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4. ある死者の追憶

「そこ」は、時間すら意味をなさない空間。


 闇の中で影が(うごめ)く。影は人の形を成しては崩れ、声にならない声を発し、それでも繰り返す。


 激しい未練がかつての己を形作る。

 抗えない現実を前に崩れ去る。

 狂おしい後悔が理想を(かたど)る。

 崩せない(ことわり)が本来の姿に押し戻す。


 どれほどの時間、どれほどの回数、それを繰り返してきただろう。

 砕け散り、同化していく周りの「魂」と混ざってしまわないよう、影は自らの妄念を奮い立たせ続ける


 ──そうだ


 影は諦めなかった。……いや、どうしても、諦めきれなかった。


 ──あの場所に……あの場所に、辿り着ければ、きっと……


 どこに向かっているのか、影には分からない。

 亡者は救いを求め、闇を進み続ける。


 


 ***




 ──オリーヴ


 名前を呼ばれるのが好きだった。

 好きだったのに、軽やかなその声を忘れてしまって、大好きだった笑顔ですら、曖昧になってしまった。


 それでも……


 優しい人だったことを覚えている。

 滅多なことでは怒らなくて、わがままを言った時ですら、仕方ないとか何とか言いつつあれこれと世話を焼いてくれた。


 だけど、あなたは先に逝ってしまった。


 ──ひどい、ずるい、きらい、くるしい、たすけて、ゆるさない、にくい、やめて


 入り込んでくる何者かの感情に、思考が喰われていく。


 ──こわい、いやだ、いたい、かなしい、かえして、ゆるして、つらい、くやしい


 ぐちゃぐちゃにかき乱され、「自分」が分からなくなっていく。持っていかれたり、逆に押し付けられたり、訳が分からない。


 ここは、どこ?

 あなたは、どこ?

 あたしは……わたしは……だれ……?


 意識がかき混ぜられて、何も、わからなくなっていく。


「……り、しっかり!」


 誰かの声が、遠くから聞こえる。


「サンダースさん、しっかり!」


 これは……誰の、声?


「サンダースさん!」


 ターコイズブルーの瞳が視界にうつる。

 …………んん? なんか、すっごい美男子が目の前にいる。これは夢? 夢なの?


「俺の声、聞こえる?」


 軍服を着た美男子が、私に語り掛けている。

 何このシチュエーション。何が起こったの? 後この人は誰? すごくかっこいい。


 電話の着信音が辺りに鳴り響き、ハッと意識がクリアになった。好きなロックバンドの曲に設定してあるから、目覚ましにも使えるようになっている。


「ロッドからかな。出て」


 目の前の美男子に促され、電話に出る。

 何がなにやら全然分からない。


『オリーヴ! 大丈夫か!?』


 焦った声が聞こえる。これは……ロデリックの声……?


『お前が突然消えちまって……アンが何かを察知して……まあ、色々あったんだが、単刀直入に聞く』


 何やら、異常事態が起こったらしいけど……何?どういうこと?


『てめぇ……まさか、アン……いや、『ロー兄さん』にときめいたりしてねぇだろうな』


 ドスの聞いた声に、思わず背筋がゾッとした。

 軍服の美男子が、小さくため息をつく。


「ロッド、今それ大事か?」

『……悪ぃ間違えた。自分の名前は言えるか?』


 それ、どんな間違いー!?

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