〈西洋残酷史〉アラゴン王は、誰がために鐘を…
NOVEL DAYS「2000字文学賞(歴史・時代小説)」向けに書き下ろした短編です。
遠い昔、アラゴン王国ヒメノ王朝末期に三人の王子がいた。
この物語の主人公は、三人目の王子。その名をラミロという。
不遇なことに、幼くして親兄弟から遠ざけられ、修道院にくだって聖職者となった。
一人目の兄王子の名はペドロ。
異教徒に奪われた父祖の地ウエスカを取り戻し、名君と呼ばれた。
不幸なことに、子に先立たれ、王冠は二番目の弟アルフォンソへくだった。
二人目の兄王子の名はアルフォンソ。
二十九もの戦いに勝利し、戦士王と呼ばれた。
不運なことに、子に恵まれず、王冠は三番目の末弟ラミロへくだった。
王城で育てられた兄王子たちはそれぞれ不幸と不運に見舞われ、神は不遇な聖職者ラミロの頭上に王冠をもたらした。
悪意がはびこるウエスカの王城で、聖職者ラミロは玉座につき、アラゴン王に即位した。
謀略がうごめく宮廷で、陰険な貴族たちは嘲笑する。
ラミロ王は政治を知らぬ。
高みに吊り上げられても、頭の中はがらんどう。
さながら鐘楼の鐘のごとし。
王家の血を絶やさぬために、ラミロ王は修道の誓いを破り、異国から王妃を娶った。
野心が渦巻く宮廷で、邪悪な貴族たちは冷笑する。
ラミロ王は女を知らぬ。
娶った王妃は、バツイチ、子持ち、三十路を過ぎた骨董品。
さながらメス犬のごとし。
一年後、神はラミロ王を祝福し、王妃は一人娘ペトロニーラを産み落とすと、アラゴン王国から去った。
王城の奥深く、孤独なラミロ王は幼い王女を腕に抱いて、聖なる神と臣民に宣言した。
もう二度と王妃を娶らぬと……
*
王城の玉座で、ラミロ王は考えた。
確かに、余は政治を知らぬ。女も知らぬ。
幼き王女をどう育てればいいのかさえ分からない。
至高の王位を継承しても、王国の中はがらんどうで何もなかった。
だが、中身のない鐘楼に鐘を吊るし、鐘の中に舌を差し込めばたちまち音が鳴る!
ラミロ王は政治を知らないが、王国の未来を案じ、王女の将来を憂う良心をもっていた。
修道を誓い、欲を捨て、神に奉仕してきた若き日々は無駄ではない。
歴史書から学んだ知識と、聖書から教わった信心を頼り、ラミロ王は一計を案じた。
余は、王国と王女と臣民の安寧を祈りたい。
聖なる祈りが天上の神に届くように、空高く鐘楼を建て、高らかに鐘を鳴らそう。
力なき聖職者王は、信仰心と力強さを兼ね備えた貴族諸侯に寄付を求めたい。
もっとも高く金貨を積み上げた者に、王女と王冠を与えよう。
国中に触れが出されると、アラゴン王国の貴族諸侯は色めき立った。
「我こそが次の王にふさわしい!」
宮廷貴族も地方領主も、見境なく欲望をあらわにした。
競うように、馬車の荷台に山のように金貨を積み上げると、王都ウエスカに向かって前進した。
*
ラミロ王はがらんどうの聖堂で待っていた。
ひとりにひとつ、小部屋を割り当て、貴族諸侯は馬車いっぱいの金貨を小部屋に積み上げ、ラミロ王にその力を見せつけた。
ラミロ王は感動に打ち震え、聖なる神に感謝を捧げた。
小部屋に囚われた貴族たちは恐怖に震え上がり、聖なる王に慈悲を乞う。
ああ、余は本当に何も知らなかった!
まさか、王国にこれほどの財産が隠されていたとは!
ラミロ王は逆臣の首を次々と刎ね、うず高く積み上げて、がらんどうの鐘楼に高々と吊り上げた。
ラミロ王は清らかすぎる心ゆえに、その手を血に染めた。
王国中の隠し財産を暴き、逆臣を断罪した。
すべては王国のため、王女のため、臣民のためにと。
逆臣の首を、鐘楼の鐘のごとく吊り上げた。
だが、ウエスカの鐘が鳴ることはない。
力なき舌はだらりと垂れ下がり、二度と震えることはないのだから。
*
ラミロ王は、愛娘ペトロニーラ王女と娘婿バルセロナ伯にアラゴン王位を譲ると修道院へ戻り、血にまみれた生涯を閉じた。
バルセロナ伯は、ラミロ王の死後も「アラゴン王」を名乗らなかった。
女王ペトロニーラとの間に生まれた長男ペドロと次男アルフォンソが王位を継承し、ここにアラゴン王国バルセロナ王朝が誕生した。
ラミロ王の子孫ともいえるバルセロナ王朝は250年続き、その後はトラスタマラ家、ハプスブルク家が王位を継承したが、王国史550年、25人の王の中に「ラミロ」の名を継いだ者はいない。
いつもは、15世紀フランス・百年戦争を題材にした歴史小説を連載しています。今回の話よりラノベ寄り。ジャンヌ・ダルクの時代です。
「7番目のシャルル、狂った王国にうまれて 〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜」
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