第八話 衝突
side:レン
「水樹どこに行ったんだぁ?」
僕と葵羽さんは辺りを見回す。
トイレに行って帰って来たと思いきや、すぐにどこかへ行っちゃった水樹さん。
ナゾ行動ですな……。
なんて思っていると、葵羽さんが顔をあげた。
「……い」
「は?」
葵羽さんが真剣な顔つきでなんか言っている。
でもボソボソ言ってて、よく聞きとれない。
「……さい」
「へ?」
「……くさい」
「ほ?」
「焦げ臭いんだって! しかもなに!? その疑問語」
うわーっ。なんか怒られたーっ。
僕の耳も悪いかもしれないけど、ボソボソ言ってた葵羽さんも悪いんじゃない!?
……なんて抗議したい思いもやまやまだけど、焦げ臭いなら緊急事態だ。すぐに避難しなければ!
「葵羽さん、逃げよう……」
僕の言葉に葵羽さんは首を横にふった。
それは芯のある瞳だった。
「水樹が来てないんだ。待たないと」
「……でも、」
そのとき
ジュォォォォォォォォォォォォォッ
「「火事!?」」
テントの中が赤、赤、赤。
真っ赤な火の海が辺り一面をおおう。
「キャー!」
テントのいたるところから甲高い声が聞こえる。
「葵羽さん! やっぱり逃げよう! こんなとこに水樹さんが来るわけない」
「……それもそうだ」
葵羽さんとうなずきあって出口に向かう。
他のお客さんは係員に誘導されて非常口へと案内されている。
「レンくん。僕、やっぱり水樹が心配だよ」
「葵羽さん『おはしも』って知ってる?」
「知ってるよ。おさない、走らない、しゃべらない、戻らないでしょ?」
「そう! だから戻っちゃダメだよ!」
あんなところに戻っちゃ命がない。
「水樹さんだってもうサーカスから出てるかもしれないって!」
「それはない。よくよく考えてみて? 水樹はトラブルが起きたら首を突っ込むタイプだ」
確かに……。
説得力ありすぎる。
「でも水樹さんはどこに行ったんだろう」
まだゴオゴオと火のあがってるテントを見た。
もうテントは穴があいていて、ベロベロにくずれてきている。
あそこにいたら終わってたよ。
周囲は炎のせいで暑いのに、怖くなって背筋がスーッと冷たくなる。
「──発生源は舞台裏だ」
葵羽さんの足下には数式が書きなぐってある。
……さすが優等生。計算して火災の発生源を求めるなんて。
「行こう! 水樹がいたら危ない」
「え!? ちょっ!」
葵羽さんがテントのほうへと走る。
……優等生の上に怖いもの知らずなのかぁ。
感心を通り越して唖然してしまう。
そんな僕もとりあえず葵羽さんを追う。
「水樹……」
テントの前で葵羽さんが立ち止まる。
しかしその足は震えていた。
「葵羽さん! もう出よう! 死んでしまう」
「嫌だよ。水樹が焼け死んだらどうするの?」
「死んだらもうどうにもならないよ!」
「じゃぁ、助けなきゃ」
葵羽さんは一向に引かない。だけど前にも足が出ない。ただただその場にたたずんでいるだけだ。
僕はというと、両足のつま先が逃げる道に向いている。……情けない。
「ねぇ、葵羽さん。怖いでしょ? 足が前に出てないよ。もっと言えば足がガタガタしてる! ほら、やっぱり怖いんでしょ? 逃げたいんでしょ? 頑張るのもすっごく大切だよ。でもホントに大変なときは逃げていいんだよ。じゃないと葵羽さん壊れちゃ……」
「やめてっ」
葵羽さんはつらそうに言い放つ。
心の底からの叫びだったのだろう。声がかすれていてキーンとする。
「人がせっかく勇気出そうとしてるんだよ。静かにして」
「こんな火が燃えてるんだよ? 心配してるんだ……」
「余計なお世話!」
カッチーン。
葵羽さんの一言に自分のなにかがプツリと切れた気がする。
なんかすごーくイライラする。
「え? 僕の善意はいらない? 僕のことなんてどーでもいい?」
「そこまでは言ってないでしょ」
「水樹さんが大切なのは知ってるよ。でも危ない。それは葵羽さんも知ってるでしょう? だから膝震えてるんでしょう?」
「レンくんのほうが僕よりよっぽど怖がってるように見えるけど?」
「そうだよ! 怖いよ!」
「じゃぁ帰ったほうがいい」
「うんうん、そうさせてもらいますよ。今日の夜は推しの誕生日だし! 帰らせていただきます……ってなると思う? ここで帰ったら夢見悪いよ」
「レンくんはできることあるの?」
「ない」
僕のあまりにも早い即答に驚いたのか葵羽さんが一瞬笑う。
「できることがない、意気地無しでバカな僕だから葵羽さんといたいの。一人じゃなんにもできないんだ。怖くてたまらない」
僕の正直な声に葵羽さんは優しく微笑んだ。
……あ、この顔はいつもの優しい葵羽さんだ。
つられて僕も表情がやわらかくなる。
「ありがとうレンくん。僕も怖い。でもね」
そこで止めるとテントに目をやった。
「僕は水樹が死んじゃうほうがもっと怖いんだ」
ハッキリした声だった。
キッパリした目だった。
しっかりした想いだった。
ホントに水樹さんが大切な、かけがえのない存在なんだなって気づかされる。
そんな風に想ってもらったり想うことができてちょっぴりうらやましい。
いつかそんな相手ができたらいいな。
「わかった」
僕はうなずき、テントのほうへつま先を向けた。
「早く水樹さんを探して帰ろう。命は一つしかないんだからね」
「うん」
葵羽さんがこんなに真剣なんだ。僕も力になりたい。
それに水樹さんのことも好きだし(likeのほうね)。
と、決意を固めていると
「うわぁーーーーーーーっ!」