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39. 再会

 ヴァンサンはしばらく身動きを取れずにいたけど、やがて(あたし)の手を振りほどき、ふらふらと立ち上がった。


「……もうすぐ……『彼』は消えます。私には……わかります……」


 光の消えたライムグリーンの瞳が、ちらりと私を一瞥する。


「ずっと、ずっと……望んでいたことでした……『生』を望む『ぼく』が消えれば……『私』も死ぬことができます……」


 うつろな瞳は私を映さない。……(くら)い瞳は、ただただ絶望に染まっていた。

 療養施設では自殺を図っても止められるだろうし、死に近づいた今がチャンスだと思っているのかな。……でも、死に近づいてしまったからこそ、かつて殺した人格に距離が近づいてしまった、と。


 私には想像もつかないほどの痛みを、彼らは抱えている。見えない傷は、簡単には癒せない。そんなこと……そんなこと、わかってる。だけど、嫌なものは嫌だ。

 腕を掴んで、キッと睨みつける。

 もう、失いたくない。この手を放したくない。


「私から、また愛する人を奪うの?」


 何を言われるか、だいたい想像はつく。

 私の愛した「ポール」は虚像だった、偽物だった。……そう、聞き飽きた言葉を繰り返すんだろう。


「……貴女は……変わり果てた恋人でも、愛せるのですか? 大なり小なり、好きになる理由があって……それで、恋をしたのでしょう……?」


 自分に向き合えず、無意識下で育った負の感情に圧し潰され、夢も恋も諦め、生に絶望し……すっかり壊れてしまった「彼」なんて誰にも愛されない。……そう、思ってるんだろう。

 馬鹿にしないでよ。私が何年、想いを引き摺ったと思ってるの。


「私は……確かに、ポールを理解できてなかったかもしれない」


 優しかったら良い? 穏やかだったら良い? 本当にそうなら、とっくに他の相手を見つけられてる。


「でも、それはあなたもでしょ。私の何がわかるの。幸せな環境で育った、苦労知らずの小娘だとでも思ってる?」


 傷ついた? 不幸になった? ……そんなこと、決めつけないでよ。

 確かにポールと出会わなければ、私は恋によって傷つくことはなかった。……でも、私は「出会わなければ良かった」なんて、一度も思ったことない。


「……苦しみながら光に向かって懸命に手を伸ばして、傷ついた身体で必死に足掻いたあなたの生き様を……その存在すらも知らずに記者になって、当たり障りのない記事を書いて……そうやって生きてく私を想像したら、すごく腹が立つよ」


 確かに好きになった理由は優しさだとか、穏やかさだとか、あとちょっとお洒落な口説き文句が上手くて顔が好みだとか、そういう表面的なことだったけどさ、それと「愛した」理由は違うじゃん。


「嘘笑いは上手なのに心から笑うのが下手くそで可愛いとか、泣くのはもっと下手くそで可愛いとか、エスコートめちゃくちゃ上手いくせに不意打ちでキスしただけで照れるのが可愛いとか、言ってないだけでほんとに色々あるんだからね。お望みならもっともっと言えるし!」

「え、ええと……そうですか……」


 私が詰め寄ると、ヴァンサンは目を白黒させながら、困ったように眉根を寄せた。どうにか否定しようったって、そうはさせない。そもそも無自覚そうなとこばっかり選んだし。

 いつ機会が失われるかわからないなら、洗いざらい伝えておかなきゃ。……また、後悔してしまう。


「私、あなたが隣にいた日々が……人生で一番幸せだったよ」


 ……ああ、でも、不幸になったのは私じゃない。

 私の存在で追い詰められたのは、ポールの方だ。


「……あ……」


 そう思い立ってしまった途端、何を言えばいいのかがわからなくなる。

 二人の間に深い溝が横たわっているのが、嫌でも認識できてしまう。

 ポールは私を愛し、同時に恐れた。幸福を感じながら、痛みに潰された。……それは、紛れもない事実なんだ。


 ヴァンサンは……ポールの半身は静かに私を見つめ、ゆっくりと語り始めた。


「……私が『ぼく』を徹底的に殺したのは……彼女(かれ)が『希望』を、見ていたからです。……私には眩しすぎて、扱えないものでしたから……」


 どうして、希望のほうが苦しいの?

 絶望に身を委ねたほうが、楽なの?

 ……わかっている。共感も理解もできないけど、「そういう世界がある」って、情報としては知っている。

 希望に裏切られ絶望の底に堕ち続けたから……光に向かって手を伸ばしては届かずに傷ついたから、信じられないんだ。……信じるのが、もう、怖くなってしまっているんだ。


「もし……ここに残った人格が『ぼく』の方であったなら……ポール・ヴァンサンの善意が悪意に勝てていたのなら……また、違う未来があったのかも、しれませんね……」


 人を恐れ、絶望に打ちひしがれ、光を拒絶する感情に、

 人を愛し、希望を諦めず、光の下に立とうとする感情が飲み込まれて殺されてしまった。

 ……それが、ポール・ヴァンサンという人間の真実、なの……?

 私は……もう、あなたを苦しめるだけになってしまったの……?


 手が震える。無意識に、掴んだ指先が緩んでしまう。


「むつかしー話はよくわかんねぇわ。オレ、バカだしよ」


 ……と、レオナルドのぼやきが暗澹(あんたん)に響く。


「つーわけで、兄弟。賢いこと言ってくんね」

「てめぇ……出方を伺ってたってのによ」


 暗闇の中で、きらりとエメラルドグリーンの瞳が輝いた。


「兄弟がいると、気配を辿りやすくて助かるぜ」


 何事もなかったかのような足取りで、レニーが姿を現す。

 ひらりと音が聞こえたような錯覚すら覚えるほど、その動きは軽やかだった。


「……さて、どうするよ? お前さんが愛したのは『誰』なんだい?」


 きらきらと輝く視線が私を見つめる。

 どうやら、さっきの様子は見られていたらしい。

 ……そうだ。難しい質問のようでいて、私の答えは決まっている。

 人を怖がりながら人を愛して、絶望に苛まれながら希望を諦めきれず、光に怯えながらそれでも憧れる。……それが、彼だ。

 どっちかが偽物で、どっちかが真実なんてことはない。どっちも彼なんだ。


「ポール!」


 澱んだ目をしっかりと見つめる。


「な、なんですか、いきなり……」


 目を逸らそうとするから、しっかりと両頬を固定する。つま先立ちをすれば案外なんとかなった。


「今すぐ答えを出さなくてもいいから……()()()()()()()()()()()()()!!」


 今、切り離された方の「ポール」は他の霊魂たちと同じような状態で、存在が不安定なら憑依先を探した方がいいってキースが言ってて、たぶんだけどまだ繋がり自体は肉体の中に残されていて……彼らが互いを「同一人物」だと受け入れられなくても、憑依なら他人同士でもできる。……だったら、 どうにか「消滅」自体は先送りにできる……気が、する!


「私はあなたに死んで欲しくない。でも、恐怖とか絶望を無理に我慢しろとも思わない。そんでもって、またイチャイチャしたい」

「いや、あの、最後……」

「10年も会えなかったんだよ!? 今は色々あってそれどころじゃないけど、巡り合ったのが現実世界だったら即キスしてベッドに連れ込んでた自信ある」

「なんですかその自信!?」


 ヴァンサンは完全に腰が引けてるけど、逃がす気はない。本気で振り払われたら逃げられそうな気もするけど、その時はレオナルドに頼もう。


「つべこべ言わないの! ほんとは今すぐハグしてキスしたいけど、マノンの時みたいに気絶しそうで我慢してるんだからね!?」


 っていうか別人格が女性恐怖症なのに、別人格が女好きなのはどういうこと? 克服したがってたとかそういうこと? それとも一種の自傷行為?

 いいや、怯えた顔めちゃくちゃ可愛いし、後で考えよ。


「──ッ、ああ、また……彼女(かれ)の声が……」

「拒絶しないでちゃんと聞いて! あなたの片割れは、なんて言ってる?」

「…………。……あ……『会いたい』……?」


 一瞬、完全に澱み切っていた瞳に、光が差した。


「……オリーヴ……?」


 その瞬間を見逃さず、思いっきりつま先を伸ばしてキスを……キスをし……と、届かない……!! 猫背じゃなくなったから……!?


「オリーヴ……!」


 あ、向こうの方から屈んでくれた。……懐かしい仕草に、思わず涙腺が緩む。

 我慢しきれなくって、唇に軽くキスをする。ポールは予想通り小さく肩を震わせて、それでも静かに受け入れてくれた。


「ポール、念のため聞くけど……今も、死にたくない?」

「うん……まだまだ表現しきれてないことがたくさんあるし、それに……」


 ポールは私の問いにこくりと頷きながら、頬に触れた私の手に、自分の手を重ねた。


「きみの笑顔を、まだ見ていたいな」


 笑顔は繕う余裕がないからか、若干引きつってはいるけど……それでも、顔が一気に熱くなるのを感じた。

 ほんとねー!! すぐこういうことするよねー!! そのくせ頬にキスするだけで真っ赤になって狼狽えるし!! ずるくない!?!?


「帰ったらやりたいこと考えておいて。……絶対、助けるから」

「うん。……ありがとう、オリーヴ」


 かつて答えられなかったSOSに、今度こそ、答えられるかもしれない。

 ……死者のままになんか、してやらないよ。

 レオナルドが言っていたように、感情は死んだとしても蘇るんだから。


「……んで、つまりどゆこと?」


 ……とはいえ、どう説明したら良いのかなぁ。

 レオナルドが理解できる説明……って、どんな……?


「コイツは説明しても分かんねぇからほっとけ。……しかし憑依か。考えたな」


 レニーは感心したように、ポールの姿をまじまじと観察する。


「つっても、魂そのものに傷がある以上、問題を先送りにしただけだぜ。……それは、理解しておけよ」

「わかってる。時間が少しでも延びるなら、それに越したことはないよ」


 私の回答に、レニーは(たの)しげに口角を吊り上げた。


「良いねぇ。手を離す愛もありゃ、逃がさねぇ愛もあるってか。……面白くなってきやがったぜ」


 ポールは小さくはにかみ、私に「頑張ろうね」と伝えてくる。

 握った手は、小刻みに震えていた。

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