③少年期
また洋館の扉を開ける。ここは居心地が悪いが外よりはマシだ。それにここでは飯が出る。常々、この憔悴しきった身体を持って、生き物とは空腹には勝てないのだと知らされる。
「おかえり。」
そう呟くイトを睨む。何されるか分かったものじゃない。
「おかえりって言ってるでしょ?」
「うッ、うるさいッ!!黙れッ!!お、俺は殺されるんだ……ッ!!死ぬまでお前らに呪われるッ!!殺されるんだッ!!そうだろッ!!」
敵対心剥き出しに叫んだ俺の言葉に、イトは眉をひそめ、怪訝そうな顔をして近付きながら、少々怒っているような声色で言った。
「……殺されたく無いなら、私の御飯を食べることだ。もっと確り、温かい状態でな。」
「……は?」
イトは困惑した俺に目配せし「こっち。」と言って背中を向けた。招かれたのは食堂だった。そこで食べた出来立てのカレーの味を今日までずっと覚えている。スパイスの香りとその辛さは、如何なる状態であろうと食欲を刺激し、肉と野菜と米の組み合わせは栄養バランスに優れ、筋繊維の修復や血液を作るのに大いに役立った。全身に熱が巡る感覚。胃袋から指先まで栄養が循環していくような心地よい痺れ。久方ぶりの幸福感がそこには有った。
「――イトはどうして料理を作るのが上手いんだ?……それに速いし。」
「魔法だよ。」
突拍子の無いその問答から多くの会話を経て、俺はイトから魔法についての重要な知識を多く学んだ。特にサテラの魔法については念入りに教えてくれたことを覚えている。ゲートが形作る多角形による性質の違い、五角は拡大と縮小、七角はコピー、四角は硬化、最弱と言われていた扉魔法が、何故あそこまで強力な魔法として扱えているかというロジック。性質変化という無限の可能性。固有魔法と言う必然。今となればそれは、サテラの意志に反するイトの甘やかしだったのだと理解している。それに加えてイトは、俺に自前の武器を渡した。その武器は何の特色も無い片手剣だったことを覚えているが、戦闘スタイルをそのように"誘導した"ことも、恐らくはサテラの意志に反する所業だったのだろう。その時のイトは俺に託されていた全ての秘密については語らなかったが、飄々とした顔でさも当たり前のように、確実にカミサキ氏の指針に反するほどには俺を甘やかしていた。
それに、印象的だったことはまだ有る。
「……痛いのが嫌なら、強くなればいい。」
いつかの日イトがそう言った後に、洋館の食堂で偶々風呂上がりのサテラと対峙した。
「へぇ、居たんだ。」
俺は咄嗟に吐き気を催し、胃の中がひっくり返るほどの不快感に苛まれながら、そのままカレーを吐き出して机の上に吐しゃ物をぶちまけたが。サテラがそれを見て顎を上げ蔑むような眼で俺を見下すと、イトはサテラとの間に割って立ち、あの怪物に向かって「出ていって。」と端を発した。一切の物怖じを見せず、嫌な顔を一つもせず。
「何吐いてんのよ。」
それから彼女はそう言って、有り得ないほど存在感の無い魔法で、刹那の暇に吐しゃ物を消し炭にした。俺は未だ彼女の力の全貌を知らないが、恐らくは強すぎる程に強かったのだと推察できる。それが{初代・神咲世界}という名の器なのだと、今となればそう畏怖するのである。




