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◇秋 『冬が始まる』


 エスカレーターを上がるとLED電球が積んであった。話題になってるから入荷したはいいけど売れ残っている感じだろうか?

 視線を回すとエアコンやヒーターがずらりと並んでいる。なんだか壮観だ。冷蔵庫や掃除機なんかの普段目にしつつも一個として見るものが大量に並んでいるとひどく贅沢な気分になる。

「とりあえず、家電のコーナーに来てみたが」

 ビデオデッキってこういうところに売ってるのかな? ジャンクショップみたいなところに行ったほうがよかったかも知れない。

 2階を一周してみたがなかったので3階に上がる。僕は基本的に案内板なんて見ない人間である。まっ、時間はあるし。

「ママぁ!」

 子供の大声が鼓膜が痛いくらいに響いた。

 低学年の小学生に見える男の子が母親に飛びついている。

「どこ行ってたの?」

 優しい声が男の子を包む。声には顔をしかめたけど訳もなく笑顔になれた。合格だ。

 三階はパソコンやテレビとその関連機器、それからゲームとプラモデルが並んでいた。

 おっ、前からちょっと気になってたBLOOD OF BAHAMUTが1400円である。古○市場より断然安い。

 ……違った。

 一通り見て回ってみたけどビデオデッキという物自体がもう電気屋では取り扱われていないみたいだった。

 まあ当たり前だよなぁ。DVDが普及しかつそれよりも容量の大きいブルーレイが存在するのだ。

 ビデオなんていまさら誰が買うというのか。

 古いもので満足していたはずが新しい物が出ればそちらに目が行きだんだんそれでも満足できなくなっていく。

 なんだか寂しいなぁと感じた。

 ……とか感傷に浸ってみたら、

「あるのかよ」

 お値段は8980円、DVD再生対応の白いビデオデッキ。

 音楽CDもOK。他にかかれてることはよくわからなかったけど多分これで大丈夫だろう。

「すいません」

 店員さんを呼び止める。

「これください」

「こちらの商品ですか、あちらのタイプならこれと5000円しか変わらずに「これください」

「向こうのものはブルーレイ対応で「これください」

「PS3でも再生可の「こ・れ・く・だ・さ・い」

「……ちぇっ、どうせなら高いの買ってよ」

 ぞんざいな物言いに思わず店員さんの顔を見た。

 小、中学のときの同級生である中園 四季だった。

 ……面食らった。

「久しぶりだね、みなみん。びっくりしたよ」

「あ、あぁ 久しぶり」

「ねぇ 売り上げに貢献し、「ない」

「ケチ」

「僕にも事情があるんだよ」

 コンタクト越しの蒼い目がニコッと笑う。

「眼鏡止めたんだ?」

「みんな先に色のこと訊くんだけど流石みなみんだね」

「カラーコンタクトだろ?」

「うん、おもしろいでしょ」

 ちょいちょいと目をいじって片目のコンタクトを外すと黒と蒼の異なる瞳がこちらを見ていた。右と左が別人の目に見られているように感じる。

「これだったっけ」

 四季は僕が選んだ商品、の一つ隣の2万円少しする物を指さした。

「往生際が悪いって言うか君さ、なんで僕がお金持ってるか知ってるのによくそういうことできるよね?」

 レインコートとかナイフだって安くはないんだよなぁ。まあ関係ないけど。

「だってみなみんはみなみんでしょ? あたしがみなみんに気を使うなんておかしいよ」

 彼女特有の理屈になってない言葉の懐かしさが僕を微笑ませる。

 変わってないなぁ……

「あ、あたしもうそろそろバイトあがるんだけどご飯でも食べにいかない? 給料入ったところだけど奢っ……」

 僕と彼女の隣をさきほどの子供が通りすぎた。四季がそれを目で追う。

 デモに流しているアニメを映すテレビが欲しいと母親を困らせている。

 少し胸が傷んだ。





 彼女はちっさいころからいじめられたりしていた。まあカラーコンタクトを特に理由もなく遊びでいれるような人間だから、「手に届く異端」というのが周囲の四季に対する評価だろうか?

 小学校の高学年に上がる頃には彼女が僕をいじめてたけど。

 この手の旧友と久々に会って懐かしくないわけがなく、電気屋を出て彼女を待っている頃には少し話せるなら奢りでも構わないかなって気持ちにさえなっていた。

 冷たい風が僕の肩を撫でる。さっき買ったプラスチックカップに入ったミルクコーヒーは懐かしい味がした。

「お待たせ!」

 …………

 僕は四季に背を向けた。えーっと自転車どこにとめたっけ?

「ちょっとなにそのリアクション」

「僕は君の考えていることが時々わからないつもりだったけど、いまさらになってまったくわかってなかったことに気づいた」

 なんでコスプレなんだよこいつは。とりあえず腕の団長って入ってる腕章を外せ。

「えぇ、似合ってない? 太ったかな」

 四季は自分の脇腹を指でつついている。

 奇抜なやつだとは思ってたけどここまでか。

 一方で髪を黄色い紐?で縛ってないことに彼女の中途半端さを見出だす。……言っとくけど断じて作者の趣味じゃないぞ!

「一応訊いてみるけどそれ私服だよね」

「もちろん」

「いつもその格好?」

「だいたい、たまに別の」

「もういい。わかった」

 僕の横に少し低い頭がひょっこり並んできた。個人的には長〇のほうが似合いそうだ。

 四季はパーカーを取り出して上に着る。なんていうか常識はあるんだよな……

「ご飯どこいこっか?」

 あぁ、そうか。そういえばそんなこと言ってたんだよな……

「っておい」

 腕に抱きついてきた。しかも左腕。

「懐と違ってあったかですな」

「大き、なお世話」

 擦り合わせてきた頬が傷口を掠めた。ピリリと痺れに似た感覚が走る。

 四季は首を傾げて一言。


「みなみんさ、また人殺した?」


 無邪気な瞳で僕を覗き込んできた。四季は僕が和田……、あー親友を殺したことを知っている。

 彼女があのときのことを黙って聴いてくれたから精神的に僕は生きているだろう。1人だったら自殺でもしていた気がする…… あ? 死んでたらよかったのに? まったくもってその通りだよ。

「服の下、これ包帯だよね?」

 額で服越しの傷に優しく触れる。ダメ押し。そもそも彼女に僕の嘘は通じないのである。


「……殺したよ」

 僕は諦念の息を吐いた。

「ニュースでやってるのはみんななっちゃんがやったやつ? 『平成の切り裂きジャック』事件、だっけ」

「んー、まあだいたいは」

「ってことはやっぱり」

「うん、あいつは僕が殺した。あいつだけは金属バットで頭を叩き潰した」

「ふーん ……あ、あたし牛丼食べたい!」

「いまの話でなんでそう繋がるかなぁ」

 四季の声はなんとなく落ち着く。これは動揺してるときにもっと動揺してる人を見ると不思議と落ち着いてくるのと同種の感覚だと思う。

 灰島や千夏の件で昂っていた神経が緩やかにトゲを無くしていくのがわかる。

 彼女を好きだったつもりはないのに奢ると言った途端に容赦なく大盛りを頼む図々しさも全部愛しかった。

 僕はどうやら理解に飢えていたらしい。

「なぁ、四季」

「ん?」

 古典的なことにご飯粒を口元に引っ付けてる四季に僕は自然に指を寄せた。

 それを拭いとって自分の口に運んで咀嚼。

 ……し終えてから自分のやったことに気づく。

 四季は目を丸くしつつ笑みを堪えている。

「むっふーん、みなみんはしきちゃんにぞっこんなようですな」

「わっ、違っ…… ごめんっ」

「照れなくてもいーですよー 四季はいつでもみなみんの味方ですからねぇ」

 うわ、店員さんの視線がすげー痛い。完全にバカップルを見る目だ。

 僕がさきほどしようとしていた爆弾発言よりはそれでも幾分ましなのだろうけど。

「で、なぁに?」

「あー…… えっと、」

 言い淀む。

 ニコッと笑って続きを促す四季。

 その笑みを壊したくなかった。

 だけど手の届くところにその笑みを置かれて手を伸ばさないことも僕にはできなかった。

「僕の家に来ないか? 誓って変なことはしないから」

 店員さんの動きがぎょっとして固まった。

 それを横目に四季は「いーよ」と普通に答えた。

「でもどうしたの?」

「ちょっとね、なんとなく……」


 独りでいたくない


 と僕は思った。


 どうやら僕は傷ついているらしかった。

 他人を拒絶してまた拒絶されて傷つくだけの心を持ち合わせていたことに苦笑する。

「にゃー」

 と四季が鳴いた。

「………」

 リビングのソファーにごろんと仰向けに寝転がって目を閉じている。

「……なにしてるの?」

「若い男女が一つ屋根の下でいるんだよ、やることは1つでしょ」

 盛りついた猫の真似ー だのやってる四季をとりあえず無視してビデオデッキを配線に繋いでいく。

「むぅ、冗談が通じないなぁ」

 って四季はぼやいたけどそれ冗談で済まないからほんと。マジで。

「……居てくれるだけでいいんだ」

「わたしがよくなーい」

 ほんとなんですかこいつは。

 手だけを動かしながら僕は邪気と無邪気ではどちらのほうがタチが悪いのか真剣に考え始めた。100%無邪気のほうがタチが悪いとのお達しが寄せられた。僕から。

 ……よし、これで大丈夫かな?

 配線を終えて自室に行く。四季は当然のほうに憑いて(……)きた。辞典の空箱からビデオテープを取り出す。踵を返す。……前に四季に一言。

「ちょっとここに居てくれないか」

「んー……、どのくらい?」

 えービデオテープを容量から考えたら、

「30分から1時間くらい」

 かな? 長くて2時間だがそんなにグダグダ続くとは思えない。

「わかった」

 問い詰めることなく承諾してくれる四季がほんとうにありがたい。

 リビングに戻りビデオテープをセットする。四季がついてきていないか一応だけ確かめる。居なかった。

「……」

 さっきまで四季が寝転がっていたソファーに腰を卸した。ぬるく残る体温の中に僕の体が沈んでいく。

 画面にノイズが走った。多少の時間で画素数の少ないカメラの映像が安定する。暗い画面に日付だけが浮かび上がっている。今年の春だった。渡された直前、だろうか。

 パッと光量が跳ねあがる。撮影者の手がレンズ近くから離れたらしい。後ろ姿が映る。髪の長さから察するに灰島 冬美らしい。特有の揺れがないあたりカメラはどこかに固定してあるのだろう。

 次に殺風景な部屋。端に小さなテーブルとテレビが寄せてある。

「……あれ?」

 既視感があった。が思い出せない。

 扉が開いて登場人物がもう1人増えた。

「あぁ」

 場所と人物が僕の脳を軽く揺さぶり合致させる。

 映し出されているのは灰島家の安アパートだ。もう1人の人物は灰島の父親か。

 更に登場人物が増えた。今度は僕が知らない男だった。

 灰島父がなにか話している。男から丸めたなにかを受け取った。画面を止めて確認する。諭吉さんのお顔が微かに伺えた。5万ぐらいだろうか? もう少しあるかもしれない。灰島父が出ていく。

「おいおい……」

 カメラに向かって灰島 冬美が一度笑いかける。

 灰島に男が近づく。なにか話している。音が雑すぎて聞き取れない。

 灰島が衣服を脱ぎ始めた。下着に手がかかる。

 僕は手近な物をテレビ画面に投げつけた。バキ、画面にヒビがいく。顔だけが真っ黒になった男の手が灰島に触れる。リモコンを操作してテープの再生を止めた。

「……………………」

 なんていうか、想像以上だった。虐待、だなんて彼女に振りかかる脅威を安易に想像していた自分を情けなく思う。

『私では被害者には的さなかったかしら』

 以前僕にそう言った灰島がどんな顔をしていたのかいまのいままで失念していた。ネクロフェイス。それは死に顔のような安らかさを持って記憶の中を蘇る。行き場のない苛立ちを壁を叩きつけた。右手に走る痛みが少しだけ神経を冷やす。

「……僕にどうしろって言うんだよ」

 その答えを理解していないわけじゃなかった。

 僕は殺人犯だ。

 そして灰島はもちろんそれを知りながら僕にこれを預けた。


 殺せ


 ってことだろう。

 彼女にあれをさせているこのクソ野郎か彼女自身のどちらかを。

「くそ……」

 もう一度壁を殴った。

 薄赤く少し腫れた手が僕に彼女の体中にあった傷を思い出させた。

 どうして僕の周りにはこう問題ばかり抱えた女の子が集まるんだ。


 灰島といい、

 千夏といい、

 四季といい。




 部屋に戻ると四季は僕のベッドで小さく寝息を立てていた。

「みなみんのにおいー……」

 なんて寝言を言っている。

 布団を蹴飛ばして横たわる小さな体を不意に無性に抱き締めたくなる。四季はきっとされるがままだろう。

「……どうかしてる」

 だけどそれに頼る気はさらさらなかった。

 1人ごちて僕は彼女に布団をかけ直し、ナイフを取り出してリビングのソファーに座った。

 鞘から引き抜いて刀身をじっと見つめる。

 ……あれに怒りより先に性的興奮を覚えるほど僕は下劣な人間のつもりはない。

 だけどいま僕がどうしようもない昂りを覚えているとしたらそれはつまり、

「……決めた。殺しに行こう」

 そういうことなのだろう。

 失敗したら日を改めればいいや。

 安穏に決意して僕は家を出た。


 秋の夜は深い。場違いなまでに星が満ちていた。月もやけにきれいだ。

 記憶力は悪いほうではないと思う。道が暗くても地元には変わりはないのだから一度行った灰島の家くらいは行けるだろう。

 自転車で行く距離なのはわかってるけどなんとなく歩きたかった。ぽつりぽつりと思い出したように立つ街灯が足元を照らす。光が薄い。だからそれの存在を僕は認識できていなかった。

「その先はやめとけ」

 闇の中から誰かの声がした。

 聞き覚えがあった。というか……

「東条……、か?」

 街灯の下に顔を晒したのは間違いようがなく東条 達人だった。

「その先、警察いるから。俺もさっき捕まった。職質された」

「どういう意味?」

「昼間ならともかくこんな夜中だ。こっち方面にはコンビニぐらいはあるが、誤魔化し効かねーだろ?」

 片手をあげて袋を示す。

「どういう意味?」

「わからねーか? 懐にナイフなんか忍ばせてたら一発でアウトだって、言ってんだ」

 どういう意味、だよ……?

「少し話さないか? どっか静かなとこがいいな」


 僕は東条を連れてノコノコと帰宅してきた。

 鍵を開ける。電気をつける。四季の靴はある。まだ僕の部屋で寝てるのだろうか。東条が後ろからついてくる。なんだか追われてるみたいで気分が悪かった。

「結構普通だな」

「なにを想像してたんだ、君は」

 少し考えて東条は壁を手の甲で二度叩いた。

「ほら。写真にナイフとかぶっ刺して壁に飾ってあったりさ」

「なんかのドラマ?」

「いや、漫画。コ○ン」

「ストーカーじゃないんだから写真なんか撮るかよ」

 僕は誤魔化すことをやめた。

「僕が殺人犯だってのはいつ?」

「最初から」

「……」

「流石に冗談だ。最初はただお前がどっか普通じゃないなぁと思っただけ」

「普通じゃない? そんなこと言ったら普通なんていないよ」

「んー微妙に違うかね。たしかに人間は千差万別。ふつうってのがただの漠然とした人間像のことを言うならたしかにふつうなんてのは妄想に過ぎない。

 他人と同じ過去とその配列を持った人間なんて存在するわけないからな」

 適当に言ったら食いついてきた。なんだろ? 口喧嘩とか勝たなきゃ気が済まないタイプか?

「それでいてなお、お前は『ふつう』じゃないと俺は断言する」

 それになんていうか話し方がどこか長月さんに似てる気がする。僕は純粋に興味に駈られた。

「へぇ、それはまたなんで」

「ひどく感覚的な問題で言語化するのは難しいかね」

 そこはいい加減なのかよ。

「刑事にでもなれば?」

「実はそのつもりだ」

 ……いまの軽口のつもりだったんだけど。

「それじゃ質問を変えよう。どうしてさっき僕に声をかけた?」

「コンビニ行こうとして外に出たらお前が殺気丸出しで歩いてたから」

 それ、むしろ声を掛けない理由じゃないか……?

「あのまま捕まって欲しくなかったんだ。お前は俺の友達だからな」

「それだけで殺人犯に声かけるかなぁ……」

「まっ 最大の理由は、」


 殺されない自信があった。


 ……と、東条は断言した。

「そりゃまたなんで」

「アイスが食いたくて。あ 食うか?」

 僕は嘆息する。

「君のコンビニに行こうとした理由なんか訊いてないよ」

 返答までに一拍の間があった。

「だってお前は俺を殺さないだろ?」

 ……この野郎、あっさり核心を突きやがった。

「ん 外れか」

 東条は語尾を疑問形にしなかった。それはおそらくなんらかの確信を持っていたからだろう。

「まっ あたらずとも遠からずってとこじゃねーの」

 そして革新的に見切りが早かった。僕はもう一度嘆息する。東条に対する評価を改める。年増好き、改め、小型長月さん。

「なんで僕が殺人犯だと思った?」

「シュウがさ」

「シュウ?」

「ああ 秋水だよ、長月 秋水」

 あの人、二人きりだったら俺のことタッちゃんって呼ぶんだぜ。言いながら意地悪く笑う。だから羨ましくなんかないって言ってるだろうが。僕には四季がいるんだよ。……本人を前に言ったら『キャー』って言いながら僕がキュー……って絞められるだろうけどな。

「シュウがな。お前のことばっか訊くんだよ。見事とか有のこともそれなりに訊くんだが、俺なりにまとめて事件に関係ありそうな話を訊いてくるのはお前にだけなんだ」

「きみ、まじでなにもの」

 長月 秋水さんは話術にかけては飛びきり裏のある人だった。僕には裏しか見せなかったがぶっちゃけ表裏を織り混ぜて喋らせたときの秋水さんの言なんか死んでも聞きたくないと思える。

 そんな人から情報を逆算できる神経をしてる高校生がいるだなんて個人的にも信じたくなかった。

 のに……

「シュウはまだ俺のことなめてるからさ」

 東条 達人。

 どうも達人の名に偽りはないらしい。

「それだけか?」

「シュウがそう思ってんなら犯人はお前だ、ろ?」

「……次の質問、いいかな」

 東条は軽く頭を掻いた。

「あーなんつーか、埒があかねーな。俺からもいろいろ訊きたいことあるんだけど……、お前は俺のことから聴きたいらしいから先に話そうか」

「そうしてくれ」

 息を吐いて、吸った。

「俺の親は刑事なんだ。シュウと知り合ったのもその繋がり、ああ見えて──あー、喋ったならわかるか?──シュウは優秀なんだよ。親父のお気に入りでな。

 まっ、シュウの話はおいといて。

 親は俺が生まれたときから俺を刑事にしたかったらしくてね。犯罪者を中心に『人間』を色々見てきた。勉強もさせられた。だから人間の心理、ってやつが俺には『なんとなく』わかる。俺の友人関係に置ける距離の置き方はその副産物だな。極端な話、誰にでも好感が持たれるように俺は自分の『印象』を操れるんだ。

 その俺が、お前が俺に抱く『印象』を操作しきれなかった。お前に対する最初の疑問点はその辺りだ」

「しきれなかった、って実際君と僕は友達じゃないか」

「違うな、俺はお前の親友になろうとしたんだよ」

 ………………

「続けるぜ? 俺にはお前が誰かに深入りしないよう自分を律してるみたいに見えた。仲良くしたいけどしない。例えば、そうだな。友達の彼女だから遠慮する、みたいな感じかね。

 その理由はなにか、一介の高校生男子であるはずのお前が他者を必要以上に阻む理由はなにか。俄然興味をそそられたわけだ。で、調べた」

 ……なんだか東条がすごい人でなしに見えてきた。

「なんか質問は?」

「夏休み前に僕が感じた視線は君のか?」

「──ああ。お前、気づくんだからビビったよ。こちとら現役の刑事仕込みの尾行術だぜ? 一回目は油断もあっただろうけど、次からも気づいてたろ」

「坂北と歩いてたときに見られてたのは気づかなかったよ」

「あのときはかなり距離とってたからな。変装してたし。スーツとか固くて性にあわねーや。それでもお前らガンガン人気のないほうに進んでくから途中で諦めたんだが、やっぱあの日だったんだな。坂北を殺ったの」

「……うん」

「そっか」

 流暢に話していた東条の言葉が曇った。一度大きくまばたきをして曇りを拭う。

「んじゃそろそろ俺からの質問、いいかい?」

「うん。どうぞ」

「人を殺すってどんな感じだ?」

 ……そうきたか。

「気持ちいいよ。スカッとする。病み付きになるくらい。麻薬みたいなもんだね」

「そうか」

 と東条は薄く笑った。ちょっとビビらせてやろうかなぁと思ったんだけどどうも通じそうにない。

「ぶっちゃけた話、俺はお前のことがかなり好きなんだ」

「……は?」

「16のガキなりの湿気しけた感性としてな。アンフェアってやつか? に、お前は刃を突き立てた」

「そもそも僕の存在がアンフェアって言えるけどね」

 違いねー と楽しそうに言う。

「坂北を殺ったのは? それだけわかんねーんだわ」

「それだけ? 他のは、」

「調べたよ。警察より『同級生』のほうが聞き出せることってのはあるからな。田代 忍に関してはちょっと手こずったがまあ『印象操作』を使えばそのくらい楽勝。人脈広いんだぜ。俺」

 ……東条は東条で常軌を逸してるよな。

「で、理由は」

「えーっと、僕の世界を守るため、かな? 他の人が関わるからこれ以上言いたくないかも」

「世界、ねぇ…… 結構サイコな理由だな」

「かもね」

 一拍。

「結局、お前にとっての始まりは和田 明人だったのか。それとも──、中園 四季だったのか?」

 ……ったく。どこまで知ってるんだか。

「和田 明人だ。それは断言する。中園 四季や木谷 千夏は『ついで』だったんだよ」

「目についたから殺した。か」


「アンフェアだな」

「アンフェアだね」


 僕らは顔を見合わせて笑った。

「んー……訊きたいこと、ってかいま思い付くのはそのくらいか」

 ちらりと時計に目をやる。12時を越えかけていた。

「そろそろ帰るわ。楽しかったよ。忠告しとくけど今日、ってか夜はやめとけよ。流石に警戒厳しくなってるから」

「僕にそんなこと言っていいの?」

「さっき言っただろ」

 東条は一拍置いて急に真顔になった。

「俺はお前のことがかなり好きなんだよ」




「……いまの人は?」

 四季が瞼を擦りながら顔を出した。

「僕の友達」

「いーや 違うね」

 ……違うかも知れないね。


「いまのはしきちゃんのライバルだ!」


 それだけは絶対違う。








 灰島の父親を殺した。


 学校をサボって部屋をノックしてみたらチェーンなしであっさりとドアを開けてくれた。ビデオにあった『客』と間違えたのかも知れない。

 殺害方法について詳しく描写するのは面倒だから辞めよう。長月さんがあとで検証するときにどうせ書かれるだろうから二度手間だ。

 放っておくのもなんだったので居間まで引きずった。少量の血が短い廊下に赤い染みを残す。玄関には鍵をかけておく。

 僕はテレビをつけた。寝床とテレビと煎餅しかない部屋で笑えないバラエティ番組を死体と一緒に見る。

 笑えなかった。本当に笑えなかった。

 ガチャリ と鍵の回る音。

「……殺したのね」

 死体はまだ彼女から死角にあるのに灰島は僕を認めると呟くように正解した。血痕のせいか、とふと思ったけど多分違うだろう。

 灰島は笑顔だった。だけどいつもみたいにそれを妖艶だとは思わなかった。

「うん」

 自分で思ったよりも平坦な声が出た。

 灰島は僕の隣に座ってリモコンを取る。スイッチを切るのかと思っていたら2、3度チャンネルを変えてなにかのアニメに落ち着く。

「……好きなのか? これ」

 画面の中ではステッキを振り回してくるくる回る女の子が映っている。

 妙に高い声が耳障りだ。僕は灰島くらい落ち着いた声のほうが好きだ。

「いいえ」

 灰島は顔をテレビに向けつつ死体を足蹴にして遊んでいる。

「一度も見たことなかったから、見てみようと思って」

「ふーん……」

 一度も、か。

「テレビはこいつの物なの」

 可笑しそうに言う。

「この家では全てがこいつに優先される。テレビはこいつのだからこいつの見たいものしかつけない。食事はこいつのだからこいつは動かずに娘に作らせる。娘はこいつの物だから売っても構わない」

 歌うような口調がアニメの画面と妙に噛み合ってて、変だった。なにがそんなに可笑しいのか僕にはわからない。

「見たのね」

「……ああ、返すよ」

 僕は荷物からビデオテープを取り出して彼女に渡す。

「ありがとう」

 嬉しそう には見えない。なんとなく、そう、儚げだと思う。

「灰島」

「なぁに?」

「お前、母親は?」

「8年くらい前に死んだわ」

 奇しくも同時期か……

「君が僕に近づいたのは、」

「ええ、これを殺してもらうため。死体を見るのが好きなのは本当だけど」

 ……そうか。

「僕を見つけたのはやっぱり、探してたのか?」

「あなたの絵を見たの」

「薔薇、の?」

「ええ…… 血の。ちなみに私の絵は優秀賞、だったかしら」

 ふと思い出す。あの日のことはわりとよく覚えている。タイトルはなんだったか…… 夢、かな? 紫のグラデーションにいくつかの『幸せ』が書いてあった。印象に残ってるのは、……花束か。

 あの無難な絵が灰島の?

 僕は少し意外だと思う。

「ふつうに見せ掛けるのに必死だった。ほんとは一面にいろんな死体を描きたかったんだけど」

「ああ、なるほど」

「だからあなたの絵を見たとき、こんな描き方もあるんだって目から鱗が落ちたわ」

 そうか。それで灰島は三件目を目撃『できた』のか。

「疑ってたんだね」

 頷く。

「和田くんを殺したのは、あなたしかいないと思った。それであなたがどこの高校に行くのか知り合いのツテで聞き出して、私もあの高校に行くことに決めたの。同じクラスになれたのは幸運だったわね」

「君がそんな行動派だったなんて少し驚いた」

「あら、便利なのよ。この容姿」

 前髪をかき上げるとあらわになる小さく整った顔は、自嘲で少し歪んでいた。踵で二度死体の頭を蹴る。

「ちょっと笑顔を見せたら大抵の人は利用できるもの」

 灰島は目の前の死体と血が繋がっていることが心底不快そうだった。

 のに、

「……楽しそうじゃないね」

 灰島は楽しそうじゃなかった。いつかみたいに死体に舌を這わせることもなく、ただ淡々と存在している。

「どうしてでしょうね」

 曖昧な肯定。

 誤魔化すように灰島は僕の肩に手を置く。

「でもほんとう、ありがとう。これで明日からゆっくり眠れるわ」

「……どういたしまして」

「お礼しましょうか?」

 そのまま僕に体重を預けてきた。唇が重なる。

「ん……、く」

 床に倒れた。灰島が僕に覆い被さる。ドクン、と拒絶感が異常なほど強く脈を打った。死神に、口づけされているような気分だった。

 僕は肩を押して灰島を緩く突き放す。

「そういうのは……、いい」

「……そう。ごめんなさい」

 灰島は自分の指で僕の唇を拭った。

「僕はそろそろ行くよ」

「最後に一つだけいいかしら」

「なに?」

「あれは、頼まれたのよね? 和田くんの、」

 殺人は。と続くはずの言葉。

「どうして、そう思う?」

「私が彼だったらきっとあなたに同じことを頼むから。恋人に腕を刺されて才能を失うなんて、悲劇だわ」

「そう……か。うん、そうだよ」

「それだけよ」

 僕はポケットに手を突っ込んでマスクを引っ張り出した。染み程度にしか返り血の目立たない黒いジャケットの上にダウンを着て外へ出た。その両方を近くの公園の公衆トイレに捨てる。


 夕焼けに世界が赤く染まる。

 早い夜が訪れる。



 冬が、始まる。




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