上書き
そして、デート当日を迎える。
「おはよう唯ちゃん」
「おはよう」
「昨日は、よく眠れた?」
「うん」
どうしてそんな事聞くのだろうと思いながらも返事を合わせる唯だった。
一緒に電車に乗り、お台場へ向かう。
弟なので瞬と同じルートである。
瞬に比べると、積極的に話し掛けてくるなと思う唯だった。
昼前にお台場に到着した。
「お昼食べる?」
「うん」
「いい店、前もって調べてきたんだ。案内するよ」
「嬉しいな」
そう言いながらも、なんか疲れる唯だった。
瞬と違って、自然体ではなく、男性側がリードするべきという考え方のようだ。
一生懸命さは伝わってきたが、子供っぽいなと正直思う唯だった。
「ここだよ」
そう言って店内へエスコートしてくれた。
人気店であり、昼前にも関わらず満席状態だった。
「行列がいつも出来るお店なんだって。並ばなくてよかってラッキーだね」
「そうだね」
いかにもカップルに人気が出そうなイタリアン系のレストランだった。
パスタやピザの種類が多く、解からないソースの名前もあった。
唯は、カルボナーラ、順二は、うにソースのパスタを注文した。
「とっても美味しい」
「でしょ」
淳二は、凄く得意げな顔をした。
唯は、そういうところが可愛らしく思えた。
今まで食べたパスタで一番美味しかった。
食事を終えると、ジョイポリスに行く事になった。
どういうプランか気になったので聞いてみた。
「今日は、どういうコースで回るの?」
「まずジョイポリス、次は、メガウエブ。最後、フジテレビ寄って帰ろうかなと」
「いいね」
なんか瞬の当時の気持ちが解かった。
だいたいデートで回るコースは、人が違えど同じである。
つまり、順二君は、当時の私だろう。
あの時の私は、お台場が初めてというだけでなく、デートも二度目でドキドキしていた。
違いといえば、瞬と自分は付き合っていたが、順二君と私は、付き合っていないという事ぐらいだった。
そう思うと、このデートは、もっと楽しむべきだなと思った。
瞬は、当時の私をきっと子供だなと思っていた事だろう。
私も弟のような感覚に近かった。
あっという間に時間が過ぎ、フジテレビの見学も終えた。
「帰ろうか?」
「うん」
唯は、レインボーブリッジが見える所や観覧車に誘われなくてほっとした。
誘われたら、流れで断れなかったと思う。
ただ、キスをされそうになったら、三上君の時同様、拒絶しただろう。
正直、順二君に対しては、全然チャラいというイメージがなかった。
帰りの電車でも際どい会話や口説くようなセリフもなかった。
「バイバイ。今日は楽しかったよ」
「またね」
そう言って電車から降りた唯だった。
家に帰って夕飯を食べ、部屋で一人きりになった。
そして、また瞬へ電話した。
「どうした?楽しかった?」
「楽しかったよ」
「告白とかされた?」
「うんう」
「されたかった?」
「別に」
「友達以上恋人未満だよね?」
「うん」
「恋人になろうと思わないの?」
「私は、今のままでいいかなあ。男友達で」
「順二は、付き合いたいだろうね」
「かもね」
「難しいなあ」
「そうだね」
「また遊びに行く約束した?」
「してないよ。」
「誘われたら行く?」
「別に行ってもいいかな」
「そうか」
「今日ね、思ったの」
「何を?」
「瞬と全然違うなって。同じ兄弟なのに」
「そら、そうでしょ」
「積極的だね。よく話し掛けてくるね」
「俺よりよく喋るからな」
「後、子供っぽい」
「それは、歳が違うからじゃない。後、男性と女性で精神年齢違うし」
「あー、確かにね」
「唯には、順二がいいと思うんだけどな」
「どうして?」
「あいつは、凄く構う奴だから。自分は、どっちかっていうと、対応するのが得意みたいな人間だから」
「それは、当たってるかも」
「理系文系や長男次男が、関係しているかもしれないけどね」
「瞬、変な事聞いていい?」
「どうぞ」
「もしよ、私が付き合う事になって結婚までしたら、祝福してくれる?」
「勿論。祝福するに決まってるだろ」
「じゃあ、お願いも聞いてくれる?」
「何?」
「結婚式の前に内緒で私にキスして」
「それは、無理だな。それは、できないよ」
「じゃあ、壁ドンして、幸せになれよって耳元で囁いてくれる?」
「それならいいよ」
「ほんとに?」
「うん」
「前みたいに約束破らない?」
「あー、防災公園の事ね。別に行ってもいいよ。それこそ唯が結婚しても一緒に行けるよ」
「じゃあ、それも一緒に」
「いいよ」
「絶対よ。約束よ」
「うん」
「嘘ついたら針千本のーます。指切った」
「唯は、昔から変わらないな」
唯は、瞬に未練がありながらも断ち切ろうと前向きになっていた。
一方の瞬は、またデートに誘えと順二にアドバイスした。
この日を境に、唯からのメールや電話が、少なくなった。
それから3ヶ月ほどたったある日、廊下で会った弟の順二が、こう言ってきた。
「兄貴、唯ちゃんと付き合うことになった」
「そうか、おまえもこれで穴兄弟だな」
それを聞いて2秒後、順二は、瞬の事を殴った。
そして、こう言った。
「言っていい事と悪い事があるだろ」
そして、自分の部屋へ向かった。
瞬もそれぐらいの事解かっていた。
自分に遠慮せずに、こんな奴が元彼だったのかと唯をもっと大切にするだろうという優しさからであった。
瞬は、その後、唯にメールを送った。
『順二と付き合うようになったんだってな。あいつ、俺に嫉妬しているから、あんまり俺の事話題にしないほうがいいぞ。後、順二は、物凄く唯に惚れてるよ。上手くいくといいね。』
それから数分後、返信があった。
『ありがと。瞬も好きな人と上手くいくといいね。』
瞬の描いたストーリーは、完璧に実現された。
瞬にとっての唯一の慰めは、医師国家資格合格だった。
だが、インターンが始まると、また忙しい日々であり、彼女どころではないなと正直思っていた。
この日を境に瞬と順二は、ほとんど口を利かなくなる。
また、唯からの連絡も完全になくなった。