ラストキス
しかし、大学二年生の夏、異変が起きる。
瞬も大学六年生になり、卒業関係の試験だけでなく、国家試験対策にも追われていた。
両方、全然問題ないレベルであったが、念には念を入れて、かなり勉強していた。
唯と瞬は、同じ大学に通ってはいるが、週1、2回しか会っていなかった。
瞬は、大学と家の往復であり、たまにしか唯以外の人間とは遊ばない。
一方、唯は、長期休み以外はバイトをしておらず、週末以外の平日、友達と遊びに行く事も多い。
唯と違い、茜がフリーであるため、2対2で遊びに行く事も多かった。
唯は、1対1でなくても、ちゃんと瞬に報告していた。
瞬は、一度も止めた事もないし、怒った事もなかった。
そんな事から、段々、唯の感覚も麻痺してきた。
「瞬、友達と男の子二人で海に行ってくるね」
「うん。帰ったら電話ちょうだいね」
「飲みに行くかもしれないから、遅くなるかも」
「解かった。楽しんできてね」
「楽しんでくる」
瞬は、唯が遊んでいる時に国家試験対策をしていた。
勿論、唯と遊びに行きたいが、夏休みだからといって、その回数を増やすわけにもいかなかった。
唯は、茜と男の子二人と車で海水浴場に着いた。
「琢磨君、いい車乗ってるね」
「ありがと。買うために必死でバイトした」
「最近は、こういう車乗る人少なくない?室内が広い車の方が、主流だよね」
「たしかに、そうかもね」
「んな話どうでもいいよ。さあ、着替えよう」
そう言って、更衣室の方へ向かった。
男性陣が着替え終えて待っていたら、女性陣が出てきた。
「可愛い」
「ほんとに?」
定番の会話が続く。
茜は、普通のビキニだったが、唯は、フリルスカート付きかつトップも露出が少ない水着だった。
男性陣は、待つ間に浮き輪等を膨らませていた。
「キャー冷たい!」
茜は、出来るだけ可愛らしく演じていた。
唯は、純粋に海水浴を楽しみに来ていた。
「気持ちいい!!」
男性二人は、その後に入った。
四人は、海水浴を満喫した。
その後、スパにより疲れた体を癒やした。
そして、ファミレスで食事をした。
結局、集合の駅前で解散ではなく、みんなを送り届ける事になった琢磨だった。
まず、友人の涼平が、一番最初に降ろされた。
たまたま帰路の順番が、そうだったからである。
そして、次に茜が降ろされた。
茜的には、琢磨と二人きりになりたかったのだが、順番だから仕方がない。
茜は、琢磨に感謝の言葉を掛けた後に夜ライン送るねと言っていた。
茜と後部座席に座っていた唯だが、琢磨に言われるがまま助手席に移動した。
約30分ほどのドライブデートである。
「今日は、楽しかったね?」
「そうだね」
「彼氏、怒ったり束縛したりしないの?」
「うん、全然しなーい」
「俺だったら、機嫌悪くなるか行くなと止めるけど」
「どうして?」
「だって口説かれるかもしれないし、水着姿も見られるじゃん」
「独占欲強いんだね」
そう言って笑う唯だった。
「絶対、田中さんが彼女だったら、不安で不安でしょうがなくなるけどな」
「付き合い長いからね。それに年上の彼氏だし」
「幾つ上なの?」
「四つ」
「彼氏がいる事や付き合いが長い事は知ってたけど、四つも上なんだ」
「うん、そうだよ。三上君は、彼女いないの?前は、いるって言ってたけど」
「別れたよ。バイトばっかりしてたから。おかげでこの車は、買えたけどね」
「酷いね。あんまり会わなかったんだ?」
「会えなかったのほうが、正確かなあ。この車が欲しくてね」
「後悔してないの?」
「女性は、この世にたくさんいるしね」
「どれくらい付き合ってたの?」
「半年ぐらいかな」
「軽いね」
「合コンで知り合って、クリスマス前にお互いフリーだからみたいな感じで」
「好きな人とかいないの?」
「気になる人はいるよ。けど、彼氏持ちなんだ」
「じゃあ、駄目じゃん。茜はどう?フリーよ」
「友達としては、いいんだけどね」
「そうなんだ。茜は、結構好きみたいだけどね」
「なんとなーく、そんな感じしてた」
「そうなんだ」
鈍い唯は、自分に好意を抱いている事が、解かっていなかった。
むしろ茜を勧めようとしていたぐらいであった。
「もうすぐ家だから、どっか停めやすい所でいいよ」
そう言われた琢磨は、公園の横に車を停めた。
そして、唯の手を取り、自分の方にぐっと引き寄せキスをしようとした。
「やめて」
そう言って、唯は、琢磨の胸を押し抵抗した。
すると、琢磨は、掴んでいた腕を離した。
「ごめん。だけど、軽い気持ちじゃないよ」
「何するのよ一体」
「そんな彼氏と別れちまいなよ。自分なら、もっと大切にするよ」
「何が解かるの?あなたに」
そう言って、唯は、ドアを開け車から降りた。
琢磨は、車から降りてきて、再び謝った。
「言い訳をするつもりはないけど、後でライン送るから」
「解かった」
唯は、琢磨の方を全然向かずに歩きながらそう言った。
それを聞いた琢磨は安心し、再び車に乗り込んだ。
そして、自宅へと戻った。
唯は、かなりイライラしていた。
自分が、そんなに軽い女と思われたのも嫌だったし、琢磨のチャラさにも嫌になったのである。
琢磨のラインには、茜からメッセージが届いていた。
何気ない内容だが、感謝や楽しかった感が伝わってくるだけでなく、次は二人きりで行きたいねみたいな感じだった。
一方、琢磨は、唯の事で失敗して落ち込んでいた。
唯は唯で、親友が気に入っているクラスメイトが、自分の事を好きであり、正直困っていた。
唯の元にラインが届く。
『悪かった。けど、軽い気持ちじゃないよ』
読んだ唯は、こう返信した。
『彼氏いるって言ってるじゃん』
すると、すぐに返信が返ってきた。
『自分ならもっと大切にできると思って』
『だから、人それぞれなんじゃない?』
唯は、好意を寄せているわけではなく、単に討論している感覚だった。
『毎日、彼氏と会いたくないの?』
『会いたいかなあ』
『ほら、大切にされてないじゃない』
『だからそうとは限らないでしょ』
『自分なら毎日会う努力をするし、他の男を近づけないな』
『元カノの時、全然そうしていないじゃない?』
『あんまり好きじゃなかったから』
『じゃあ私なら?』
『いつも会う。バイトもそんなにしない。そして、束縛する』
『もう怒ってないからいいよ』
『あー、よかった。お詫びに週末二人でどっか行かない?俺おごるからさあ』
『行くのはいいけど、ホテル連れて行かれたり、キスされたりしたら困るからなあ』
『絶対にしない。神に誓って約束する』
『みんなに内緒だよ。誰にも喋らない?そして、茜にも気付かれないように出来る?』
『約束するよ。友達としてのデートという事で』
『週末、彼氏と会うから、どっちかは空くと思う』
『じゃあ、両方空けて待ってるよ』
『明日中には、日程教えれると思う』
『解かった。じゃあ、また明日学校でね』
唯は、少し不思議な気持ちだった。
当初、怒っていたのだが、言われてみると、たしかにそうだなあと思える事もたくさんあったからだ。
会いたいけど、週に1,2度で我慢できるのは、きっと女子校時代の付き合いが、そうだったからなのだろう。
同じ学校とかバイト関係なら、毎日会うのが普通だろうなと思った。
ひょっとして琢磨は、自分が、彼氏に大事にされていないと思い、アプローチしてきたのかなとも思った。
そう考えると、キスをしようとしてきたのは強引でチャラいと思うが、心理的には理解できた。
一方の琢磨は、茜とのラインを適当に流していた。
勿論、既読にして返事を返すが、付かず離れずの言葉を選んでいた。
「瞬、今帰ったよ」
「遅かったね」
「海行って、スパ行って、ファミレス行って帰ってきたから」
「楽しかった?」
「勿論」
「そうだよね」
「瞬、私ともうちょっと会う頻度増やしたいとか思わない?」
「特には思わないかな。今まで通りでいいかな」
琢磨の言葉を聞いて、もっと会いたい自分に気付いた唯とすれ違う言葉だった。
この瞬間、唯は、思った、琢磨と二人きりで遊びに行っても自分は悪くないんだと。
「瞬、私が、男友達と二人きりで食事とか行っても平気?」
「どうしたの?急に」
「誘われたんだ」
「いい気はしないけど、楽しい奴となら、一緒に行ってもいいよ。自分も学内で二人きりで食事をするというケースはあるし。勿論、やましい事はないよ」
「そうなんだ。初めて聞いた」
「余計な事は、言わないほうがいいからね。喧嘩の種にもなるし」
「お酒を二人で飲みに行くとかは?」
「それはやだな。だって、一緒に二人で行動するって事は、どっちかが気があるケース多いよね。お酒を飲むと、本性が出やすいし」
「うん解かった。もし誘われても行かない」
「ご飯はいいよ。ご飯は」
「ところで週末会える?」
「うん、土曜日会おうか?健二が車使うから、電車だね」
「どこ行く?」
「渋谷でも行くか」
「うん」
「お洒落なホテルやレストランもあるし。いつもの場所で11時待ち合わせかな」
「うん解かった。会えるの楽しみにしてるね」
「俺もだよ」
瞬は、いつも私が乗る駅の改札を抜けた所まで来て、待ってくれる。
ずっと電車で一緒というルールは、昔から変わらない。
人それぞれ優しさとか会う頻度は、違うんだろうなと正直思った。
遠距離恋愛に比べればマシだが、もっと会いたいなと感じた唯だった。
『日曜ならいいよ。ランチはいいけど、夕飯は、家で食べる』
唯は、怪しくないデートにするため、予防線を先に張った。
『解かった。車で家の近くまで迎えに行くよ』
既読にし、返信はしなかった。
翌日の学校では、何もなかったかのように茜とも接した。
勿論、琢磨とも何事もなかったかのように接する事ができた。
いよいよ日曜日になった。
前日、瞬と美味しいものを食べ、抱いてもらった唯は、気分よく日曜日を迎えた。
四つ下のクラスメイト。
正直、子供っぽく感じていた。
かっこいいという感じにはなれず、可愛いという感じであった。
けれど、とても楽しい時間を過ごす事が出来た。
結局、テーマパークで昼食を取り、遊んだ。
そして、19時前に家に送ってもらった。
「これで帳消しにしてくれる?」
「いいよ」
車から降りる前に琢磨が聞いてきた。
「自分は、ナンバー2でもいい。田中さんが楽しそうな顔をすると、自分も嬉しいんだ」
「ありがと」
「彼氏と会えない日、また遊んでくれないかな?」
「いいよ」
正直戸惑ったのだが、流れでいいよと言ってしまった。
琢磨は、私の心の隙間に入るのが上手かった。
瞬の事が大好きだが、便利屋琢磨の事が、次第に気になるようになっていた唯だった。
たまに、週末、琢磨と遊びに行くようになり、教室でも頻繁に会話するようになっていた。
特に、選択授業で茜がいない教室では、琢磨は積極的に話し掛けてきた。
次第に琢磨の存在が、心のなかで大きくなっていった。
正直、瞬と毎日こんな関係になれたらいいのにと思った。
また、二人の男性の事を同時に考える自分に少し嫌悪感を覚えていた。
それだけでなく、茜に隠す必要もあり、罪悪感を感じていた。
琢磨もそんな私の心を見抜いていたのだろう。
友達以上恋人未満の関係から、抜け出したいようであった。
彼氏と別れて、俺と付き合わないかというような事を言うようになっていた。
つまり、私が、瞬と別れるのを待っているような状態に陥っていた。
ただ、一度キスを拒んでいることもあり、キスをしようとは絶対にしてこなかった。
こういう関係に疲れていた唯は、ついに別れを切り出す事にした。
週末のデートの帰り際を選んだ。
「瞬、今日も楽しかったよ。ありがとね。落ち着いて聞いてね」
「何?」
「実はね。他に好きな人が出来たの」
「うん」
「瞬の事は、昔から大好き。けど、その男性の事も凄く気になるの。だから、一度瞬と別れて自分を見つめ直したいの」
「どっちが好きか解らなくなったって事?」
「そうなの」
「その男性といても楽しいし、自分といても落ち着くって感じなんだろ」
図星だった。
さすが、私と長年付き合っているだけのことはあると思った唯だった。
「二股は掛けたくないし、このままだと、二股になりそうな気がして」
唯の瞳から、涙がこぼれた。
「泣くなよ。泣かれると、辛いよ。俺は、唯が幸せだったら、それでいいと思ってる」
「あ、りがと」
「前から思ってたんだけどさあ、唯は、初めての彼氏だよね。だから、結局、他の人とか交際とか知らないよね。男友達と遊ぶと、新鮮味を感じて好きになるのかなと思ってた。けど、それが、普通の女の子だから、それが唯のためかなあと思ってた」
更に、大粒の涙が溢れる唯だった。
「おいおい、振る方が、そんなにボロボロ泣いてどうするんだよ」
「ご・・、ご・・、ごめん。本当にごめんね」
「謝らなくていいよ。頼むから笑顔を見せてくれよ」
「う・・・、うん」
言葉にならない唯だった。
「俺は、いつだって唯の味方だよ。唯の幸せを誰よりも願ってる。二人が、別々の道を歩む事を選んだ。ただ、それだけの事だよ。今までありがとう唯。とても楽しかったよ」
唯は、自分と違ってよくもまあ、こんなにドラマみたいなセリフを言えるもんだなと感嘆を通り越して、不思議に思えてきた。
瞬は、本当にクールで優しい。
改めて、そう思った唯だった。
「これからも友達でいてくれるよね?」
「勿論」
やっと泣き終えた唯の頭を撫でながら、瞬は、笑った。
「唯、ラストキスをしよう」
こくりと頷く唯だった。
「そして、その後に最後の笑顔を見せてよ」
唯の家の近くで車を停めた瞬は、最後のキスを唯と交わした。
「今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「何か相談事や悩み事があれば、いつでも連絡ちょうだいね。元彼として相談に乗るから」
「その時は、瞬に真っ先に相談するよ。じゃあね」
そう言って、笑顔で車から降りた唯だった。
こうして、約3年近い二人の関係は、終焉を迎えた。