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正義の味方は敵ばかり

作者: 西荻麦

 築年数は軽く三十路を超えているであろう、古ぼけたビルの二階。常連以外は見向きもしない、薄暗い階段を昇ったところに小さな喫茶店がある。ジャズやクラシックなどのおしゃれなBGMとは無縁、有線放送さえ流れない店内では、いつも厚みのあるテレビがやかましく騒いでいる。

 腹の突きでた常連たちと、すっかり禿げあがったマスターは、競馬中継を見て盛りあがっている。お目当ての馬が映っては互いの予想を語りあい、いよいよ出走という段階になれば固唾を呑んで見守る。そこへご新規さんが迷いこんでも、店内の誰にも相手にされない。

 だが、そんな自由気ままな面子もここ数年、つい舌打ちをしてしまう風潮がある。

『さあ、スタートです! 五番ピョンスケがいいスタートを切った! 本命のクイーンビクトリアは様子見か……おっと、ここでまさかの六番オレンジシャワーが距離を詰めてくる! 伸びる! 伸びる! ピョンスケはペース配分を間違えたか! ここでオレンジシャワーがトップに……』

『速報です。○×市に銀行強盗が発生しました』

 馬券を握りしめていた男たちが「あーっ」と髪をかきむしる。マスターだけは禿げ頭をつるりとなでる。「またかよ」「もういいよ」と不満気に愚痴るには理由がある。このあとの展開は読めているからだ。

『犯人は三人組。現在、人質を盾に外へ出てきました。逃走経路を確保しなければ、人質の命の保障はない、と脅しているようです。ああっ、ここでついに、ついに駆けつけてくれました! 我らがヒーロー! 正義の味方・ピースターの五人ですっ』

 堅苦しい表情でニュースを読みあげていたキャスターが、突如興奮して実況するさまは、喫茶店内の空気を白けさせた。常連の一人がタバコの火で手持ちの馬券を燃やした。ピョンスケに賭けていたらしいが、無理だと悟ったのだろう。

 画面は現場中継に切りかわった。警察と野次馬が見守る中、赤・青・黄・緑・紫の五色のボーダーで彩られた派手なハイエースが荒っぽい運転で現れる。車体と同じ色のスーツ(胸にはでかでかと白い星がデザインされている)とフルフェイスマスクをそれぞれ身にまとった、五人の男たちが颯爽と降車し、迷いなく犯人たちとの距離を詰めていく。

「おい、止まれっ! この女ぶっ殺すぞ!」

 犯人の一人が女性行員の首を抱え、刃物を顔に近づける。残り二人も刃物を出して威嚇する。しかし、カラフルな五人は歩みを止めない。

 先頭に立っていた犯人が焦れたように「どけ!」と刃物を振りかざす。赤色はすばやく体をさばき、相手の手首を取った。がら空きになった犯人のボディに鋭い膝蹴りを食らわせ、さらに手首をねじりあげ関節を決める。一切無駄のない動きだった。

 二人目の犯人は真っ直ぐに突進してきた。今度は青色が俊敏且つ華麗に刃物を蹴りおとす。刃物は地面を転がって、黄色の足元をかすめた。黄色は「わわっ」と小躍りする。犯人が体勢を崩した隙に青色は懐へ潜りこみ、アッパーを顎にお見舞いした。撃退したのち、青色はカメラ目線でガッツポーズを決めてみせた。

 残された犯人は明らかに狼狽した。完全に余裕をなくし「この女、殺す!」と刃物を首筋へ走らせようとした瞬間、犯人の顔面にカラーボールがクラッシュした。投げたのは紫色だ。ぼーっと静観しているようだったが、コントロールの正確さは抜群だ。

 特殊染料で犯人の顔が真っ赤に染まる。一瞬、腕がゆるんだところで、黄色がすかさず人質を救いだした。あわてていたようで、実はこっそり犯人との間合いを詰めていたらしい。

 目がつぶされて苦しむ犯人に、緑色がおずおずと近づいた。とどめを刺すべきか、捕縛するべきか迷っているようだ。そのあいだに犯人は当たりかまわず、無茶苦茶に刃物を振りまわしはじめた。緑色の腰が引けたところで、赤色が「フォロー!」と叫ぶ。その指示に青色は少し首をひねったものの、駆けつけてからは瞬殺だった。見事な回し蹴りを繰りだし、犯人はあっけなく地に沈んだ。

『やりました! 午後一時、銀行強盗グループ撃退ですっ! 住民からも歓声が上がっています! ピースターがいるかぎり、この街の平和は、いえ、この国の平和は保障されるでしょう。以上で速報を終わります』

 キャスターの妙に芝居がかった口調で締められ、画面は再び競馬中継に切りかわる。

『……いやー、とても見ごたえのあるレースでした。まさか最後の最後でピョンスケがあんなスタミナを残しているとは……』

 灰皿の上で燃えカスになった馬券を、常連は寂しそうに見つめた。


 正義の味方・ピースターという五人組が発足したのは、そう昔の話ではない。しかし、人々の生活になじみ、定着するまでのスピードはすさまじいものだった。

 並外れた運動能力や判断力、そしてルックスを併せもつ五人は、突如彗星のごとく現れて人々を魅了した。彼らは当初、よくいる量産型アイドルグループのうちの一つだと認識されていた。だが、ある記者会見でリーダーは白い歯をのぞかせて溌剌と宣言した。

「皆さんの平和は、僕ら五人が守ります!」

 アイドルがなにを言う、と人々は訝しんだが、その発言の真意はすぐに明かされた。

 最初はストーカーに長いあいだ悩まされていた女性が、ついに暴行を受けそうになったときだった。実質的な被害が出なければ動かない警察をよそに、ピースターは颯爽と駆けつけストーカーを打ちのめしてみせた。さらにその様子をテレビ局が中継していたのだ。突然の生放送に、お茶の間の度肝は抜かれた。

「皆さんの平和は、僕ら五人が守ります!」

 マスクで顔は隠れているものの、声は確かにリーダーのものだった。これを皮切りに、ピースターはありとあらゆる事件現場に出動し、スピーディーに解決してみせた。

 やらせだろ、と批判していた人々も、立て続けに彼らの活動を見せつけられると、溜飲を下げざるをえない。ストーカー被害に遭っていた女性の「警察が相手にしてくれないから、藁にもすがる思いでピースターに相談した」という証言も後押しとなった。こうなると警察も彼らの動向を看過するしかない。

 おまけにピースターは、積極的に警察との協力体制を敷いた。一日署長をやってみせたり、交通安全マナーアップイベントの司会を務めてみせたりと、まさにアイドルがやりそうな活動までこなした。個性豊かなキャラクターも確立し、若い女性を中心にピースター旋風はみるみる拡大していった。

 今では彼らの活躍を速報で中継するシーンも見慣れたものだ。ピースターに興味を持たない、喫茶店で憩うおじさまたちでさえ、やむなしと事態を飲みこむくらいに浸透している。

 宣言どおり、人々の平和はピースターによって守られる――そんな時代になっていた。


 イベントを控え、楽屋で待機しているピースター五人の表情は、てんでばらばらだった。リーダーの赤色こと(こう)(せい)は、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。それと対照的に青色こと(あお)()は口笛を吹きながら、とてもリラックスした様子だ。口笛から鼻歌に切りかわった瞬間、紅星は口を開いた。

「おい、藍井。さっきの振るまいはなんだ」

「さっきのって?」

「カメラ目線でポーズ決めてただろう。あんなことしてる場合か。しかも、若葉(わかば)へのフォローが一瞬遅れたな」

 紅星の発言で首をすくめたのは藍井ではなく、緑色こと最年少の若葉だった。まだあどけなさの残る彼は、怯えると幼さが一層際立つ。

「ちゃんと助けたんだからOKだろ」

「そういう油断が命取りになるんだ。俺たちはアイドルじゃないんだぞ」

「アイドルみたいなもんだろ」

「アイドルじゃないっ!」

「あー、そういうやつもいるな。山吹(やまぶき)、おまえまた太ってきてるだろ」

 藍井に矛先を向けられた黄色こと山吹は、悪びれる様子もなく差し入れのたい焼きを頬張っている。彼の腹回りはほかの四人と比べて、だいぶだらしない。顔も丸みを帯びてきているが、もともとの顔立ちが悪くないため、愛嬌たっぷりのゆるキャラのようだった。

「俺はいいんだよう。こういうキャラで」

「まー、そういう趣味の女もいるもんな」

「なんでおまえらは人の目ばっかり気にするんだ! 山吹、体重が増えすぎると非常時に動けなくなる。少しは節制しろ」

「俺は相手の隙をついて立ちまわるほうが性に合ってるよう。アクションは四人に任せるね」

 山吹は早くも二匹目のたい焼きに手を伸ばした。紅星は歯噛みするが、ああいう役割を担う人材は確かに必要だ。全員が全員正面突破で仕掛けるわけにはいかない。

「堅いことばっか言うなよ、リーダー。ほら、ファンレターが今日も大量大量」

 藍井が手当たり次第に封筒を開け、中に写真が入っている場合は自分の好みかどうかを即座に吟味する。プレイボーイの藍井が密かにファンの子に手を出しているのは、当人のキャラも手伝ってメンバー間では暗黙の了解となっている。言語道断、と怒りくるっていた紅星も、今ではため息とともにあきらめてしまっている。

「うわー。あなたしか見えません。あなた以外考えられません。ほかの四人はあなたの足を引っぱっています。ソロ活動を希望します……だってよ。相変わらずリーダーのファンは物騒だよな」

「俺のせいじゃないっ。おまえのファンみたいな尻軽女よりはましだ!」

「重い女より軽い女のほうが賢いと思うけどな。やっぱりファンは鏡だよな」

 藍井の煽りに紅星は青筋を立てるが、山吹と若葉の仲裁でどうにか場は治まった。公にはピースターはチームワーク抜群、家族のような存在、とPRしているが、実際は強すぎる個性でぶつかりあうこともしばしばだった。協調性のないグループが平和を守るなどといったら、人々は不安に駆られる。PRしてみせても、どうせ上っ面だけだろ、と鋭い揚げ足取りをしてくる輩はわんさか湧いているのだ。なるべく火種を増やさないよう慎重に行動することが、メンバーそれぞれに課せられていた。なので、多少のほころびはあれど、己の立場を十分に理解してきていたのだが――。

「リーダー」

 それまで置き物のように口を閉ざしていた、紫色こと竜胆(りんどう)が不意につぶやいた。彼のマイペースぶりは承知しているので、紅星は特段驚くことなく「なんだ」とそっけなく応じた。

「辞めていい?」

「は?」

「辞めたい」

 竜胆の口数は少ない。たまに発した言葉も文字数が極端に少ない。性格も無気力というか省エネなのだ。しかし、今の発言は四人の空気を凍りつかせた。

「辞めたいってなにを」

「ピースター」

「おまっ、なにを急に……なんでだ!」

「飽きた」

 なんとも簡潔な答えに、紅星の体温はみるみる上がった。そんな様子を察してか、三人はゆっくりと後ずさった。

 確かにアイドルグループと勘違いされることもままある。しかし、平和を守るシンボルとして認知されるのであれば、むしろそういった広報活動も率先してやっていくべきだと思った。自らの使命に胸を張り、堂々と誇りを持って活動していけば、きっと皆が迎合してくれる。平和な世の中を築いていける。紅星はそう信じていた。にもかかわらず、仲間の一人が事もあろうに「飽きた」とは――。

 紅星が「竜胆っ……」と雷を落とそうとした瞬間、「ピースターさん、お願いしまーす」とスタッフがタイミング悪く呼びにきた。ひとまずイベント告知は各自平静を装い、どうにかこなすことになったが、カメラに向かっての笑顔はぎこちないものになった。熱心なファンや暇人はそれさえも見抜き、せっせとSNSに『疲れてるのかなー心配』『たまにはゆっくり休んでね』『ちょっと最近調子乗ってる?』などと投稿するのだった。


 竜胆との話しあいの場はなかなか設けられず、腰を据えて対峙できたのは爆弾発言より一週間後だった。しかし、各人のスケジュールが合わず、その場に集合できたのは当事者である竜胆と紅星、若葉の三人だけだった。

 場所は紅星の住むマンションだ。売れっ子のわりに、小ぢんまりとした間取りだった。紅星の堅実な性格をそのまま表している。

 紅星は冷蔵庫から缶ビールを出した。若葉にはコーラをすすめる。しかし、竜胆は手をつけないまま、虚空をぼーっと見つめている。結局、しびれを切らした紅星が口火を切った。

「竜胆。どうして辞めるんだ。飽きただけじゃわからん。なにより……俺たちが平和を守らなきゃ誰が守る?」

 竜胆は視線を紅星に向け、じっと見つめた。別ににらみあいではないのだが、負けず嫌いの紅星は躊躇なく視線をぶつける。間にはさまれた若葉は雨に濡れた子犬のように、ぶるっと体を震わせた。

 長い沈黙の末、竜胆はゆっくりと口を開いた。

「友達が、ヤモリを飼ってて」

「は?」

「家の庭にいたのを捕まえたんだって」

「おい待て。それはなんの話だ」

「ヤモリは家を守ってくれるからって」

「夏休みの絵日記か、これは」

「でもストレスなのかすぐ死んじゃって」

「小学生時代にトリップしたのか、おまえは」

「辞めたいなって」

「おまえの頭がトリップしてるようだな」

「飽きたのもあるけど」

 そこで紅星の堪忍袋の緒が切れた。若葉は条件反射で首をすくめる。

「ふざけるなっ! きちんと納得できる説明をしろっ!」

 紅星は顔を真っ赤にして肩で息をした。若葉の目はうるんでいたが、竜胆はどこ吹く風だった。端から見れば、誰が叱責されたのかわからない。

「自分の平和くらい自分で守れってこと」

 そう言って竜胆は立ちあがり、玄関へ向かった。話は終わりということだろう。紅星は後を追い、「一般市民に戦えというのか!」と怒鳴りちらした。

「戦ってる時点で、平和じゃなくない?」

 竜胆は振りかえることなく、部屋を去っていった。


 急遽行われることになった記者会見には、総勢三百人が集まった。間断なく焚かれるフラッシュに、五人は目を細めた。いつものメンバーカラーではなく、黒いスーツに身を包んでいる。同じ色で合わせると、山吹のボディラインだけふくよかなのが見てとれた。

 紅星の長い前口上と反比例して、主役である竜胆の脱退理由は非常に手短に述べられた。事前に打ちあわせた末に「自分の夢を追いかけたい」という前向きな理由で押しとおすことにした。当然、いろいろな角度から鋭い質問が飛ぶが、それらにはほとんど紅星が答えていった。

 根比べのような問答が続き、そろそろ質問も尽きようかというころ、予想外の方向に矢が放たれた。

「藍井さんの女性問題も関係してるんですかー?」

 全員が固まった。急に水を向けられた藍井も血の気が引いている。好機だと捉えた記者陣はここぞとばかりにその波に乗っかった。

「ファンの子たちに手を出しまくってるってうわさありますよー」

「何股かけてるんですか?」

「平和を守る人間がそれでいいんですか!」

 矢継ぎ早の糾弾に、最初に反応したのは当の藍井だった。しかし、その返しは落第点だった。

「自分の平和のためにも、息抜きは必要でしょ」

 いつもの調子で茶化すつもりだったのかもしれないが、この場においては火に油だ。正義は我にありと追及は激しさを増した。さすがの藍井も地雷を踏んだ、と感知したようだがすでに遅い。紅星がフォローしようとするが相手にされない。会見時間をあらかじめ設定していたので助かったが、最後には怒号が飛びかう始末だった。もはやなにについての記者会見だったのかもわからない。

 SNSは『裏切られた』『藍井サイテー』『こんなやつに守られたくない』と荒れた。翌朝の新聞では記者会見の様子と、藍井の女性遍歴が赤裸々に暴かれた。


「俺が女と遊んでたら平和は守れないわけ?」

 ぶっきらぼうにぼやく藍井に誰も答えない。スタッフには話しあいの場からは離席してもらっていた。藍井が同席を嫌がったのだ。自分にとって繊細な話題を、自分のテリトリー以外で話すのは許さない。しかし、親しくもないスタッフにテリトリーに入ってもらいたくはない。藍井はすねたようにわがままを炸裂させながら、メンバーのことも渋々自宅に招いた。藍井のマンションは一人暮らしとは思えぬ広さで、セキュリティも抜群だった。この生活に藍井がどれだけ固執しているかはわかる。わかるだけにこの先の展開を誰もが口にできない。

 藍井はそんな空気にさらに苛立った。

「正義の味方が息抜きしちゃいけないのかよ。どいつもこいつも俺たちを聖人君子かなんかと勘違いしてんじゃねえか? 逆に品行方正だったら平和守れんのかよ」

「屁理屈を言うな」

「正論だろ。自分だけいい子ぶってんじゃねえよ、リーダー。そういう風見鶏タイプのやつが一番腐ってるよな」

「なんだと」

 紅星と藍井が顔を突きあわせた。リビングは一戦交えるにも十分な広さだったので、若葉はあわてて止めに入ろうとした。それを制したのは山吹と竜胆だった。

「俺は正論だと思うよう」

「俺も」

 紅星は二人に向きなおった。藍井は「お、三対一」とおどけた。若葉は縮こまった。

「世間の信頼なんて簡単に揺らぐからねえ。大衆に価値観をゆだねるのは危険なんだよう。パトカーがコンビニで休憩取るだけで叩かれる時代だし」

「関係ない話を混ぜるな。俺たちは常に襟を正しておけばいいだけの話だ」

「うーん、それが理想なんだろうけど。それでも揚げ足を取るやつは出てくるしね」

「そんなやつ無視して、応援してくれてる人たちを大切にすればいいだろう」

「応援してくれてる人たちが、揚げ足を取ってくるんだよう。愛ゆえに?」

 山吹は場の空気を和らげようと冗談めかした。紅星は納得しなかった。真っ当に、人のために働いていれば、敵なんてできようはずもない。犯罪に手を染めるやつらはもちろん、人を批判するしか能のない輩は結局心が弱いだけだ。拳を固く握りしめる紅星を、藍井が皮肉る。

「純情リーダー。愛なんて、たいがい正しくねえぞ」

 その一言で紅星の中のなにかが切れた。「おまえが言うなっ!」と勢いよく藍井の左頬を殴りとばす。藍井は受け身を取ったが、まともに食らったせいで鼻血を流している。

「どいつもこいつも変に達観しやがって! 世の中を憂いてりゃあ、傷つかずに済むだけだろ! おまえら正義の味方の自覚があるなら、保身ばっかり考えるのはやめろ!」

 紅星の雄叫びは、四人の鼓膜を貫いた。リーダーという肩書きを背負っているとはいえ、彼も十分に若かった。黙って歯を食いしばれる者も、笑って理不尽をかわせる者も、ピースターにはまだ存在しなかったのだ。

 ただ一人、若葉は成長する。おそるおそる「紅星」と呼びかける。紅星は久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がした。若葉だけはずっと、肩書きで彼を呼ばない。

「僕も明日の週刊誌に載ると思う……未成年の過重労働だって」

 またも予想外の展開に、紅星だけでなくほかの三人も目を丸くした。夜の深くなった時間でも、酒席の事件でも、若葉は黙ってついてきた。そして純粋に、己の職務を全うしつづけた。だが、過去をほじくりかえされて、いろいろと憶測を立てられるだろうことは間違いない。今回の記者会見で年齢が公表されてしまったのが発端だ。竜胆は悔しそうに目を伏せた。

「ごめん」

「竜胆のせいじゃないよ。僕はやましいことはしてないし、皆だってそうだと思う。でも、もっと複雑なことが多すぎて……なにが正しいのかわからない」

 若葉のつぶやきを青くさいと切りすてることは、誰にもできなかった。


【ピースター・次々に問題が発覚!】

【正義の味方は偽者だった!】

【見世物アイドルの崩壊】

 翌朝の新聞の一面は、すべて彼らが飾ることになった。朝の情報番組も緊急速報として、ほぼ全チャンネルがピースターを取りあげている。

 竜胆の脱退、藍井のスキャンダル。さらに若葉の予言どおり、未成年の労働契約違反。そして、もっと複雑なことと若葉が漏らした一件が致命的だった。

『ピースターがこれまで解決してきた事件のうち、いくつかはスタッフ側が事前に計画していたことが発覚しました。犯罪者を演じるよう指示されたAさんの告発によって明るみになりました。この事実について、メンバーが知っていたかどうかは現在確認が取れていません』

「ふざけるなっ!」

 淡々と速報を読みあげるアナウンサーに、紅星はテレビの前で怒りを爆発させた。ほかのメンバーも口を真一文字に結び、苦悶の表情を浮かべている。若葉は悔しそうに唇を噛んだ。紅星は近くにいたスタッフ数名をにらみつけ、萎縮した一人の胸ぐらをつかむ。「僕は下っ端なのでなにもっ……」と訴えるスタッフを、紅星はかまわず殴りつけようとした。が、その腕を力強くつかまれる。腫れあがった顔が痛々しい藍井だった。

「そこで暴力振るうなら俺にしとけ。おまえにとってマイナスにしかならねえぞ」

 山吹も竜胆も若葉も、紅星の腕に手を添えた。紅星は若葉に向けて「おまえ、知ってたのか」と聞いた。若葉は「たまたま……スタッフさんたちが話してるの立ち聞きしたんだ」と蚊の鳴くような声で答えた。いつごろから、という質問を紅星は飲んだ。最年少で、四人の弟的存在である彼に、いったいどれほどの負担をかけていたのだろう。それを思うと、これ以上なにも追及できなかった。

 紅星は深く息を吐いて「すまない」と力なく拳を下ろした。そして、四人に告げた。

「ピースターを解散しよう」

 リーダーの提言に、四人はしっかりとうなずいた。今までで一番、五人の気持ちがそろったかもしれないな、と紅星は思わず苦笑した。


 スタッフの制止や言い訳を振りきって、五人は再び会見を開いた。前回以上の攻撃的なカメラフラッシュ。初っ端からの怒号。怯みそうになる若葉の背中に、山吹がそっと手を添えた。「大丈夫だよう、若葉は未成年だし被害者だ」という冷静ななぐさめに続き、「会場全員イモだと思え」と藍井がアドバイスする。竜胆はその上背を生かし、なるべく若葉をかばうように立ち位置を配慮した。紅星はなにも言わない。ただ、センターで堂々と矢面に立っていた。

「このたびは、皆さまにご心配、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした!」

 紅星が深々と頭を下げると、メンバーもそれに倣った。ほんの数秒のはずだが、気が遠くなるくらい自分たちの足元を見つめた気がした。今日もそろいのスーツで、黒い革靴を履いている。実はそれぞれの自前であるがゆえに、形や手入れの施し方がメンバーの個性を表していた。少し大きめだったり、先がとがっていたり、傷ついていたり。

 だが、どれもが同じ方向を向いている。そしてそれは決して恥ずべきことではない、と紅星は覚悟を固くした。

 やがてゆっくりと頭を上げる。容赦ないフラッシュにも、どうにか目を閉じぬようこらえた。光の隙間にある、記者たちの顔をなぞるようにながめ、紅星は口を開いた。

「僕たちピースターは、責任を取るべく、解散いたしま――」

「紅星くんっ!」

 紅星の宣言をさえぎったのは、甲高い金切り声だった。ロングヘアーの若い女性が、息急ききって乱入してきたのだ。思わぬ展開に五人はもちろん、記者陣も全員あっけに取られた。彼女の後を追ってきた警備員は「逃げてっ……!」と言ったきり、膝から崩れおちた。倒れた警備員の脇腹から、赤いものが流れている。記者の一人が悲鳴を上げた。

「マスコミのせいで紅星くんは追いつめられてるんですよ。でっちあげばっかり書いて……恥ずかしくないんですか? そしてなにより……あなたたち」

 女はメンバー四人を見据えた。整った顔立ちをしているが、そこに感情らしい感情は宿っていない。美人の真顔は恐ろしい。紅星は背筋が冷たくなるのを感じた。

「あなたたちが紅星くんの足を引っぱってるんです。あなたたちが紅星くんの活躍を邪魔してるんです。あなたたちがいなければ紅星くんはもっともっと輝けるんです。解散するのは大賛成だけど、どうして紅星くんが謝らなくちゃいけないの? どうして紅星くんだけがつらい思いをするの?」

 女は小刻みに震えだした。しかし泣いているわけではない。激情に駆られているが、顔に出さない代わりに体が反応しているようだった。

「紅星くんの邪魔をする人は、私が許さない」

 ぽつりと落とした言葉をきっかけに、女は持っていた包丁を無茶苦茶に振りまわしはじめた。蜘蛛の子を散らすように、記者陣はあわてふためいた。我先にと部屋から逃げだそうとして、転倒する記者がいた。女がその背中に向かって、包丁を振りおろそうとする。

「やめろっ!」

 紅星が割って入る。女は攻撃を止められず「あっ」と叫んだときには、紅星の腕を切りさいていた。破れたジャケットから血がにじむ。紅星はその場にうずくまった。

 女がたじろいだ隙に、竜胆が背後から包丁を持つ手をひねりあげる。がむしゃらに抵抗しようとした女の頬を藍井が張った。小気味いい音が響いたが、派手に鳴らしてみせただけで手加減している。それでも一瞬戦意を喪失したところを逃さず、山吹が包丁を取りあげた。

 女は途端に鬼のような形相になった。

「あんたたち……紅星くんにかかわらないで……紅星くんの邪魔しないで」

 紅星は腕を押さえたまま腰を浮かせたが、若葉がその前に立った。下から見上げるその背中は、いつの間にかずいぶんと広くなっていた。

「僕たちは紅星のことが好きです」

 若葉は女と真っ直ぐに向きあって言いはなった。女は今にも噛みつきそうだったが、竜胆がしっかりと押さえる。

「あなたも紅星を好きなら……もっと笑ってください。そんな顔をさせるために、紅星は戦っていないんです」

 女は虚を突かれたように固まった。紅星は若葉の肩をつかみ、横に並ぶ。前に立ってかばうだけが守ることじゃない。対等に肩を並べることも、誰かを守るのだと気がついた。

「こんな俺を応援してくれてありがとう。俺のことを好きなら、俺が好きなこいつらを……好きになれとは言わない。ただ、悪口は言わないでくれ」

 女は糸が切れたように、目の前にいる紅星が誰なのかわからなくなってしまったように、茫然と涙を流した。やがて駆けつけた警察に連行されても、彼女はもうなにも言わなかった。


 小さな喫茶店では、今日もマスターと常連がテレビを前に馬券を握りしめている。すべての馬がゲートに収まり、スタートしようとした瞬間、

『ここで速報です。正義の味方・ピースターが本日、正式に解散を発表しました』

 テレビの前の面々は「あーっ」と脱力する。

『ファンの署名活動もあり解散撤回の可能性もあると思われましたが、記者会見での乱入騒ぎもやらせなのではないか、という疑惑の声が強かったもようです。マスコミを味方につけ、世間の信用を取りもどそうとする計画的な騒動だったのだろう、と専門家は話しています。また、容疑者は熱狂的な彼らのファンで、もともとつながりはあったに違いない、と関係者も証言しているようです』

 マスターはつまらなさそうにチャンネルを替えた。常連の誰も文句は言わない。再放送の時代劇が映り「成敗っ!」と決め台詞を言う侍がアップで映った。

「……あれはやらせじゃねえ気がするけどな」

 常連の一人が何気なくつぶやいた。鋭い太刀を受けた敵は、大げさに苦しんでみせながら倒れ、画面から消えた。

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