④青年期
「ねぇ、もう行くのかい?ねぇねぇ。」
「なんだようるさいな。」
首の後ろから手を巻き付け、鬱陶しいほどに頬を突いてくる少女を振り落とし、俺はナップザックを背負う。
「わぁかった、分かった。じゃあ最後にもう一度言うよ?――魔法が使えなくても世界は同じなんだ。いいかい?危ないと思ったら直ぐに……」
「分かってるって、しつこいな。過保護なんだよ。過保護。」
少女はぷかっと浮かび上がりながら俺と目線を合わせるが、そこに昔ほどの迫力は無い。無論彼女が変わった訳では無いのだ。彼女はこの数年間、姿かたちを変えることも無く、衰えることも無かった。変わったのは俺なのだ。変われたのは俺なのだ。
「もぉ過保護って何だい。人が折角アドバイスしてやっていると言うのに。全く気遣いとは難儀なものだなぁ、あぁ~、難儀難儀。――でも本当に気を付けるんだ。神威も継承者も万能じゃない。分かるだろ?強制的に身体能力を上げようが、強制的に魔力を集約させようが、一度きりの大技だ。心配なんだよ私は。」
「あぁ分かってるよ……。」
俺の言葉に彼女は懐疑的な顔をした。
「ホントに~?」
「ホントだよ。もうお前より強いしな!」
「それはないよー。」
俺は笑ってそう返すが、彼女の顔はずっと不安気で、ある意味豊かな表情をしていた。それはとても懐こくって、幼げで、それでいて凛としている可愛いらしい顔だ。凝視すれば、なおそう思う。
「それじゃあ行くよ。……その、また会おう。また会いたくなったら。」
「うん……、うん。気を付けてね。」
あの時の平原は今や思い出の地だ。洋館の前から俺を見つめるその人影はやがて後ろで小さくなっていく。
「あっ。」
しかし俺は立ち止まって、忘れかけていた用事を思い出し、少女の元へと近寄った。
「もう帰って来た。」
彼女はいじらしく呟いた。
「いやその、名前を付けて欲しいんだ。これから創るクランの名前。ほら決めるの面倒くさいし、それにセンスの良い名前が思い付かないからさ。……それと、次いつ会えるか分からないし。今決めて欲しいんだ。」
俺がそう言うと、彼女は驚いた顔をして言った。
「……私で良いのかい?」
俺は一つ頷いて、彼女の瞳を見つめて言った。
「あぁ、サテラに決めて欲しい。」
名付けられた使命を捨てて、名も無き旅人は名前を貰った。それは己が名前ではなく。己が意志を示すための、自由を掲げる名前である。サテラはずっと俯いて、暫くしてから閃いたように笑顔を咲かせた。
「――ユーヴサテラだ。……君には最強の意志が、付いている。と。」
俺はそれを聞き、これは全く難儀な名前だと、少々誇らしげにそう思った。




