[第33話:Eucalyptus]
『…君が、俺の後継者だね。』
樫間が目を覚ますと、そこは先程までいた戦場から、
青白い霧が立ち込める、まるでウユニ塩湖のような不思議な異世界空間になっていた。
「…こ、ここは…。」
樫間はその幻想的な眩しさに、目を細めた。
どうやらその場に倒れていたようで、ゆっくりとその身体を起こす。
すると、目の前には1人の男が立っていた。
その男は、樫間の顔を見ると微笑んだ。
『…はじめまして。俺の後継者の…樫間 紘紀君。』
その男は、樫間に向かってそう言った。
その男の姿は、白銀の髪を靡かせ、背丈は樫間と同じくらいだが
「…あなたは…」
樫間は、少し不思議そうな顔でその男に言った。
『俺かい?俺は、緋我 昇。』
緋我と名乗る男はそう言うと、樫間に近づいた。
『俺の事、聞いたことあるだろ?俺は、BOX・FORCE第1部隊"リコリス"の初代隊長
緋我 昇だ。』
緋我はそう言うと、ニッコリと笑った。
「…緋我…さん…緋我さん!?」
樫間は驚いた表情で緋我を見た。
その男の名は、樫間も耳にしたことがある。
樫間が"リコリス"に赴任した当初は、周囲からその男と比較されていたからだ。
「緋我さん…でもなんで?あなたは先の大戦で…。」
樫間はそう言いかけて初めて気がついた。
自分が謎の空間にいること。そして、ここには自分と緋我しかいない事を。
しかし、緋我はもうこの世にいるはずがない。だから自分が"リコリス"の隊長になったのだから。
樫間の脳内は、そのような思考が巡っていた。
『そうだ。俺は死んでるよ。間違いない。
俺は死に間際に僅かな可能性を賭けて、この"青龍銃"に俺の"意志"を残した。
どうやら、上手くいったようだ。』
緋我はそう言うと、辺りを見回した。
この異空間こそが、緋我の言う"意思"の力なのであろう。
『ここは、"青龍銃"を使う者だけの空間、いわば"箱装の世界"だ。
俺はここに俺自身の"意志"を残す事によって、いずれ現れる"後継者"を導く"カギ"になったのさ。
まあ、あの時は特殊な"NAMELESS"に蜂の巣にされたから、どのみち死んでんだけどな。』
緋我はそう言って、樫間に微笑んだ。
彼の言う通り、"第1次NAMELESS大戦"と呼ばれる"NAMELESS"との巨大な戦闘によって
緋我のみならず、多くの隊員は命を落としたり深い傷を負ったりした。
『君はとても優しくて賢い。君のような子が俺の後継者で安心したよ。
ところで、影虎の娘と、拳護の弟子は元気かい?』
緋我は、そう樫間に問いかけた。
「影虎の娘…?拳護の弟子…?」
樫間は、聞きなれない名前に困惑した。
緋我の事は知っていても、他のメンバーの事は樫間も知らなかった。
『迅雷寺 影虎。俺の優秀な仲間だ。』
その名前を聞いて、樫間は理解した。
「迅雷寺…ああ、椎菜さんの事か。彼女は、とても心強い味方です。
彼女の優しさは、時に戦闘では不利になるけど…それが彼女の強さであると、俺は思ってます。」
樫間は、迅雷寺 椎菜の事を考えながらそう言った。
樫間にとって姉のようで妹のような彼女に、強い信頼感を示した。
『…そうか。影虎は娘が剣の道に進む時、かなり悩んでいた。その道に進めば、いずれ必ず自分と同じ危険な道に出会す可能性があったからな。けど、彼女自身は決して間違った道に進んだと思ってはいないだろう。影虎は、俺にとって大事な仲間の1人だ。お前にとって、彼女もそういう存在であるだろう?』
緋我は、樫間に優しくそう語りかけた。
樫間は深く頷いて、続けた。
「弟子…白峰さんは、強い闘志を持っています。
彼には、すごい忠誠心があります。それは彼の師に対しても、隊長である俺に対しても。
そして彼はものすごい、人思いです。自分の拳を仲間や愛する人の為に奮える、強い人です。」
樫間は、白峰のことも同じように言った。
歳下であるはずの樫間に対して常に忠誠の意志と、その拳術の強さを
樫間は信頼し期待していた。
『拳護も、そういう奴だったよ。すごく仲間思いでな。
影虎がやられた時、真っ先に敵に突っ込んでったのもあいつだ。拳護との出会いは、あの子を確実に強くした。自分の背中で、あの子の心を動かしたほどの男だ。その拳護の姿を見て育ったあの子なら、いずれ自分もそうやって、誰かの変化のきっかけになる存在となるだろう。』
緋我は、自身の仲間と樫間の仲間を照らし合わせながら、哀愁に浸った。
『どうして、うちの部隊の名前が花の名前か知ってるか?』
緋我が突然樫間に問いかけたので、樫間は困惑した。
そして静かに、首を2回横に振った。
『…花は種から生まれ、芽を出し、そして花として咲き誇り、やがてまた種を残し消えていく。
花は、その成長過程の1番最高な瞬間なんだ。俺たちは、花の様に成長し人々を護るべき存在なんだ。
そして、花にはそれぞれ花言葉ってのがある。部隊に名付けられた花言葉の意味は、それぞれの部隊の存在意義でもある。
"リコリス"…"彼岸花"の花言葉は、『悲しい過去』だ。お前たちは、悲しい過去を払拭する為に戦え。…それだけじゃない。"彼岸花"には『情熱』の意もある。どんな時も、情熱を忘れるな。』
緋我はそう言うと、何かを悟って焦りを見せた。
彼の身体の片鱗が、少しずつ薄く消えかかってきていることに樫間も気がついた。
『いいか、紘紀。俺は、あいつらみたいに直接後継者に何かを残す事はできなかった。
だから、今ここでこうしてお前に大事な物を渡す。』
そう言うと、緋我は左手を差し出し、樫間に向けて開いた。
『"氷龍装:吹雪双皇龍"。
この一撃は俺が最期に使えなかった、俺の隠し弾だ。"青龍銃"と一体化し、お前の全身が冷気を放つ。
…この鎧なら、あの銃型NAMELESS野郎を倒せるはずだ。』
緋我は、まっすぐ樫間を見てそう言った。彼の差し出す左手には、"箱装"のような水色の結晶が現れた。
彼の言う、"銃型NAMELESS野郎"とは恐らくバキオラのことであろう。樫間はそう理解した。
樫間が緋我の差し出したそれを手にすると、緋我の姿は次第に薄くなっていた。
「…っ!緋我さんっ!」
樫間は、緋我に向かって叫んだ。
その消えそうな姿に、樫間は右手を伸ばそうとしたが
緋我はその手を哀しげな表情で見ているだけであった。
『…どうやら、ここまでのようだ。紘紀。』
姿消えゆく緋我は、樫間にそう言うと真っ直ぐ樫間に向かって歩き始めた。
『…最後に、俺からアドバイスだ。
この世は、必ずしも正義の味方が正しいとは限らない。
正義とは、過ぎれば悪となる。本質を見極め、お前が正しいと思う道を進め。紘紀。』
緋我の姿は、樫間に接触する寸前で"光"となって消えていった。




