砂漠の街 ~その④~
「じいさん、遅かったな」
瀟洒な室内で銘々に寛いでいた3人が、魔導士の帰還を喜ぶ。
広場での「爆発」からおよそ2時間が経過していた・・・。
† † † † † †
「ガイ、うぴ!」
わたしの警告が先か。それとも彼らの反応が先だったか。魔導士と猫族戦士が弾かれたように反応した。
「空中浮遊」
本来は迷宮探索の際、落とし穴を回避する等で使用する魔法なのだが。この時ガイは人間爆弾に対し使用。相手を空中高く浮かび上がらせた。
わたしの方はと言うと、一足飛びで卓上を駆け上がりジャンプ。対面に座っていたアイシャを飛び越え、彼女の後背に着地。爆弾と彼女の間に立ち塞がる。
同時に「対象者防御」を発動。対象にした味方を敵の攻撃から庇護する。
その間に、うぴが「ブリュンヒルデの天蓋」を行使。半径10mの防御幕が、彼女を中心とした丸屋根状に展開。効果は敵からの攻撃を20%軽減。
ここで、件の爆発が頭上で発生。しかし地上付近の威力は相当弱まっていたため、身体的負傷をする者は街の人々含めほぼいなかった。
「うぇぇ><」
血と肉片に塗れるという精神攻撃を受けたうぴが、悲鳴を上げる。わたしは咄嗟に後背を振り返る。翡翠色の瞳をした美女の面が、ショックのせいだろう。能面の様に無表情になっていた。
何度か呼びかけるも、反応がない。
状況を把握したわたしは、彼女の腰の辺りを多少強引に揺さぶった。強すぎたせいか、彼女の腰のポーチから光り輝く物が飛び出した。慌ててキャッチ。「後ほど返せば良い」と判断。一旦懐にしまうと、即座に彼女に向き直る。
「アイシャ!」
わたしは放心しているアイシャに一喝。その間に、ガイとうぴが抜け目なく逃走経路を確保。「委細問題ない」という魔導士の目配せに、軽く頷き返す。
「こっちだ」
わたしは彼女の手を引き、二人を追い掛けた。次第に握り返してくる手の圧力が変化。彼女が正気に戻った事に、わたしは気づいた。
道中、わたし達は「ヤバいことに巻き込まれている」という意識を共有。まずは安全な場所の確保。その次に情報収集をする方針で一致。
ここで、その両方を引き受けると名乗りを上げたのが、じいさんだった。
長年連れ添ってきたわたしも知らなかったのだが。ガイは独自のネットワークを持っているらしく。今いる場所も彼の「協力者」が用意してくれた物だった・・・。
† † † † † †
じいさんの話しによると。協会長は数日前に自殺したとの事だった。
それを聞いたわたしとうぴが、「はいはい!」と一斉に挙手する。
「犯人分かった!」
「コ〇ンの出る幕無かったな」
察しの良い魔導士が、「残念じゃが」と頭を振る。
「くだんの受付嬢なら。川面に浮かんでいたぞ」
「マジカ・・・第一発見者は?」
「儂じゃ」
それを聞いたわたしとうぴが、一斉にじいさんを指差す。
「犯人分かった!」
「コ〇ンの出る幕無かったな」
待て待て待てと、爺さんが両手と頭を同時に振りながら、全力で否定する。
「さすがに、儂じゃないぞw」
「うちは、じいさんが黒幕だったとしても驚かねーぜ?」
猫族戦士を一瞥したわたしが、意地悪くほくそ笑む。
「膝笑ってるぞ、てめぇw」
「バラすなよ(*''▽'')」
おかっぱ頭を振り振り、うぴが「やれやれだぜ(´・ω・`)」という表情を浮かべる。
そんな中、じいさんが唐突に独り言を漏らした。
「まな板」
うぴが「うわ!あぶねぇ!?」と、わたしの隣から跳ねる様に飛び退った。
「お前、いきなり剣抜くなよ!?w」
猫族女性が猛抗議。じいさんも呆れ顔で、こちらを一瞥。
「「てか、(胸がねーこと)気にしてたのかよ・・・w」」
「・・・ぬぐぐぐ」
声にならぬうめき声で、ごにょごにょと言い訳をするわたし。体裁が悪い。すぐに話題を変える。
「で、じいさん。いきなりどうした・・・って、ん???」
わたしの言葉が耳に入らないのか。じいさんは扉付近に移動すると、しゃがみ込み、毛むくじゃらの物体を撫でまわし始めた。
うぴが、胡乱気にガイに問いただす。
「なんだ、それ??」
「儂の使い魔じゃ」
目を細めながら「のお、まな板」と、盛んにデブ猫に対して「まな板」を連呼する魔導士。
わたしとうぴはと言うと。「うん・・・ああ・・・いあ・・・うん」と、「うん」「ああ」「いあ」の単語を数十回繰り返した後、絞り出すように言葉を吐き出した。
「嫌いじゃ、ないぜ・・・?」
「良い(名付けの)趣味してると思う、ぜ・・・?」
そうじゃろう、そうじゃろうと。じいさんは心底嬉しそうに喜び、再度猫へと向き直る。
片膝立ちのまま動かぬ彼が気になり、わたしは横合いから手元を覗き込んだ。すると、猫の首輪に小さな筒が吊り下げられており、魔導士はその蓋を開けようとしていた事が分かった。
ガイがそこから中身を取り出し終える。すっくと立ち上がると、右手を差し出してきた。空いた方の手は、白い顎髭を一撫でしている。
「ほれ」
「あんがとw」
じいさんから手渡された物を、わたしは仔細に眺め出した。
一方、魔導士は手近の椅子に腰を下ろすと、頃合いと見たのか。わたしに問いかけてきた。
「お主が調べてこいと言った事。この『まな板』を使って調べて来たわけじゃが。そろそろ理由を教えくれんか。かむ?」
わたしは頷き返すと、眺めていた羊皮紙をおもむろに机の上に広げた。次いで、懐から指輪を引っ張り出し、羊皮紙の横に並べる。指輪に刻印された文様と羊皮紙のそれが見事に一致。
気づいた「アイシャ」の表情に緊張が走るのが見えた。
「サファ王女殿下」
わたしの確信に満ちた言葉が、部屋に流れた。




