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◇休 『死角』


「中園 四季さんですか?」

 秋の初めのある朝のことだった。駅前で中園を見掛けた彼女は警察手帳を示した。見掛けた、と言っても実は彼女は30分前からずっとこの場所に居たのだが。

「……田代くんのことならわたしにお話できることはなにもありません。お帰りください」

 中園 四季の対応は思い出すのも嫌だ、という態度を一貫したものだった。一課の刑事がすでに彼女を訪ねていたのかもしれないがそれはおそらくもっと早い時期のことだろう。苦笑を隠さない。

「いえ、今日伺ったのは別件です」

 怪訝そうな顔つきになる。

「須藤 南くんを、ご存知ですか? ──いえ ご存知ですよね」

 中園 四季の目が一瞬揺らいだのを彼女は見逃さなかった。

「……南くんが、なにか?」

 彼女は内心でふと笑った。その動揺があまりにも年頃の少女らしいモノだったからだ。

 海で話した須藤 南は表情が丸っきり読めなかった。言葉もどこか上の空で自分が殺人犯扱いされていることなど半ばどうでもいいような雰囲気があった。それが逆に高校生離れしていて妙に不自然だったのだけど。

 東条 達人はキャラを作っている。バカを演じている、と言ってもいい。そのほうが効率がいいからだろうと彼女は思っている。

 彼らに比べて中園 四季の反応はあまりに人間らしい、素直なものだと思う。

(心当たりが2、心配が3、拒絶が4、動揺が1 あたりでしょうかね)

 その分析は彼女からすれば少し時間がかかったほうだった。

(しばらくまともな人間に会わな、いうちに忘れてい、ましたね)

 こういう性質の子供には動揺を広げる手口で行くのが最善だろう。と彼女は考える。

「実は連続殺人犯の『切り裂きジャック』ではないかと疑いがかかっているのですよ」

 彼女の狙い通り、中園 四季はハッと息を呑んだ。





   ◇


 彼はふと右手に提げた袋を確認した。

「……溶けちまった」

 買い直そうかとも思ったが面倒になってそのまま足を進めた。自宅の前まで来て彼は見知らぬ車に気づく。

(親父の客かなんか、か……?)

 不審に思いながらも玄関の扉を開けた。

「あ、タツきゅん。お帰り」

 あきらかに酒に酔った声が彼を迎える。リビングに続くドアを開くと彼の父親と長月 秋水と薄い茶髪の女性がテーブルを囲んでいた。テーブルの上には一升瓶が既に二本開けられている。

(こいつら俺が居なかった一時間ちょいでどんだけ呑んだんだ……)

「タツきゅんも座りなよぉ」

 と、茶髪の女性が言う。彼は父親を見た。若い(?)女、二人をはべらせている四十そこそこのおっさん。

 まったく、我が父親ながら恐ろしい……

「来てたんっすね、高藤さん」

「シューの付き添いでねぇ」

 にへへ、と年甲斐もなく砕けた笑みになる。

 思わず彼はそれを魅力的だと思った。

「タツ、サキには手を出すなよ。恐いお兄さんにしばかれるぞー」

「……親父は俺をなんだと思ってるんだ」

 たいよーはそんなことしなくよー、だのノロケている高藤の向かいの椅子を引いて腰をおろす。

「だいたいあんた退院したとこでしょ」

「酒は百薬の長なんだよぉ」

「分量を弁えろ」

 額にチョップを入れる。あう、と童女じみた声を出す。天然だ。

 普段クール系の美女なのに酔ったらこれとか反則だ、と彼は思う。というか思い返せば彼の年上趣味は彼女から始まっているのかもしれなかった。

「ところでタッちゃん、こんな時間にどこへ」

 と、秋水。

 タッちゃんという呼び方が彼にはどこかくすぐったい。彼女も飲んではいるらしいが呑まれていないようだ。

「コンビニ」

「おつまみあるー?」

「ねぇーよ……」

 嘆息する彼の横で長月が彼の持つ袋を凝視していることに気づく。中のアイスがすでに原型を保っていないことがわかったのだろう。クスリと笑う。

「それでタッちゃん、どうでした?」

「あ? なにが」

「須藤 南はちゃんと犯人でしたか?」

 彼は危うく袋を落としそうになった。高藤と彼の父親は何事もないように談笑を続けている。

 長月 秋水がそれまで彼に語った言葉の一つ一つが彼の中でガラリと意味を変えた。

 彼は秋水から情報を逆算したつもりだった。だが結局逆算できるだけの情報を意図的に与えられていたに過ぎなかったらしい。

 彼はようやく自分も彼女の手札の一枚でしかなかったことに気づいた。

「はいはい、みなみんは立派な殺人犯でしたよー」

 意識して軽い口調で彼は言った。彼としては冗談じみた雰囲気を持たせたつもりだった。

「ふむ、タッちゃんもそういうのならやはり間違いないみたいですね」

 彼は己の完全敗北を悟る。

 ただいま絶賛謹慎中の彼の父親がどこかにやけた顔で彼を見ていた。



   ◇


 死角、というべき場所がある。

 それは大通りからそう離れていない入り組んだ細い道の一つだった。

 彼は足音を消す技術に優れていた。気配など前を歩く彼女には掴めるはずがない。ゆっくり、しかし確実に彼と彼女の距離は詰まって行く。

 髪の毛に鼻先が届く位置まで来ても彼女は気づかない。否、気づけるはずがない。

 彼は素早くポケットに手を入れてその中でハンカチに薬品の小瓶を傾けた。

 それを口腔に押し当てて昏倒させるまでには数瞬もかからなかった。

 彼女の上着から生徒手帳を取り出して少女の名前を確認する。


『新庄 見事』


 満足気な笑みを見せた彼は彼女を抱えながらも相変わらず足音を立てずに、細い道を抜けた先で死角を助長するように待機していた仲間の車に乗り込んだ。

 一切の痕跡さえ残さず一人の少女が街から消える。



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