[第29話:Ramanas rose]
蒼松と矢島による、もはや力尽くの攻撃が始まった。
蒼松と矢島の体力は、ラスコ・ロームに致命傷を与える度にどんどん擦り減っていく。
「蒼松っ!!俺が"囮"になるっ!!核を狙えっ!!」
矢島は勢いのままに体を動かして、止むことない攻撃を放ち続けながら言った。
「…矢島さんっ!」
蒼松も、矢島の勢いに負けじと応戦した。
激しい攻防が、夜のお台場の海上にまるで花火のような光を放って繰り広げられた。
ふと矢島は違和感を感じて、蒼松の姿に目をやった。
(…っ!蒼松っ!)
蒼松の攻撃は、次第に狙いの背中を外し、遂にはラスコ・ロームすら外して海面に放たれていた。
「…蒼松っ!!!どうしたっ!!」
矢島の叫び声に、やっと我に帰ったように反応した蒼松は、自分の違和感にようやく気づいたような反応を見せた。
「…"蒼白百合"が…。」
蒼松がそう呟くと、矢島は蒼松の右目に視線を移した。
その瞳の輝きは、徐々に光を失い白くなっていった。
「…くそっ…ここまでか…。」
蒼松は、己の能力に期待しすぎていた。
その眼には、"期限"があるとも知らずに…
(…蒼松の"蒼白百合"に頼り続ける時間はねぇ…。しかし…俺に"奴"を仕留める程の力が残ってるとも限らねぇ…。)
矢島は、己の脳内で様々な選択肢を模索した。
そんな矢島を他所に、蒼松は攻撃を続けようとした。
「…待てっ!蒼松っ!無茶だっ!」
「…無茶だろうが…何だろうが…ここでやり切るしか…ない…。」
蒼松は、焦点の合わない視線をラスコ・ロームに向け、水弾を撃つ体勢に入った。
「…しゃーねぇ。蒼松、とりあえず待っとけ。お前の一発で仕留めるように、俺がアイツを削る。」
矢島はそう言うと、"猪突槍"を振り回し、自身の周囲に大きな水の弧を描いた。
「…喰らえっ!"ボア・リストレイン"っ!」
大きな水の孤は、ラスコ・ローム目掛けて畝りながら飛んでいった。
攻撃を放った直後、矢島は次なる攻撃態勢に入った。
「"レイピア・ラッシュ"っ!!」
矢島の"ボア・リストレイン"は、ラスコ・ロームの体に締め付き身動きを封じた。
そこ目掛けて、矢島は水のオーラを目一杯纏った"猪突槍"を、一閃に放った。
「…これで決まると思っちゃねぇっ!!
"猪突一閃"っ!」
そう言うと、生身の矢島の身体を水のオーラが包んだ。
矢島は、そのままラスコ・ローム目掛けて一直線に突っ込んだ。
「…矢島…さんっ!」
蒼松の絞り出したような叫びは届かず、"猪突槍"と矢島は、ラスコ・ロームに激突した。
辺り一面が、大きな爆音と爆風に包まれる。
ふと、蒼松は耳にしている通信機から、僅かな声を感じた。
『…今…だ…やれ…蒼…松…っ!』
その声を確認すると、蒼松はゆっくりと"白愉兎"を構えた。
「矢島さん…。やってみせるっ!」
蒼松の"白愉兎"には、巨大すぎるほどの水のオーラが纏っていた。
「"大乱舞踏"っ!!」
巨大な剣と化した"白愉兎"を、蒼松はラスコ・ロームと矢島が包まれている爆風に向かって振り下ろした。
(…避けてくれよ…矢島さん…。)
黒く澱んだ爆発の煙を、真っ二つに切り裂いた。
鼓膜を酷く刺激する呻き声が辺り一面に響き渡ると、微かに何かが砕ける音がした。
爆風が晴れ、星空が一面を覆う空から無数の水滴が降り注いだ。
「…終わった…のか?」
蒼松が戦闘の穢れを流す雨に打たれていると、突然大きな爆発が起きた。
『ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』
唸るような咆哮が、辺り一面を響かせた。
海面から、半分ほど消えかかったラスコ・ロームの巨大な顔が現れると、黒く大きな腕だったものが、蒼松目掛けて襲いかかった。
『…マダダ…コノママ…デハ…!』
黒く大きな腕のようなものは、蒼松を丸々飲み込むと海面に激しく打ち落ちた。
(…由梨さん。俺はあなたみたいになれたかな?優秀な隊長じゃないけど、俺には仲間がついている。あんな化け物に、やられませんよ…)
そこに蒼松の姿はなく、静かないつもの海岸の景色が暗く広がっていた。
お台場周辺を瞬間的な豪雨が襲ったが、5分もせずにその雨は止み、満点の星空が夜空を彩った。
「…やったか…蒼松…。」
矢島は、海岸に打ち上げられて全身を酷く濡らしていた。
その頬には蒼白い雫が一滴、滴り流れた。
「…おい、蒼松?」
気を失いかけていた矢島は、異変に気づくと辺りを見回した。
そこに、先程まで共に戦っていた戦友の姿はない。
「…まさん!!!!」
遠くから、微かに声が聞こえる。
「…矢島さん!無事でしたか…よかった…。」
それは、スミレ・エレーナを連れて戦線離脱したはずの、蓮田であった。
「…んだよ蓮田か。無事に見えるか?」
矢島は、蓮田の顔を見ると安心したように、自身の全身を蓮田に見せた。
「…やったんですか?」
蓮田は辺りを見回して、その静けさを確認すると、心配そうに矢島に問いかけた。
「…どうやら、そのようだ。あのヤツの気持ち悪りぃ感じは消えている。…しかし、蒼松の姿がねぇ。」
矢島は、海面の遠くを見つめながら、そう言った。
「…蒼松さんが…。」
蓮田はそう呟くと、耳につけた通信機を作動させた。
「こちら、お台場第2部隊改の蓮田。スミレの搬送後、矢島隊員を保護。救護班を至急、お台場に要請します。…それと、捜索班数名、蒼松聡悟隊長の捜索を願いたい…。」
蓮田の通信から間も無くして、数機のヘリコプターが海岸に現れた。
蓮田に抱えられながら、矢島はヘリコプターに乗り込むと、現場を後にした…。
-池袋、渋谷、お台場での激戦の火蓋が切られた頃、新宿の巨大電光掲示板では緊急ニュースが流れていた。
それは、"未知生物"による襲撃、"非常事態宣言"発令を休む事なく伝え続けている。
その電光掲示板を背に、逆光でシルエットのみを見せる"NAMELESS"。"最後の四神"バキオラ。
「…平和ボケしたこのエリア…私にかかれば赤子の手を捻るようなもの…。」
バキオラは、右を白、左を黒に染め上げた髪を夜風に靡かせながら、その髪色を左右反転させた目を、薄く開いて地上を見下ろした。
そこには、真っ直ぐ薄水色の瞳で鋭く睨み、左右の手に持った2丁の銃の左側をバキオラに向けた、樫間がいた。
「…ふっ、まさか私如き君だけで十分だと?彼がそんな面白くない指示をするとは思わないが…。」
バキオラの独り言を掻き消すように、樫間が人気の去った新宿の地に響き渡る声で叫んだ。
「…てめぇは…俺がぶっ潰すっ!!!!」
「ふっ…威勢のいいこと…。その気迫、一瞬で失わないといいけどねっ…。」
バキオラは不敵な笑みで樫間を見下ろした。
樫間とバキオラ。2人の見えない気迫が、辺り一面の空気を圧倒していた。
その2人から北に1km程離れたビルの屋上には、ジャッキーが姿を表した。
「…頼んだヨ。君の"青龍銃"に全て懸かっていると言っても過言ではなイ…。…リズ、愛花、そっちはどウ?準備できタ?」
ジャッキーは、自身の箱装"鷹目銃"を解放し、そこへもう1つの箱装"栗鼠弾"を装填した。
ジャッキーとは反対側、新宿駅南口にある大型バスターミナルの屋上には、咲波が現れた。彼女もまた、自身の箱装"長蛇銃"を構えていた。
「…ジャックさん、咲波です。私は準備完了。僅かに、目視でも中心点を確認。フォーメーション"バミューダ"、いつでもいけます。」
咲波は新宿の夜風に髪を靡かせながら、ゆっくり右眼でスコープを覗いた。
樫間とバキオラの交戦する位置から、東へ3km程。交差点の近くにある百貨店の屋上に、リズが現れた。
「…リズ、同じく定位置に到着。目視にて目標地点確認。フォーメーション"バミューダ"いつでも行ける。…みんな、締まっていこう。」
リズはそう言うと、箱装"矢発鴉"を解放させ、咥えたタバコの火を消した。
「…OK。みんなアリガトウ!…ヒロキの合図でフォーメーションスタートだヨッ!」
ジャッキーは、そう言うと大きな眼でスコープを除いた。少しずつ、その構えた狙撃銃に、電気が集まっている。
(…前にチャンが「仲間を知り、仲間を生かせ」と君に言っタ。でもネ、やっぱりボクの考えはあの時と変わらなイ。
隊長。一組織の長である君が最前線で暴れてくれるからこそ、仲間の志気が上がル。
今日はボクらが存分にバックアップすル。派手にやっちゃってヨ。ヒロキ。)
情熱の籠った激しい龍の咆哮が、新宿一帯を大きく包み込んだ。
その咆哮からは、想像することのできない結末になるとはまだ誰も知らず。
最終決戦の火蓋が、今切られる。




