談と言えるのかな。そもそも、本当に恨んで祟っているなら、イジメの主犯の方を恨むだろうしな。今から思えば、アレは誰かが置き忘れた印刷ミスの本かもしれない。ただ、俺が経験したのはそう言う事だよ」


C「夢がないことを言うなぁ。ただまあ、アレだな。心霊文章っていうよりも、それは心霊書籍だな」


B「言われてみると、そうだな。俺の言葉が間違っていたかもしれない」


 Bがそう言うと同時に、コンパに来ていた誰かがそろそろ会計をしようと言い出した。そうしてその日のコンパはお開きとなった。


 会計も終わり、コンパのメンバーが全員居酒屋の外に出た時、ふと、Bはあることを思い出してAに質問した。。


B「そう言えば、A。お前、居酒屋で変なメニューあるって言ってたけど、言うほど変なメニューあったか?」


 Bのその言葉に、Aは苦笑しながら答えた。


A「いや明らかにおかしいのが一個あっただろ。『静けさ漂う深みの井戸より』って、なんのこっちゃって思わないか?」


 だが、そのAの言葉を聞いて、その場にいた面々は首を傾げた。

 誰もそのメニューを見たものはいなかったからだ。

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