37. ある罪人の記憶
逃げるなんて許さないわ。
あなたは、永遠に呪われなければならないの。
楽になるなんて許さないわ。
誰が許しても、わたしだけは許さない。
わたしはエレーヌ・アルノーじゃない。私の名は『悪魔』。
あなたに作り出された、あなたを苦しめる幻影。あなたを芸術に縛り付けるモノ。
あなたが愛憎の中に視た、悪魔としての偶像。
あなたは生に執着しながら、罰されることに焦がれた。
断罪を望みながら、享楽を願った。
矛盾に塗れながら魂を燃やして、わたしを描いた。
あなたがわたしに託した望みは、永遠に許されないこと。自分を罰すること。
だから、わたしは許さないわ。
『女神』は、どうかしら。あなたを許すのかしら。
どちらにせよ、彼女もあなたの生を望むでしょうね。
わたし達はあなたの手で生み出された。
あなたの魂から、形を得た。
わたし達はあなたがいなければ、存在できなかった。
あなたは死にたくなかったのでしょう?
けれど、「死」に……いずれ朽ちゆく人間の運命に、美しさを視た。
だけど、あなたが美しく在る必要なんてないの。
あなたは芸術家。美しさを作り出す側は、いつまでも画材に塗れて汚れているべきよ。
さぁ、帰ってきて、お父様。
あなたは永遠に、お母様に呪われ続けるの。
***
パパ、パパ、目を覚まして。
あら、私が誰かわからない?
あなたに『女神』と呼ばれた存在よ。
ふふ、怯えているの? 相変わらずママンには弱いのね。
『悪魔』の声は聞いた?
そう、そう、彼女に呼ばれたのね。
あら、『悪魔』もパパを愛しているのよ。その愛が少し歪なだけ。
でも、『女神』の私はパパに優しくするわ。
パパが行く道を応援するし、パパが望むようにしてあげる。
……そういえばね、前に、ノエルって人が私をいやらしい目で見ていたの。パパ、どう思う? 私、絵なのに。人間と恋なんてできるかしら?
まだ混乱しているのね。パパ、そこら辺は普通の人だもの。
でもね、凡俗の気持ちがわかるからこそ、理解される絵が描けるのよ。それって、素敵なことだと思わない?
それで……パパ、どうしたい?
え? パパって呼ぶのやめてって? どうして? パパはパパなのに……。
***
闇の中で懐かしい声に呼ばれたかと思ったら、光の中でエレーヌに似た女の子に膝枕をされていた。
似てはいるけど、微妙に本人じゃない。……というか、本当に彼女が僕の作品なら、僕のデフォルメが入ってるから当たり前……なの、かな?
……どうしよう。知らない間に娘ができてたんだけど……




