[第38話:Obedient plant]
「…貴様…その姿は…。」
樫間はバキオラにそう問いかけた。
樫間もそう言うのがやっとな状態にはあったが、それと同じくらいバキオラの状態も、もはや戦うだけの体力と肉体は残っていなかった。
突如、バキオラは左脚で樫間の右耳を蹴った。
樫間の右耳に付けられた通信機は、粉々に壊されてしまった。
樫間は咄嗟に右耳を押さえたが、指の間から血が流れている。
「…樫間君…君には教えてあげよう…。」
バキオラは、樫間たちと出会った時の元の口調に戻って丁寧に話し始めた。
樫間の右耳の通信機を破壊する程の蹴りを見せたものの、バキオラは少しふらついた。
「…この、"NAMELESS"という現社会の変異事象…。これを起こした人物は…"クリス・ハンター"…。又の名を、"クリスティーナ・パンダ"。
君もよく知っているだろう…。」
バキオラは、樫間の反応を待たずに続けた。
「…"クリスティーナ・パンダ"…ふっ…本当、なんて滑稽な名前と姿…。その仮面の下に、巨悪な姿を隠すには相応しいのかもしれませんがね…。
彼こそ、我々を指揮する"先導者"…。そう。"箱装"も"BOX・FORCE"も、我々"NAMELESS"も…。
全て、あの方のシナリオの登場人物に過ぎないのです…。」
バキオラは言葉を選びつつも、その真意を樫間に伝えた。
その樫間の表情には、笑みが浮かんでいた。
「…やっぱりか。俺たちの読み通りだぜ。」
樫間の反応は、その言葉を待っていたと言わんばかりであった。
「…なんだ?やっぱり、だと!?」
樫間は驚きどころか満足そうな様子であった事が、バキオラを動揺させた。
「…わざわざ答え合わせしてくれてありがとう、バキオラさんよ。
継斗が感じていた違和感、そしてこれまで俺たちに起きた全ての事象…。そこには必ず"クリスティーナ・パンダ"が関わっていた。
でもまさか、その"パンダ"自身が裏で全てを操っていたとはな…。」
樫間はそう言うと、思いっきり左側頭部を叩いた。
右耳から、通信機の破片が飛び出した。
「…へっ…でも、そんな大事な事を言って良かったのかよ。お前の口から、俺に。」
「…私ももう、長くないでしょう…。私は君との戦いで、彼の作り出した力を覚醒させて、逆に利用しようと考えていた…。彼の考える、"NAMELESS兵器理論"、そして"箱装兵器理論"を、ね…。」
バキオラはそう言うと、自身の胸元に腕を突っ込んだ。
胸部を突き破った腕の奥から、光る物体が現れた。
「…君らが我々を倒す時のカギとしている"コア"…。これは、彼が作り出した人工エネルギーを閉じ込めた"箱"…。そして、君たちが使うその"箱装"とやら。この2つを組み合わせて、かつて無い兵隊組織を創造する…。それが、彼の提唱する策の全て"箱装部隊理論"なのさ…。」
樫間は、目を見開いてバキオラを見た。
そして、スッと"青龍銃"を閉まってしまった。
「…ふっ…怖くもなるだろう…。彼はサイコパスだ。この世に溢れかえった"人間"を利用した"人間兵器部隊"を作る…。それが、彼の目的だ…。
その兵器の核は、こんなにも小さな"箱"なのだ。
運ぶのにも苦労しない…。これは、いずれ世界をひっくり返す大発明として裏社会マーケットに出回るだろう…。」
バキオラがそう言うと、樫間は壊れかけたスマートフォンを取り出した。
「…どうしようと言うのだ?」
バキオラは樫間に問いかけた。
「…決まってんだろ…。"パンダ"を止める…いや、"パンダ"を殺すっ!!!」
そう言って、誰かに連絡を取ろうとした樫間の手をバキオラは制止した。
「…待て。…私の…俺の話を聞いて欲しい。」
バキオラは、これまで数々の罵声を浴びせた樫間に、初めて頭を下げた。
「…俺のこの姿…見てわかるだろう。お前たちの"箱装"の力、それは"外装兵器"の実験だ。…俺たち"NAMELESS"に施されてるのは、"内装兵器"実験…。俺やウルセウス、ヴァリアルは人の形を保つことが出来た、言わば"成功個体"だ…。しかし、ラスコ・ロームや球体NAMELESSたちは、"失敗個体"。要するに、俺たちNAMELESSは人体実験をされていたのだ…。」
樫間は、空いた口が塞がらなかった。
樫間や獅蘭が追っていた事よりも、遥かに現実は悲惨であったのだ。
「…俺たちは、世界各国の家族のない者たち。即ち"名無し一族"だった。だから、彼は容易く我々を利用できた…。その身朽ち果てようと、悲しむ者などいない者たちだったからな。」
バキオラの目には、涙が溢れていた。
"NAMELESS"である矜持と人間としての感情が、彼の中で錯綜している。
「…俺が、こんな事を言うべきじゃない事は承知の上で、お前に言う。…この計画を止めてくれ。
その方法が2つある。」
バキオラはそう言うと、樫間の目を真っ直ぐ見た。
「…1つはその、"箱装"。お前たちが使う、"十二神器"と呼ばれるシリーズだ。
そのシリーズは、彼の作品とは違う…。純粋種の"自然エネルギー"が使える…。」
バキオラがそこまで言うと、突然銃声がした。
4発目の銃声と共に、その銃弾はバキオラの胸部を貫通した。
「…ぐはっ…彼…いや…奴だ…!」
瓦礫の残骸の影に、確かな人影が感じられた。
しかし、その人影に雷の銃弾が撃ち込まれた。
「ヒロキィィィィィィィ!!!!こっちは任せロ!!!!そっちは頼んだゾ!!!!!!!」
樫間とジャッキーの居場所は離れていたが、通信機の使えない樫間に確実に届く声で、ジャッキーが叫んでいる。
「…樫間…紘紀…。お前には、優秀な仲間がいるみたいだな…。」
バキオラは、被弾した胸部を押さえて膝から崩れ落ちた。
その身を、樫間はあろう事か支えようと寄り添った。
「…おいっ!しっかりしろっ!」
樫間はバキオラにそう言った。
「…いいか…2つ目は…今から…その場所に…お前を送る…。」
バキオラはそう言うと、手に握りしめていた"コア"を、思い切り握りつぶした。
バキオラの体が閃光し、光の球になっていった。
樫間がその球体に飲み込まれかけた時、ジャッキーが樫間の姿を捉えた。
「ヒロキィィィィィィィ!!!!!」
ジャッキーは狙撃した者を追う事を止め、
樫間の元へと救援に向かおうとした。
「ジャックッ!マズイぞっ!」
リズは、飛び出すジャッキーを引き戻そうと手を伸ばした。
しかし、その拍子に足元が何かに引っ掛かり、ビルの屋上から落下しそうになった。
「リズさんっ!」
咄嗟に、咲波が水の蛇を使ってリズの体を受け止めた。
リズは間一髪のところで助かった。が…。
バキオラと樫間を包んだ閃光は、みるみるうちに大きくなり、飛び込んだジャッキーの姿をも飲み込んだ。
バァァァァァァァァァァン!!!!!!
突如、爆音と共にその閃光の球体が爆発した。
その戦場には、バキオラ、樫間、そしてジャッキーの姿が消えていた。
夜明けの光と共に雪混じりの雨が降っていた。




