砂漠の街 ~その⑤~
暫く強張った面をしていた姫殿下だったが。さほどの時を要せず表情から険が取れ、小さくコクリと頷いた。
「かむ様。貴女の言う通りです」
「ふむ。事情を聞かせて頂いても?」
† † † † † †
「話しを聞いた限りだと。単に巻き込まれただけっぽいな」
わたしの感想に、「ああ」とじいさんが肯定の声を漏らした。
姫殿下曰く。慈善事業として、お忍びで元奴隷達に糧食の配給を行なったりしていたのだという。
「勘と推察だが。わたし達の件に巻き込まれただけじゃないか?」
「根拠は?」
「会えもしなかった協会長と水面に浮かんでた受付嬢。その二人と姫殿下に接点が無い」
じいさんが、低い唸り声をあげる。
「そうかもしれん。しかし、現段階では我々が襲われた理由と件の二人との因果性すら分からぬ状況。それに姫殿下が完全に無関係とも断定出来んじゃろう」
わたしは僅かに首を傾げながら、じいさんの意見を咀嚼する。しかし大して間を置かず、「そうだなw」と、得心の笑みを浮かべた。
「何にしろ、食事にしよう。台所は使って良いのだろう?」
無論と、魔術師は首肯した。
† † † † † †
話しあった結果、肉料理を作る事となった。
じいさんが肉を解体。付け合わせのポテトサラダをわたしが作成。うぴは、テーブルでスタンバイという案配だった。
「私も。何かお手伝いを」
したいのですがと、控えめに王女が意思を示す。
「いいんじゃないか?」
三者三様に、肯定の意思を王女殿下へ告げる。
曲りなりにも一国の王女だ。常の彼女であれば、このような事は言い出すまい。おそらく、非日常の渦中において気分が高揚しているのだろう。
「では、姫殿下。こちらへ」
解体した肉を焼いて下されと、じいさんが殿下へ願い出た。
わたしは「じいさんに悪気は無いんだろうな~」と内心嘆息。まともに調理経験があるとも思えない貴人に対し、いささか難しい要求をしたように思えたためだ。
わたしの予感は的中し、王女の焼いた肉は炭化してしまった。
黒焦げの物体を前にし、「すみません」と萎縮する姫殿下。
「初めてであれば、致し方ありますまいて」
「まだ肉があるだろう。借りるぜ」
王女のフォローは魔術師に任せ、わたしは料理の下拵えに入った。まず、包丁で丁寧に肉の筋を切る。その後タマネギを微塵切りにし、煮凝ったワインと共に肉と馴染ませマリネ。次にフライパンに油を敷き、しばし加熱。その間に、先程漬け込んでいた肉を引き上げると、ささっと胡椒と塩をまぶし軽く練り込む。十分に温まったフライパンに肉を投入。ウェルダンになるまで焼き上げた。
「どうぞ」
着席していた姫殿下の前に、わたしがステーキを給仕する。王女は会釈すると、ナイフとフォークを品に満ちた所作で用い、小さく切り分けた肉を口の中に入れた。
「美味しい」
口元を優美に隠しながら、王女が感嘆の声を上げる。
「貴女の分は?」
「あんたのを少し貰おう」
「料理。お上手なのですね」
「あんたが下手すぎるだけだ」
ぶふーーっと、じいさんとうぴが口に入れていた食べ物を盛大に噴き出した。二人からの非難の視線が、わたしに突き刺さる。
「わたしは、この姫殿下の心臓を鍛えようとだな」
「お前のような心臓が魔法金剛石で出来とるような奴と、姫殿下は違うという事。まずは自覚した方がよいぞ」
「そもそも今鍛える必要ねーだろw」
照れ隠しならもっと上手くやれと、うぴに叱られてしまった。




