苦労人の魔王様
「魔王様っ!勇者が…勇者が来ました!」
「そうか……やっと解放されるのだな。」
◇
悪は必ず正義の前に滅びる。
どの時代でもこれが世の理で、正しき理を体現した者すなわち勇者によって、邪悪とみられた者は消滅する。
こうして正しき光が世界を照らし、悪しき陰が消え、祝福が世界を覆う。
自分もその理に則った者なのだろう。
事実、私の前に光迸る聖剣を掲げた女剣士が立っている。
「勇者…か。一応聞いておこう。汝、我に従うのであれば世界の半分をくれてやろう。どうだ?」
「そんなものは要らないっ!私が望むのは、魔王無き平和な世界だ!!」
「ふぅ…ならさっさと殺せ。ほれ、わしは何もせんよ。」
「え?――――いや…そ、そうやって私たち人間を陥れてきたのは知っている!そんな簡単な手に引っ掛かるもんかっ!」
「ふむ、そうか…ならどうすればわしを殺してくれるのだ?」
「えっ?………な、ならっ、わ、私と正々堂々と戦えっ!」
「分かった…勇者の力量を図るのも魔王たるわしの仕事だ。本気でかかってこいっ!」
◇
「はぁ……はぁっ……やっと、勝てた…。」
「よく頑張ったな、勇者よ。さぁ、我を勇者の名の下に葬るがいい。」
思い返せば短い魔王だったと思う。魔王を始めて何百年…先代魔王がやられたことによって壊滅的な状態になった我が国を、どうにか立て直し、不平や不満が出にくいように税率や給料配分を細かく調整して、全く仕事ができない部下を指導しながら書類仕事をし、国民のために祭りの企画・運営、それが終わり次第すぐに仕事……。
そんな何百年間ずっと仕事しかない日々から、やっと解放される今日。来世があるならば、人間になるのも良さそうだ。
「……どうした?何を躊躇っているのだ?」
「あ、いや……えっと~、一つお伺いしても?」
「別に構わん。」
「あ~、たぶん失礼なことなんですけど、どうして魔王なのにそれほど死にたがってるんですか?」
なるほど、どうやら第三者の眼でみると、わしは死にたがっているように見えるらしい。まぁ、あながち間違いでないかもしれぬな。
ここで日頃の鬱憤や仕事の内容、頼れぬ部下達について話すのも悪くないだろう。
「それはな…………
◇
――――ということがあったからだな。そんな日々を過ごすぐらいなら死んだほうが楽と思わないか?」
「えっ?あ、はい……そうですね、魔王がまさか国王よりも多忙の身でしたとは……」
しまった。これはまずいな……勇者が若干引きつつ、同情している。ほんとうに殺してくれぬかもしれん。
「まぁ、あれだ。こんな辛い日々から助けると思ってだな、その、ひとおもいに―――」
「分っかりました!!人間代表の勇者ことアンルシア=カーティスが魔王であるあなたに、自由な生活を送れるようにさせますっ!」
「あ?……あ、いや、だからあの、殺してくれればそれでい――」
「大丈夫です!心配は要りません!私はやると言ったら必ずやる人ですから!」
だめだ、この勇者……とんでもなくバカだ。