おめでた
「災い転じて福となす」の番外編です。
出会いあれば別れあり。主人公の唯と瞬の結婚式を描きます。
瞬は、34歳になった。
父親がしつこく言ってくるので、お見合いをした。
なんでも地元で有名な政治家が、縁談を持ってきて父親も断れなかったらしい。
父親を立てるために一度だけという約束でお見合いをすると、相手のお嬢様が、瞬の事を大相気に入った。
歳も歳だし結婚しなくてはと思う瞬だったが、世間体や跡継ぎのために結婚していいのかなあとも思っていた。
勿論、若い頃のように情熱的な恋愛をする事はないと解かっている。
ただ周りに固められて、相手に気に入られて、ずるずると婚約という形に自問自答していた。
ややマリッジブルーであったが、結局盛大な披露宴を行うことになった。
相手の父親は、地元では有名な会社の経営者であり、瞬の父親同様、地元ではちょっと名の知れた存在であった。
ちなみに、その令嬢は弟達と同じ30歳だった。
会場も大きく、親族だけでなく、父親同士の仕事関係者も集まり、瞬にとって全然知らない人のほうが多い披露宴だった。
「豪華だね」
「一応、地元では誰もが知っている大病院の御曹司の披露宴だからね」
「弟なのに、他人事みたい」
「月とすっぽんぐらい立場に違いあるからね。うちらの披露宴の電報や祝辞はこんなになかったでしょ
」
「そういえば」
元カノだけど、弟の嫁なので親族席に座っている唯に順二は遠慮なく本音で話す。
以前言っていた瞬の言葉を思いだした。
自分はドッグショーの犬であり、トリミングされ、しつけをされ、ショーに出される自由がない人間だと。
もし、自分が結婚したら窮屈だなと感じる日々だったのかもしれない。
相手の方は、地元では誰もが知る大企業のお嬢様だそうだ。
時代は令和だが、政略婚のような匂いがプンプンするのもまた事実だ。
弟はエリート商社マンだが、日々の暮らしでは息苦しさを感じない。
実家にほとんど帰る必要がないし、気楽なものである。
家事もしてくれるし、優しいし、とてもいい旦那だと素直に思う唯だった。
新郎新婦が、自分達のテーブルにお酌に来た。
新婦は、きっと私が元カノと知らないんだろうなと思う唯だった。
「綺麗ですね」
「ありがとうございます」
新郎ではなく、新婦に声を掛けた唯だった。
新郎は、弟の順二が声を掛けるだろうという計算もあった。
「兄貴も遂に結婚かあ。まあ、先輩だから何でも遠慮なく聞いてくれたら教えるよ」
「何を偉そうに」
そう言って笑う瞬だった。
挨拶も色々な人の顔を立てるために、やたらと多かった。
これを見ていた順二は、自分と違って兄貴は大変だなと改めて思った。
また、唯は、自分と結婚してよかったなと改めて思ったのだった。
戦国時代のように、まるで家と家が結婚するようであり、新郎新婦が、雛飾りのように思えてきた。
「私達の時と全然違うね」
「本当だね。兄弟でこんなに差があるんだね。大病院を継ぐって大変なんだな」
「他人事みたい」
「だって他人事じゃん。自分は、商社マンだから」
「お兄さんに向かって、それは、ちょっと酷いんじゃない?」
「解かるような気がするよ」
父親は経営者であり現役の医者ではあるが、いずれそれを継ぐのは間違いない。
弟は家業を手伝う気はなく、好きな道を選んだ。
瞬は、本当は何になりたかったのだろうか?
付き合っている時は子供だったので、そんな事を考えたりもしなかった唯はふと思った。
唯は隣のテーブルにお邪魔して久しぶりに会った明日香とこんな話をした。
「明日香と瞬ってお似合いだったと思うんだけどね」
「どうして?」
「二人とも凄くしっかりしていて、高嶺の花って感じだし」
いつの間にか背後に来て話を聞いていた順二がこう言った。
「兄貴の事いいって思った事なかったの?」
「素敵な人だと思うけど、異性として意識した事は、ないかなあ」
「そうなんだ。ちょっと聞いてみたくなってね」
豪勢な披露宴、周りはエリートのハイクラスばかり。
自分みたいな庶民は、浩の嫁になった同級生の理沙ぐらいのものだ。
しかし、彼らは瞬の同級生側のテーブルに居るので、それほど堅苦しくはないだろう。
少し気分が悪いのはそのせいかなと思っていたが、ワインを飲んでいると吐き気に襲われた。
「お手洗い行ってくるね」
「うん」
そう順二に言って隣のテーブを離れた。
トイレで戻している時、もしかしたらつわりではないのかと思った。
福岡に帰ったら、検査をしてみようと思う唯だった。
「何回やるんだろうね?」
「豪勢だから、最低3回はありそうよね」
「衣装借りるのも金掛かったよな」
「けど、一生に一度の晴れ舞台だからね、女性にとっては」
「瞬の奥さん、和美人だね」
「ほんとにね。美男美女って感じ」
「瞬の彼女ってみんな可愛いんだよな。世の中不平等だな」
「あらっ?私じゃ不満足なの?」
「いやいやいや、そんな事は、言ってない、言ってない」
浩と理沙の会話を聞いていた明日香が思わず笑ってこう話しかけた。
「仲いいね、理沙」
「亭主は、尻に敷いとかないとね」
「子供産むと、更に強くなって困ってるよ。母は強しだよ」
浩と理沙の間には、可愛い女の子がいて2歳になる。
只今二人目に向けて、子作りを頑張っているところである。
勿論、次は男の子がいいねと言っていた。
アナウンスが流れ、新郎新婦の再入場となった。
再び入場した後、各テーブルを再び回ることになっている。
親族席の次に近いテーブルにすぐにやってきた。
「お前さあ、医者辞めて結婚相談所のアドバイザーになったら?」
だいぶ酔っ払っていた浩が、冗談を瞬に言った。
「どうして?」
「俺も順二君もおまえの紹介で結婚までしたからなあ」
「あー、そういう事か」
そう言って笑う瞬だった。
「それで、お前も結局、人の紹介で結婚か。年貢の納め時だったな」
「まあ、34だしな」
浩は、瞬の大変さや経緯を全然解かっておらず、好き放題言っていた。
ちなみに、浩は、勤務医として働いている。
瞬と新婦が去ったそのテーブルでは、明日香も少し酔っ払ってきて、饒舌になっていた。
「唯、理沙、実はね、報告があるの。ここだけの話よ」
「えっ、なになに?」
「私も近々婚約するの」
「まじでー、おめでとう。で相手は?」
「プロサッカー選手」
「えー」
物凄く大きな声を出した唯に他のテーブルからも視線が集まる。
「ごめんごめん」
「どうしたんだ理沙?」
明日香に謝った理沙を見て、心配する浩だった。
「気にしないで」
そう言うと、再び浩の方でなく、明日香の方を見て会話を再開した。
「誰なの?有名な選手」
「どれぐらい年俸もらってるの?」
「それより誰なのよ、そんな事後回しでいいから」
花梨は年俸が気になり、理沙は選手名が気になった。
こっそりと二人に耳打ちした。
「△○選手」
それを聞いた理沙は、やるなこいつみたいな感じで軽く明日香を突いた。
花梨は、その選手を正直知らなかった。
バッグからスマホを取り出し、すぐ調べてみた。
「世界で最も活躍している日本人フットボーラー、27歳」
顔写真と簡単なプロフィールを確認した。
男前だった。
それよりも三歳年下の選手とどこで知り合ったか気になった。
「どこで知り合ったの?」
花梨は、単刀直入に聞いてみた。
「番組で共演して、電話番号を聞かれて教えたの。」
「具体的には?」
「今度お食事でもどうですか?電話番号よかったら教えて下さいと言われて」
「明日香が、教えたりするんだ」
「イケ面だったから」
大笑いする二人だった。
「それでそれで」
「普通にお食事する友達みたいになって」
「それでそれで」
「付き合ってくださいと言われて」
「それでそれで」
「ハットトリックを試合で決めたら、付き合ってあげるって言ったの」
「決めちゃったんだ」
「そう、決めちゃったのよ」
「もし出来てなかったら?」
「付き合わなかったと思う。断る理由として、出したつもりだったんだけどね」
「滅多にハットトリックなんてないからね」
「去年の成績よくて、今年も調子いいから、オフに結婚式挙げようみたいに言われてる」
「なるほどねー」
「明日香を落とすには、運も必要だったのね」
「実はね、あのメッシがゴールを決めるためにアシストしてくれたんだって、その試合」
「すげえー」
そう言って、妙に納得する二人だった。
「明日香こそ、年貢の納め時だったのかもね」
「どういう事よ?」
「今まで何人の男を振ってきたのよ?明日香は」
「さあ」
「これで悲しむ男性がいなくなってよかったという意味で言ったの」
隣の席で旧友達が盛り上がっている中、唯は、何事もなかったかのように親族席に戻った。
そして、親族としてだけでなく、元カノとしても出席した瞬の豪勢な披露宴は無事終えた。
二次会等は福岡である事を理由に断り、東京駅のホームに向かう。
新幹線の指定席でスマホを見ていると、なんと明日香が婚約したというニュースを見た。
相手は、海外のフットボールクラブで活躍する日本代表の長谷部翼選手だという。
今更ながら、私ではなく明日香の方が瞬にお似合いだと思った事もあったが、医者の御曹司よりも凄い相手と結婚したものだ。
「ねえ、見てみて」
「へぇー、モデルで活躍してるのは知ってたけど。付き合ってたの知ってた?」
「うんう」
「そっかあ、俺らとは違う世界に住んでるな」
そう言って豪快に笑う順二を見てとても幸せだった。
「それはそうと、私妊娠してるかも」
「じゃあ、結婚式で気分悪かったのは」
「かもしれないで自信はないけど」
「検査に行っといでよ」
「うん、そのつもり」
「兄貴の披露宴も終わり、明日香は婚約、唯も妊娠ってめでたい事ばかりだな」
「だから、かもしれないって言ってるでしょ」
「ごめん、ごめん」
尻に敷かれている順二だった。
翌日、順二は会社に、唯は産婦人科に行った。
唯は、産婦人科で検診をした後、夕食をつくり旦那の帰りを待った。
月曜日は忙しく、夕食はいいからと電話が入る事も多い。
しかし、この日の帰りはとても早かった。
そう、検査結果を早く知りたかったのだ。
電話もラインもなく、順二は検査結果を知らないのだ。
「おかえり」
「ただいま、どうだった?」
開口一番に聞いてきた。
「それがね妊娠してなかったの、残念」
「そっかあ、連絡ないからたぶんそうだとは思ってたけど」
がっかりした様子の順二だった。
しかし、順二らしい言葉を発する。
「がっかりしなくていいからね、まだ結婚して2年だし」
「うん、先にお風呂?それとも夕飯?」
「お腹すいたら、夕飯にしよっか」
唯は、物凄くニヤニヤしている。
順二は、物凄く違和感を感じた。
唯もがっかりしているはずなのに(?_?)
その答えは、聞くまでもなく解かった。
テーブルに座り出されてくる夕飯は、赤飯、頭付きの鯛の塩焼き、昆布、かずのこ等縁起ものばかり。
いただきますを言う前に順二もニヤニヤしてきた。
唯も料理を並べ椅子に座った
「いただきます」
「いただきます」
わざと何もしゃべらずに食べる順二。
その姿を見て、早く聞いてくれないかなと思う唯。
「今日は正月じゃないよね?」
ようやく順二が口を開く。
「うん」
「唯の口から僕に報告する事あるよね?」
「うん」
お互いニコニコしながら箸を置く。
「私、赤ちゃんを授かりました」
「よっしゃー!」
RCながらも隣まで聞こえそうな大声を出す順二だった。
「そんなに大声出すと、お腹の赤ちゃんまでびっくりするじゃない」
「ごめん、嬉しすぎたのでつい」
そう話しながらニコニコする二人だった。
「子供の名前を考えないとな」
「気が早いんだから」
山本家にとっては、wのおめでたである。
二人の幸せな時間は続く。
唯は、昨日の今日で驚く事ばかりだった。
自分の妊娠、明日香の婚約。
元カレの瞬を含め、自分も理沙も明日香もこのまま幸せであーれと思ったのだった。
いずれ自分が経営者となり、唯やその子供達を幸福に出来るのかという悩みを抱えていた事を小説上は表記していません。それは、読者の方に読みとって頂きたいというか当たり前の現実なわけです。兄と弟の三角関係は、何もドロドロの恋愛を描きたかったわけでなく、平凡とか幸せって何だろうという事を描きたかったからに過ぎません。そして、それを唯が妻となり妊娠してから気付くという切なさや振り返りを作者としては入れておきたかったのです。瞬は、唯を確かに愛していた。ただ、歩調が違い環境(生まれ)が違った。それを瞬は一人で悩み考え、そして、唯を幸せに導く伝道師を選び、仮にそれが実の弟であっても感情抜きに徹するという彼の性格や育てられ方、そして自身が今後待ち受ける試練を医師としてではなく、経営者として既に覚悟していたというのは、どれ位の読者が感づかれていた事でしょう。