②寒いキャラバンの中
「いいかナナシ。人助けも良いが、禁書庫は絶対不可侵だ。キャラバンの魔法を使うのも無し。」
エルノアが冷たい声でボソッと呟き、静かに肩から降りた。
「……分かってるよ。」
それから俺は息を呑んでキャラバンの戸を開け、追い出した二人を招き入れる。
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{ノスティア地方『ダンジョン・神秘の青蕾』}
椅子に座り暖炉に手を当てながら、二人の探索家はその火を見つめていた。キャラバンは先程と打って変わり、暖かさを若干保持し、俺たち七人の冒険者たちに暖を与えていた。プーカは寒そうに縮こまりながら、二人の客人を見て舌打ちを決める。
「チッ……、」
「止めなさい、そして睨むな。」
俺はプーカの頭を捻って目線を逸らさせる。探索家は肩身狭そうに「ハハッ……」と笑った。
「事実迷惑をかけている、実に申し訳ない。」
「いえいえ……。」
アルクは魚骨のスープをカップへよそって、二人の元に差し出す。
「あぁ、有難い。すまないね……。」
「いえいえ、200エルです。」
「あぁうん。……え?」
彼は怒っている訳では無い。現金なのだ。アルク・トレイダルは{ユーヴサテラ}の資金繰りを司っている。ダンジョン探査の知識や戦闘員としての力はほぼ皆無だが、素晴らしい詐欺師、もとい商人だ。さっき舌打ちを決めた丸々として態度の悪い少女も、ただふてぶてしい訳では無い。プーカ・ユーヴサテラは一応クランの盟主で有り、薬師の顔を持つ運搬車というサポートの怪物。背丈は小さいが、クランの大黒柱である。
「しかし、このキャラバンに人がいるとは思わなかったよ。というか、まだ人がいるとは思わなかった………。君らには救われたよ。君らがいなければ私らは凍死していた。……いいや、その危機はまだ去ったとは言えないがね。」
外では冷たい風がピューッと吹いて鳴いている。俺は眠そうに首を揺り動かすテツの肩を揺すりながら、傍らで話を伺う。
「……二人は地元の探索家ですか?」
「ん?……あぁ、そうだよ。私たちは親子なんだ。息子と二人で、母の腰痛に効く薬を取りに来た。しかし情けない事に周期を逃してしまった。君たちもそうだろうが、知っての通り私たちは今、帰路を失ってしまっている。神秘の青蕾が口を閉じてしまったからね。」
神秘の青蕾とは、このダンジョンのことである。つまるところ俺たちは、神秘の青蕾と呼ばれている"蕾状のダンジョン"の中にいる。それは地理的な自然現象か、はたまた植物のような生物類そのものか。とにかく俺たちはこの気まぐれなダンジョンに囚われている。
「……次に口が開くのは、いつだか分かりますか?」
「うむ……。」
二人は顔を見合わせる。そんな中、技術士のリザは運転席で呑気にもアコーディオンを奏で始めた。
「私たちの予想では二日後です。最近では地上の気温が低いことも有り、吸寒期が直ぐに終わる短い周期にシフトしたと考えています。でなければ、私たち地元民が周期予想を誤ることなんて、ほぼ有りませんから……。」
「吸寒期?」
聞き慣れない単語を俺は聞き返す。
「あぁ……、吸寒期とは周辺の寒気をブルジェオンが取り込む期間のことです。その間ブルジェオンは冷やされた空気の代わりに、ダンジョンの地熱で暖められた空気を地上の街へ送り込みます。つまり周辺に有る街は全て、ブルジェオンという天然の暖房に恩恵を受け発展した街なのです。」
「へぇ、そうなんだ。」
流石地元民である。良い話を聞いた。しかし逆に言えば、今から俺たちを襲い来るものはそのシワ寄せということになる。ノスティア地方の極まった寒波を集約したシワ寄せである。
「して、ダンジョンはどれくらい冷え込みますか?」
俺がそう聞くと、二人は絶望したような顔を見せて答えた。