幻影と過ごす10日間 1日目
私は朝目覚めると、和樹が自作したAIスピーカーを起動し、ホログラムに声をかけた。
交際していた和樹は優秀なプログラマーだった。
死期が近いことを悟ってから、和樹は日記やSNSの投稿などを機械学習したデータに基づいて音声を返すホログラムを私のために作った。私が孤独にならないように。
和樹の告別式は昨日だった。今日は、一人暮らしの私が本当にひとりになった、1日目。
「おはよう」
ホログラムは和樹の声で挨拶を返してくれる。
「おはよう、真琴」
生前と同じ、落ち着いたテノール。私の目から涙が流れ出す。出勤前に感傷的になるのは避けたい。でも、ホログラムと話すのを止めることができない。
「どうしたの?」
ホログラムが私に尋ねる。
「悲しくなった」
率直に言ってみる。
「大丈夫だよ」
ホログラムが私を落ち着かせようとする。「大丈夫」は彼の口癖だった。辛いのは彼の方なのに、彼の部屋で泣きそうになる私にいつもそう言ってくれた。決して取り乱してはいけない。これから職場に向かうのだから。ホログラムを再生しているAIスピーカーの電源を切って、シリアルとヨーグルトだけを口にする。丁寧に料理する余裕はない。精神的にも、時間的にも。急いで服を選び、マスクをして家を出る。駅に向かう途中で、彼が生前住んでいたマンションの前を通り、思わず叫びそうになったが、耐えることができた。
電車の中で、私は声を出さずに泣いた。私は立ち直ることができるのだろうか。
心の中で「落ち着こう」と職場の最寄り駅で呟きながら降りる。
「おはよう!」
同僚の奈央の明るい声が聞こえる。
「おはよう!」
私も何とか作り笑いをして答える。
「どうしたの、何だか声が暗いよ」
「そんなことないよ、大丈夫」
和樹の口癖が移ってしまったみたいだ。奈央とは新人時代から時々一緒に飲みに行ったり、週末にランチしたりする仲だ。
「亡くなった彼氏のこと考えてたんじゃない?」
「そんなことないよ」
力なく嘘を言う。
「今日は仕事、休めばよかったのに」
「ありがとう、でも簡単には休めないよ」
自然と涙がこぼれ落ちた。今日は集中して仕事できるだろうか。




