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19. Summer 2016 Part ?

 現実はいつだって、俺を待ってはくれない。そんなこと、とっくの昔に思い知っていた。手を引いてくれた人は澱んだ時間の中に置き去りにされて、……俺も、まだ過去に呪われ続けている。

 それはきっと、ロバートも同じだったのだろう。……あいつのいびつな記憶が、それを教えてくれていた。




***




「…………」

「……」


 無言が続いて5分とか10分。これほど気まずい会話は、たぶん他にない。


「あの、……えーと」

「なんだ。用があるならはっきり言え」


 昼下がりの喫茶店に男二人。夏場のはずなのに空気はやけに冷えている。アイスティーを飲みながら、ホットにした方が良かったかなと思うくらいだ。


 午前中、公園に行くと、レオはいなかった。……ことにしたい。出会って過去に何かしら犯罪を働いたかと聞いたら、「万引きって犯罪?」とか聞いてきて、窃盗罪だって言ったら「じゃあ現代……あれ? 現在だっけか? 現界? まあなんつーか進行形だわ」とか言われたのも無かったことにしたい。

 野生のキノコとか野草をバリバリ何のためらいもなく食べて、「オメーも食うか?」とか言われたからそっとその場を立ち去った……という記憶もできれば消去したい。

 しかも立ち去ろうとして黒髪の少年につまづいて転けて、


「おいおい気をつけろよ兄ちゃん。前見てなきゃツキも見逃すぜ?」


 とか生意気な口叩かれたのも本気で忘れたい。


 公園から出たところで、今目の前にいる赤毛の美丈夫レヴィ(勝手に脳内で黒騎士とあだ名をつけていたりもする)と出会った。このまま悪いことづくめも嫌なので、とりあえず彼にも話を聞こうと喫茶店に誘った……のはいいけど、寡黙にコーヒーを飲んでるだけで何も話してこない。流石に気まずい。店内閑古鳥鳴いてるし。


 ……何となくレオに似てる気がするけど、よく見たら全然似てないような気もする。赤毛だから似たように見えるのかもしれない。


「……れ、レヴィくんって、手が綺麗なんだね! 普通の男の人よりほっそりしてる! 色白だし!」


 何の話をしてるんだ僕は。


「話はそんなことか? 俺は無駄が嫌いなのだが」


 ぴしゃりと氷水でもかけるような声色で言われてしまった。もっともだとは思う。そしてカミーユより容赦がない分腹が立たない代わりにすごく怖い。めっちゃ怖い。喋り方堅苦しいし。


「……この街、どこか変だと思わない?」


 埒があかなさそうなので、思い切って踏み込んでみる。


「……そこまで鈍感には見えんがな。知っていて来たのではないのか?」


 鋭い。翡翠の瞳がじろっと警戒心盛りだくさんで睨んでる。とにかく怖い。


「う、確かに噂のこととか、おかしな街だってことは知ってるよ」

「ああ、確かにおかしな街だ。……俺も仔細まではよく知らんが」

「え? そうなの?」

「まあな。……貴様、仲間はいるのか?」


 待って、貴様って何。何その呼び方。もしかしてこの人も変な人なんじゃ……。……ちょっと緊張解けたかも。


「ううん。ロー兄さんが色々手伝ってくれてるけどね」


 あれ、なんか眉をひそめられた。どうしたんだろう。


「信頼できそうな人も特にいないし……」

「……信頼、か」

 舌打ちしながら言われた。やっぱり怖い。


「呑気すぎるな。こういう場合探すべきは、「信頼のできる相手」ではなく、「協力できる相手」だろう」


 ……! 本当だ!!

 頭の中で回路が繋がって、ビリっと電流が流れた気がした。


「確かにそうだね! 信頼関係なんか築くより協力関係のが手っ取り早い!」

「まあそう言ったところで素直には……、……?…………はぁ!?」


 彼は何テンポか遅れて首を捻り、さらに何テンポか遅れて目を見開いた。あ、今のリアクション面白かった。見たことないし。


「素直だな貴様!?」

「え? そうかな。とりあえず教えてくれてありがとう!」

「……簡単に死なれると後味が悪いから少しは心構えをだな」

「あれ? レヴィくんって意外に優しいね」

「っ、な ん で そうなる!!」


 顔を真っ赤にしながらカップを乱暴に置くのを見て、確信した。ジャンヌ・ダルクが極東の地で色々萌えキャラになってるから、ある程度そういう知識はある。

 彼は、ツンデレだ。


「あまりにも呑気すぎるだろう……」

「とりあえず、レヴィくんが協力できるか知りたいから色々教えて!」

「……別に構わんが」

「えっとね、僕歴史学者なんだけど、レヴィくんのご先祖様ってひょっとして苦労してる?」

「いきなり突っ込んでくるな!?」

「ほら、名前が名前だし」

「……まあ……確か曽祖父までは……」

「レヴィくん自体は?」

「いや、特にどこにも入信はしていない。……デリカシーがないとは言われないか、貴様」

「よく言われる!」

「だろうな!」


 仲良くなれてきたような気がして嬉しくなる。相手は眉間にシワを寄せてため息をついているけど。さっきよりはよっぽど感情が見えやすい……気が、する。

 はぁ、とまた大きくため息をつき、彼は再び僕を見た。


「……興味本位で来たのか? だとしたら、気軽に関わるのは」

「違うよ」


 僕の即答で、雰囲気が変わった。……なんとなく気づいていたけど、この人は真面目に話を聞いてくれる人だ。


「もう、見て見ぬふりはできない。……知らなきゃいけない」


 まっすぐ、彼の瞳を見る。

 翡翠の瞳がわずかに揺れ、ふいっと逸らされた。


「ロバート……だったか」

「うん。ロバート・ハリス。歴史学者って言ってもまだ駆け出しなんだけどね。28歳だし」

「…………28なのか……」

「……童顔なのは分かってる。君は?」

「職業はフリーターだ。色々と、不都合なものばかり持っていてな。……失礼、余計なことを言った。年齢は24」

「え?」

「……なんだ」

「24歳なの? 落ち着いてるから僕と同じくらいかもう少し上なのかなーって」

「…………老けていて悪かったな」


 あれ? 怒らせたかな? 額に血管が浮いているような。

 まあいいや。話題を変えよう。


「……それにしても、季節の変わり目って嫌だよね」

「ああ、体調も悪化しやすい」

「そうそう。今日もじめじめしてるしね。まあ、この国涼しいからいいけど」

「……? そうか?」

「ん?」

「いや、今日はむしろ、寒くはないかと思っただけだ」

「……寒くはないんじゃ……。……っ!?」


 背筋が寒くなった。いつの間にか、後ろに誰かが立っている。気配もなく、僕の背後に忍び寄ったらしい。

 振り返っても誰もいない。

 視線を戻すと、さっきつまづいた少年がニヤニヤと笑いながら隣の椅子に座っていた。思わず転げ落ちそうになる。なんとか体制を整えて、身構えると……


「よっ、さっきぶりだな」


 黒髪の少年は気さくな態度で、ついつい肩の力が抜けた。年齢はたぶん、9歳とか10歳くらい。話し方は生意気だけど。


「えっと、何の用……?」

「ちっと忠告しに来てな。さっきの話聞いてたけど、まだ間に合いそうだしよ」


 きらりと輝く少年の瞳は、レヴィよりも明るいエメラルド。態度が大人びている……っていうか、なんかおっさん臭い。だぼだぼのコートを翻し、彼はテーブルに腰掛けた。


「どうしてもここでやりてぇことがあんなら、止めはしねぇぜ。……俺としちゃ、いてほしいしな」

「……よく分からないけど、忠告って?」

「……自分の名前と、住んでた故郷、ここまでで通った都市だけは覚えておくこった。紙に書いといた方がいいぜ? 記憶なんか役に立たねぇ」


 なんとなく、彼の言ってることには心当たりがあった。


 ……いつのことだったけ、あれ。ロッド兄さんが送ってくれたメール(というか小説のように書かれた「僕が伝えたこと」)をカミーユと2人で確認して……帰ってからロッド兄さんに電話をして……1時間ほど考え込んで……僕は何を思い出したんだっけ?


 ああ、そういえば


 自分の名前が、カミーユに言われるまで「キース・サリンジャー」だと思い込んでいたことを、思い出したんだ。


「人間の頭ってのはな、元から諸々辻褄合わせるように出来てんだよ」


 少年が笑う。


「特にお前さん、知らんぷりが得意みてぇだしな?」


 僕のことを見透かすように、笑う。少年の体は透けている。……さっきつまづきかけた時から、本当は気づいていた。


「ロデリックだっけか? あいつはビビりだが、ここの外にいりゃまだ肝はすわってるみてぇだ。二人がかりでよかったじゃねぇか」


 塞がれそうな逃げ道と、進もうとしている茨の道を、どちらも指し示すように、笑う。


「……戻るなら、今のうちだぜ」


 瞳がすっと細められ、ボーイソプラノのトーンが下がる。「選べ」と、暗に告げていた。


「……君の名前は? これから協力するなら知っておきたい」


 僕の心も、決まっていた。


「……そうかよ。俺のことはレニーって呼んでくれ」

「うん、よろしく」


 笑って頷いた僕に、「おうよ」と気のいい笑顔で返し、レニーはすたっとテーブルから降りる。……姿は、いつの間にか消えていた。


「……誰と話していた?」


 レヴィは焦る様子もなく、ただただ冷静沈着に聞いてきた。


「あー、うん。僕、昔から霊感あってさ。しかもかなり強いみたい」

「……そうか」


 わずかに沈んだ顔で、彼は椅子から立ち上がる。

 僕の選択には、気づいたらしい。


「……君は、この街がどこだと「思ってた」の?」

「ストラスブール付近だ。パリの方で働いていたが、訳あってドイツの方に用があってな。……どうやって来たのかは、もう忘れた」

「そっか。僕はマンチェスターからバスに乗って、あとは忘れちゃった」

「マンチェスター……イギリスか」

「……うん」


 悪い噂がある街なんて、どこにでもある。

 息苦しい雰囲気の街も、住む層が「少なくとも勝ち組ではない」街だって、そこら中にある。

「敗者の街」は、どこにでもある。……その入口は、どこかでぽっかりと口を開けている。


 ──そして、


「これからよろしく! レヴィくん」

「……正気か? だとしたら、呆れるほど愚かだな」

「レヴィくん、すぐ悪態つくの損してると思うよ?」

「…………余計なお世話だ。放っておけ」


 僕もこの瞬間に、ようやく覚悟を決めた。


「ロッド兄さん、もう大丈夫だよ」

『……「作り話だったら良かったのに」なんて、もう言うなよ?』

「だって怖かったんだよ!? 記憶がおかしくなるの!!」

『……まあ、あれが本当のキースの記憶と混ざってんなら、ヒントにはなるよな。……後、お前があっち行ってからまだ2週間も経ってねぇから』

「…………が、頑張るね、僕」

『おう、生きて帰ってこい』


 電話先のロッド兄さんの声は、相変わらず覇気がなかった。




 ***




 ロバートの自我が安定したことに、ひとまずほっとする。メールの情報だけ書き込んで、席を立った。

 軍服の青年の姿がモニターに反射して浮かぶ。振り返ると、ロー兄さんは変わらずニコニコ笑っていた。


「……ロッド」


 頬に手が伸びる。……その手にすら触れられず、時間が流れる。


「髭、伸びてる。ちゃんと剃れよ」


 困ったように笑って、兄さんはそれだけ告げた。


「……俺たちのこと、嫌い?」

「え、なんで?」


 あの文章のことを何も知らないかのように、兄さんは静かに笑っていた。


 これは、俺達兄弟が過去に向き合い、未来に向かうための試練だ。……それだけは、確かなことだ。

 決別の予感をひしひしと感じ取りながら、俺は、……まだどこかで、戻らない命への未練を抱え続けていた。

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