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49. 感覚の狂い

「な、あの人間空を飛べるのか? いや飛んでるというより走ってるって言った方が正しいし」


 人間では到底成し得ない荒技を、さも当然の如く行うエレナに面を喰らってしまうキーテジ。

 だが、さすがは魔王軍幹部。大きく翼を羽ばたかせ、エレナから距離を取るように後退する。しかし、


「その程度の速度で逃げられると思っているのか!」


「はっや! ちょ、人が出していい速さじゃないし!」


 キーテジが後ろに退がるよりもエレナが前に詰める方が圧倒的に速かった。キーテジが大空を舞う鷹なら、エレナは目の前を横切るスズメバチ。空を飛ぶ二人の速さにはそれほどの明確な差が生まれていたのだ。


「悪いが一撃で終わらせてもらうぞ! 個人的に聞きたいこともあるからな!」


 読んで字の如く、飛ぶ鳥を落とす勢いでキーテジの目の前まで近づき空中で体を捻り、さながらアクション俳優のようにムーンサルトキックでキーテジを地面に叩き落とそうとするエレナ。これを、釣り上げる紐やベルトなどの補助なしでやっているのだから驚きだ。


 だが、的確にキーテジの脳天をとらえたように思えたそれは、既の所でかわされてしまった。


「なにッ!」


「とろすぎだし。そんなんじゃウチを捕らえるなんて百万年経っても不可能だし。『ウィンドフォール』」


 キーテジの詠唱と同時にエレナの上空に魔法陣が出現。そこから下に押し付けるような突風がエレナを地面めがけて押し出した。


 当然風に煽られたエレナは地面に叩きつけられる……かと思えば、空中で体勢を整え、そのまま何事もなかったかのように着地した。


「大丈夫かエレナ!」


「クソッ、自分の判断が甘かったです。もし師匠ならあれくらいかわせてたはず」


「空を飛ぶ上に氷と風の魔法まで使えるなんて……さすが魔王軍幹部。そう簡単に首は取らせてくれないわけね」


 今まではエレナの単体スペックだけでなんとかなってきたことがほとんどだったが、こうなってはきちんとした作戦でも考えないと攻略が難しそうだ。


「エレナ。次からは俺が指示をだす。エレナは」


「ヘージ殿、もう少しだけやらせてください。少し確かめたいことがあります。ナノ殿とキュウ殿は自分の援護をお願いします」


「え、援護って……」


「あんな速度で飛び回られたら魔法なんか当てられないですよ!」


「当てなくても大丈夫です。伝えたいことは感覚でわかると思いますから」


 さっきの攻防で何か思うところがあったのだろうか。

 必要なことだけ伝えると、また飛んでいってしまった。


「あいつまた勝手に」


「とにかく言われた通りにしましょ。キュウ君はさっきみたいな拘束魔法で援護をお願いね」


「わ、わかりました」


「『ファイアボール』」


「『チェーンバインド』」


 空をかけるエレナを追従するように火球と鎖を出してキーテジを狙い撃つナノとキュウ。こういう時に何もできないのが歯痒くはあるが、今は見ているだけしかできない。


 エレナの猛攻とキュウの鎖を紙一重で避けながら華麗に空を舞うキーテジ。ドラゴンやサイクロプスのときも余裕綽々の表情で攻撃していたエレナが、一撃一撃をかわされるたびに苦悶の表情へ変化していくのが遠目ながらに見えた。


 キュウもキーテジを捕らえるのに集中しているのか、激戦を繰り広げる二人の動きをかなり慎重に見ているように感じる。


 ナノは……まあ、当てようと頑張ってはいるが、彼女の出す火球は全て全部あらぬ方向へ飛んでいっていた。三、四個ほど魔法陣を展開し、数撃ちゃ当たるを地でいっているのに全て外れるとは彼女の不運も桁違いなものである。


「ナノの攻撃はともかく、エレナとキュウの攻撃が全く当たらない。まずはあの速さをどうにかするしか」

「ともかくって何よともかくって! って言うか当たらないんじゃなくて当てられないのよ!」

「それはいつものことだろ」

「なんですって!」


 確かに彼女の放つ魔法はいつもよりも豪快に逸れている気がする。なんなら逸れるどころか魔法陣の展開方向を無視して真横に火球が飛んでいるときもある。


「にしたって不運が極まってるなぁ」


「余計なお世話よ! 普段だったらもう少しちゃんと当てるわ!」


「いや、それはない」


「いえヘージさん、何もナノさんだけがダメってわけじゃないです。ずれていくんです。技を使えば使うほど、自分の感覚と実際に攻撃している場所の位置が徐々にずらされている気がするんです」


「ずらされる、距離感が取りにくくなる……か」


 同じく地面から鎖を出してキーテジをなんとか捕らえようとしているキュウが指摘してきた。


 確かにキュウの鎖も何本か見当違いの場所に移動しているものがある。恐らくそれは、俺以外の全員が体感している『感覚のズレ』というものに起因しているのだろう。そしてその原因は……


「あいつがさっき口走ってた自身の能力。それと関係してるこの霧。けど俺の能力で弾かれないってことはこの霧自体に何かがあるってわけじゃないのか?」


 この霧が有害なら絶対に俺の能力が弾いてる。だが、俺が触れても吸い込んでも何も変化が起きない。なのに同じ空気を吸ってる三人は体に異常をきたしている。


「何か発動条件みたいなものがあるのか? それともあいつがスイッチを切り替えるみたいに任意で発動のオンオフをすることができるのか……」


 俺も三人のように技やスキルを発動させれば何かわかるのだろうか。


「そういえば、お手伝いクエストでもらった経験値が余ってたな。試しにいくつかスキルを取ってみるか」


 懐からギルドの会員カードを取り出し、メニュー画面を開く。そこに書かれてるスキルは俺がナノとゴブリンキングを討伐したときに取得した『ラックダウン』以外にもいくつかあった。


 流石は初心者ジョブの冒険者。書かれてるスキル名も必要な経験値のポイント数もその全てがかわいらしく、そしてショボいものだった。


「とりあえず使えそうなのを片っ端から……これとこれ、それからこれも……よし」


 手当たり次第に使えそうなスキルをとりあえず三つくらい取得してみた。とは言っても所詮は初心者ジョブのスキル。この場を逆転させることができるほどの威力も、奇想天外な使い方も恐らくない。


 だが、三人の言っている違和感を体感するにはちょうどいいくらいのスキルだろう。


「まずはこれだ! 『マッチファイア』」


 ラックダウンを使うときと同じ容量で詠唱をする。

 せっかく覚えた魔法だ。せめてカッコよく使ってみたい。そう思い、俺の中で『カッコいい魔法の詠唱の仕方ランキング二位』の指パッチンと同時に魔法を唱えた。ちなみにカッコよさと強者感を出すために、目は瞑っている。

 ちなみに一位は手を前に突き出しての詠唱である。


「せっかく覚えた魔法だ。ナノみたいな火の玉や炎の噴射とまではいかなくても、せめて当たれば一泡吹かせられるような魔法が……ってショボ!」


 指を擦り、パチンと音が鳴ったと同時に詠唱が完了。完璧な姿勢、完璧なタイミングで詠唱を完了させ、そっと目を開ける。


 魔法の詠唱は成功したらしく、ヘイジの人差し指の先には極小の魔法陣と、ゆらゆらと揺らめく炎が灯っていた。

 しかし、眼前に映し出された炎は『炎』と言う漢字の成り立ちを侮辱しているような、息を吹きかければすぐにでも消えてしまいそうなほどに弱々しい灯火だった。


「いやいやいや! いくら駆け出しの冒険者が覚える魔法だからって、ここまで弱い魔法があっていいのか?! これもはやライターだろ!」


「ヘージそれ、焚き木に着火する用の魔法よ! 旅の途中でキャンプとかするときに使うやつよ!」


「冒険者にピッタリの魔法だな! 通りで名前が『マッチファイア』な訳だよ!」


「それだけじゃないわ! 魔法陣を別の場所に展開して火力を調節すれば、料理に湯沸かし……ホットミルクを飲むことだってできるわ!」


「力説してる暇があったら一発でも多く魔法を当てることに集中してくれませんかねぇ!」


 一応魔法のスペシャリストであるウィザードさんが言うのだから彼女の言葉に間違いはないのだろう。

 この魔法、本当にマッチ……というより家事用の便利な魔法としての使用の方が正しい代物なのだろう。


「ええい次だ次! 『ウォーターサーバー』」


 今度は手のひらを前に突き出し、そこに魔法陣を展開させるように意識しながら詠唱をした。


「語感からして水系の魔法だろうしな。さっきはショボい魔法を見せたが、今回こそは……ってうわぁぁあああ!」


 俺の想像では突き出した手のひらから魔法陣が展開され、そこか水鉄砲が発射されると思ってた。もちろん、これが冒険者(初心者)用のスキルなのは理解しているしマッチファイア(さっき)の経験から威力には期待していなかった……が。


「ぷっ……ちょ、笑わせないでよヘージ! 手元が狂うでしょ……ぷっ」


「おいそこ笑うな! プルプル震えるな! 吹き出しそうになるな!」


 手のひらに展開されるはずの魔法陣は、なぜか俺の下腹部……もっと言えば股間に展開され、そこからチョロチョロと水が流れていた。色こそ違うはこれでは完全に……


 これが三人が言ってる感覚がズレるということなのだろうか? いや、これは俺が魔法を使うのが下手なだけが気がするな……


「皆さんお待たせしました。やはり私の予想通りだったようです」


 自分の魔法の才能の無さに若干のショックを受けていると、エレナが空中から帰ってきた。


「ん? お二人とも何をプルプル震えているのですか? まさか、私がいない間にお二人に何か異常が?!」


「エレナ気にするな。何も問題はなかった」


「そ、そうですか。それなら良いのですが……それより三人とも少しいいですか」


 ナノとキュウも魔法を撃つのを止めると、俺とエレナの方へ来る。


「あくまで私の予想ですが、奴の能力の大枠が掴めました。それを今から皆さんにも共有します」


 一呼吸置き、三人がちゃんと話を聞いていることを確認してから、ようやく彼女の口が開く。


「魔王軍幹部キーテジ・ノーム。奴の能力は、相手の感覚をずらす類の能力……

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