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52. Genesis

「わたしの子よ、小羊はきっと神が与えてくださる」




 夫は、幼い子を置いて死にました。

 殺されたのか、そうでないのかわかりません。彼が大罪を犯したことだけは知っています。


 ええ、知っていたのです。それでも、愛してしまったのです。

 それが私の罪でしょうか、神よ。

 どうして、声を届けてくださらないのです。

 私は教えを知りません。今や、わずかな知識があるのみです。


 ですが私は、私と愛し子、レヴィが生きていけるのならそれで構わないのです。

 それで、ほんとうに充分なのです。どうか、声を──


「悪魔にでも取り憑かれたんじゃないか?」

「そうかもなぁ。突然子供を殺そうとするなんていかれてる」

「その子も可哀想に……今どうしてるんだ?」

「施設の近くで暮らしてるんじゃないかな。……ほら、優しかった母親にいきなり襲いかかられたら誰だってビビるだろ」


 恐ろしい母親も、世の中にいるのですね。

 ですが、私は守り抜くつもりですよ、レヴィ。

 あなたの肉体がたとえ人と違おうとも、あなたが父を失い、赤色をその世界から閉ざしたとしても……


「立ち直れるのかな、その子」

「聞いた話じゃ失声は治ったらしいけど……生まれつきのとかもあるし、大変だよな。母親も気が狂うくらいだし……」


 レヴィ? どこに行ったのですか?私の愛し子よ。

 どこに、行ってしまったの?


「……! おい、取り抑えろ!」


 レオ、どこに行ったの?

 私の愛しい夫、愛しい子!アナタたちはどこに?


『リビーって呼ばれてるのか?』


 ええ……兄が、そう呼んでたの。もういないけど……


『そうか、お前も生き延びてきたんだなぁ……』


 リビーは特別な名前なの。……ほんとうは特別な人にしか、呼ばれたくないの。


『なら、特別な人になるまで待つしかないな』


 あなたが救いでした。


『そうだな、俺はエリーって呼ぶか』


 あなたが、私の光でした。

 ですが、きっと、恋ではなかったのでしょう。


 恋をするほどの力は、きっと、私にはなかった。

 母になるほどの力も、もしかしたら、なかった。




 私の罪は何ですか? 私は赦されますか?

 いいえ、人は許しはしないでしょう。夫のことも許さないでしょう。

 けれど、けれど、神は見ていてくださったのです!

 私は導かれたのです!


 アナタが、こうして目の前にいるのだから!

 私はアナタを救いましょう、母として、今度こそアナタを……!


 私は、今度こそ救えるのです。

 救わなければ。救わなければ。


 今度こそ、罪を許しはしません。

 いいえ、悔い改めるなら赦しましょう。

 今度こそ、罪を犯しはしません。

 悔い改め、この楽園で生きましょう。


 今度こそ──




「……真っ赤だな……」

「足を踏み外したんだろうなぁ……」


 アナタを、救うのです。

 そうしたら、私も、


「いつから狂ってたんだろうな、この人」

「カルト宗教にハマってから、とか……?」

「……あれ、独自解釈らしい。カルトですらない」


 私も、リビーに、いえ、もっと前に、リズに戻れるのです。そして、やり直せるのです。

 やり直すの。


「息子、どこに住んでたんだっけ?」

「確かパリ。ここ……ミュンヘンだしな。来てくれるかな……」


 お兄ちゃん、私

 ちゃんとした恋がしたかった

 分からなかったから、恋したかった

 レオ、あなたは教えてくれなかったからダメ

 いなくなってしまったから


 だから、探して、やり直すの

 やり直せるの


「……この人、出身どこなんだっけ?」

「…………それがな……紛争地域フラフラしてたっぽくて……」

「……ああ……」


 やり直させて




 ──その気持ちは、同じだ




 天使が、迎えに来てくださったのです。

 だから、ワタシは赦されたのです。

 ……赦されたはずなのです。

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