砂漠の街 ~その③~
「助かったよ。じいさん」
もう一人の待ち人だった魔導士に、わたしは笑顔を向ける。ガイが目深に被った帽子のつばに指を掛け、微かに揺らした。わたしの賛辞に対する、返答の仕草だった。大したことは無い、と。
「そこのお嬢さんも連れていくのだろう、かむ?」
無論と、わたしは魔導士に頷きつつ、破顔一笑。
「このまま保護せずに別れたら人でなしだろうw」
女性に対しわたし達は軽く自己紹介を済ませると、「名前は?」と水を向けた。
「アイシャと申します」
この国で「生命」という意味を持つ女性名だった。
4人は程なく冒険者協会の建物に到着。残念ながら依頼主の協会長は不在。受付嬢によれば、明日の朝なら面会出来る時間が空いているとの事だった。
わたし達は互いに目配せ。代表して、魔導士が受付嬢に了承の旨を告げる。
「儂らは、それで問題無い」
「では、明日の朝。改めてお越し下さいませ」
受付嬢の笑顔を背に受けながら、わたし達はその場を後にした。
同刻。王国内、一室。
「我らを嗅ぎまわっていた者に『教義』していたところ。邪魔が入りました」
「ほぉ・・・」
「その際、位階0=0 ニオファイトの者5名が負傷。それを取りまとめていた位階2=9 セオリカスの者一名死亡とのこと」
「ふ・・・奴は我がSHINOBIの中でも最弱。邪魔者が計画に支障をきたす程の力を持つ者かの判断基準としては未達。貴様が妨害者の力を問うておるなら、参考にならん」
ここで男は沈思のため、瞼を閉じた。
「とはいえ。『忍び』から殉教者を出したのは本意ではない」
教団の教義上、位階2=9以上は「忍び」として認定される。
「どうなさいますか。上忍猊下」
「方針は変えぬ。引き続き妨害者の排除。そして3日後の祭典のため、サイプレスの確保」
「はい」
扉をノックする音が室内に響いた。
「失礼します、猊下。妨害者の足取りが掴めました。市場にいるとのこと」
報告を受けた上忍が鷹揚に頷く。
「最高位階を目指す者を市場へ向かわせよ」
「了解いたしました」
わたし達は市場にいた。食材を売る露店。また、給仕可能な出店も至る所に立ち並び、食事を取る事が可能だった。
「肉と酒だな」
「儂も」
「うちも」
「あんたは、どうする?」
「教義上、お肉とお酒は・・・」
「つまんねーな」
わたしの一言にショックを受けたアイシャが硬直する。「なにぶん、幼女の申す事ゆえ」「見た目だけだろw」という二人の茶々。
「まあ、いいさ。これなら食えるか?」
わたしは、店のメニューから温野菜のスープとオレンジジュースを追加注文する。「ありがとうございます」と、美女が翡翠色の瞳を細めつつ笑顔を見せる。
聞いといてお前が勝手に注文ってなんだよ?という声が上がったが、わたしの脳はそれを背景雑音認定。食事に集中する。
食卓には、赤ワインのボトル。山盛りのマッシュポテトと同じく山盛りのマンサフ(焼き飯。米、タマネギ、ピーマン、挽肉をスパイスで炒めたもの)。ヤギのチーズ。そして、塩胡椒で味付けられた牛肉のステーキだった。ステーキにはニンニクの効いたソースが掛かっており、食欲を刺激する。
時刻は18時。多くの人々が行きかっていた。
そんな中だった。突如、「それ」がわたし達の眼前に現れたのは。
「んあ?」
わたしが思わず頓狂な声を発する。「それ」の目は焦点を失い、口から泡と理解不能な「音」を発していた。
突如、「それ」が服をはだけた。身体中に巻き付けられた爆薬を目にし、思わずわたしは手にしたナイフを取り落とす。
次の瞬間、人間爆弾が弾け飛んだ。
位階最高位、10=1 イプシシマス。肉体を持つ者は到達できぬ、神の領域。唯一の到達方法は自らの肉体からの解放。
「死」だった。




