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◇休 『彼の正しさ、彼女の正しさ』

 廃墟で見つかった死体の身元が坂北 カオルだと発覚したのは八月の末だった。

 僕は佐内先生が泣き声を噛み殺してるのを電話越しに察することに成功し、他人の死を本気で悼めるなんて現代人に珍しい優しい人だなぁと微笑ましく感じた。もし彼女が同年代の少女だったなら慰めの言葉くらい口にしたかもしれない。

 学校に来るように言われて僕は取り敢えず学生鞄の底からナイフとレインコートと手袋を取り出した。こないだの長月さんの件があり少し慎重になっているのだ。

 筆記用具しか入っていない鞄は酷く軽かった。きっと殺意が入っていないからだろう。

 教室に入ると当たり前のように僕の前の席に座っている人間は居なかった。どうしても先ずそこに目が行く。花瓶も乗っていないのに。

 しばらくぼんやりしながら先に座っていた東条と中身のないことを話していると数人の女の子に囲まれて誰かが入ってきた。泣いてるらしかった。緑川だった。

 東条が「坂北と付き合ってたらしいんだけど知ってたか?」と小声で言う。

「へぇ」

 僕は無関心を装った。あの大人しかった緑川が誰かと付き合ってたとは…… 本当は若干興味がある。

 そのうち空席は2つだけになった。しばらくして片方が埋まる。灰島だ。

 ふてくされた表情が長い髪越しにでも伺える。きっとせっかくの夏休みなのに学校にペースを乱されるのが嫌なのだろう。

 最後に佐内先生が入ってきた。

 目がうさぎばりに赤かった。デビル佐内、ありだな。

 何かを話し始めたけど僕の興味はその赤目のほうにあって先生が何を話したのか大半を聞き流していた。灰島も僕も葬儀なんてものに興味はない。だいたい葬式なんていうのは生者が自己満足のためにやるのに金がかかるなんて矛盾し切っている。

「行くよな?」

 東条に聴かれて僕は首を縦にだけ振った。

 女子のほうで灰島が同じことを訊かれて「行きません」と躊躇いを含まずに断言している。

 どうでもいいけど灰島の「行きません」が僕には「生きません」に聴こえた。

 緑川は終始泣きっぱなしで周りの女子はどうすればいいかわからずにおろおろしていた。

 ……ふむ。なんだか自分の語り口調に錆を感じる。

 最近読んだ小説のせいかもしれない。あれは率直にヘドが出た。罪が裁かれないまま終わる話なんてクソ食らえだ。

 ……ということはやはり僕は絞首台で主役の座を降ろされることになるんだろうか。

「おい、南」

「下の名前で呼ぶなよ」

 僕は東条を睨んだ。

「悪い悪い」

 東条は悪びれない笑みを返す。

「お前、坂北と仲よかったっけ?」

「いや 全然」

 腑に落ちないような顔をして東条は「まあいいや」と何かを自己完結した。

 僕も東条の問いが腑に落ちなかったけど、

「じゃあ、夜会おう」

 話を打ち切られ足早に教室を去られてしまった。

 通夜のことを言ってるのはわかったけどなんだか妙な言い方だったので僕は苦笑いする。

「夜会おう、か」

 僕は最近夜になると相原を思い出すことが多くなった。彼女はいまの僕を見てどう思うだろう。そんな下らない自問自答。

 怒る? 悲しむ? 喜ぶ?

 答えが出ないなんてことはわかりきってるので早々に打ち切って僕は机に突っ伏した。

 死者はもう居ない。

「……溶けたい」

 溜め息を吐いた。日当たりの悪い机の上でも意外と暑い。

「何をバカなこと言ってるの、あんたは」

 顔を上げる。灰島が坂北の席に座っていた。周りを見て灰島と僕以外誰も居なくなっていることにようやく気づく。

「そこは、」

「椅子と机があるのに使わない理由がどこにあるわけ?」

 当然とばかりの主張を不覚にも僕は正しいと思った。

 灰島は長い髪をうざったそうに横に払いながら言う。

「あんたに溜め息とか全然似合わないから」

「……どうも」

「なにも痛くない。なにも考えない。なにも辛くない。なにも幸せじゃない。

 あんたはそんな顔してなさい」

 僕は僕より彼女のほうが殺人者的だと思ったし殺人者向きだと思った。薔薇の絵を描いたのが灰島だったらどんなによかったか。

「ちなみに僕が何考えてるかわかる?」

「同情してる」

 ご名答。

 後悔でも罪悪でもなく、僕は緑川や佐内先生に同情している。

 目を閉じた。

「メーデー、メーデー。僕の進む道はこっちであってますか」

「軌道修正は既に不可能。そのまま突き進みなさい」

 なんて優しい声なんだろう。

「……ところで君、坂北の死体はどうしたの?」

「腐るまで愛でた」


 けど流石に少し引いた。



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