ハッピーライフ
天スクこと天才スクランブルは、夕方6時頃から放送している子供番組だ。
番組を語る上で、外せないのが、『スクランブルミュージック』という音楽コーナー。簡単に説明すれば、スクランブルキッズたちが歌うコーナーではあるが、子供番組だと侮ることなかれ。PVにしろ、衣装にしろ、本格的な内容となっている。また、洋楽・邦楽カバーの他に、このコーナーのためだけに書き下ろした曲もある。歌う人数は曲によって違う。10人くらいの大所帯で歌う曲もあれば、一人、つまりソロで歌う曲もある。
年間の曲数は、昔は15曲ぐらいであったが、番組の方針で半分に減らされたり、固定ユニットや選抜したキッズのみしか歌えない時代もあった。現在では、曲数が8曲前後で全員が歌えるようになった。ただ、人数が多いので、ソロで歌えるのは1人か2人。しかも、ここ数年は‘ソロを歌ったキッズは卒業’ということが何故か定着している。ソロを歌ったキッズのファンにしてみたら、嬉しさと卒業の悲しさが入り混じっているという。
小牧もそんな思いをするのではないか、と思うようになってきた。
年が明け、本年度終了まで3か月。ファンの間では、この3学期の放送で、卒業するか残留するか、予想する者が多い。残留するキッズの特徴としては、生放送やトークコーナーで仕切ることが多くなった。主に、中1のキッズに多い。卒業の特徴としては、至る場面で目立つことが多くなってきた。ドラマで主役を演じたり、『スクランブルミュージック』でソロを歌ったら、確実に卒業だ。
今年度『スクランブルミュージック』で歌ってないキッズは、小牧の推しキッズを含めると、3人。そのうちの2人は、中2。最後に卒業ソングとして、2人で歌うのではないか、と大多数の天スクは予想している。そう考えると、今月は、推しキッズのソロと考えるが、ユニットとして歌う可能性も捨てきれない。
小牧は、迷っていた。推しキッズのソロは見たい。けど、ソロだったら…学年が中1であることを考えると卒業確実だ。
ソロを歌うと卒業、とはいつからこうなったのか。記憶している限り、曲数は多かった時代は、ソロを歌っても卒業とは言われなかった(当時は、人数が今より少なかったことも関係しているが)。とあるファンブログに、『昔は年間で4~5人ほどソロを歌っているが、卒業したキッズは1~2名ほどだ』と書いてあった。今のようになってしまったのは、人数が増えたこと、曲数が少なくなったことで、ソロは卒業するキッズに歌わせようと、番組サイドが考えているのではないか。
小牧のモヤモヤは積もるばかり。
3学期最初の本放送。今日は、スタジオに全員集合。今年の抱負を書き初めで発表してる。推しキッズは『後輩に優しく』と書いてある。後輩とは、スクランブルキッズではなくて、中学校のことだろう。キッズたちは、テレビに出ているとはいえ、普段は小学校や中学校に通っている。以前、生放送で推しキッズは吹奏楽部に所属している、と言ってたな。
そうこうしている内に、『スクランブルミュージック』のコーナーが来た。
「待ってました…」
小牧は、前のめりの姿勢になって、テレビを見た。
映っていた映像は、とある川べりに立っている推しキッズだった。これまでの思い出を歌っている。新人の頃から、今年度の夏ミュまでの映像もあり、推しキッズの天スクでの活動を振り返っているようだ。
小牧は複雑な思いだった。ソロは嬉しい…。嬉しいが、歌やPVからすると、卒業を意味しているのではないか。
ツイッターを開くと、小牧と同じことを思っている人が多数いた。
『この時期でソロってことは、○○は卒業確定かな?』
『3年在籍したんだから、もう充分だよな』
『来年のことを考えると、△△が残留する確率が高いからなぁ…』
小牧は悲しさのあまり、しばらくボーっとしてた。
小牧が、推しキッズを推すようになったのは、前の推しキッズが卒業したからだ。まだ、小4だった。来年も残留確実だろう、と言われていただけに、テレビ画面からその姿がなく、卒業と分かったときは、思わず泣いてしまった。
もう天スクなんて見ないぞ!
心の中でそう誓った。
だが、その誓いは、1日で破れた。
今の推しキッズに出会ったからだ。
かわいい顔をしているが、前の推しキッズに比べると、地味な顔立ちだった。
前の推しキッズと同学年であることも、小牧が気になっていた点だ。何故、番組はあの子を残留させずに、この子を新人で加入させたのか。
小牧は番組を楽しみつつ、その子を目でずっと追っていた。出番が少ないときでも、ずっと追っていた。
そして、ある時、気づいた。俺は、この子がお気に入りではないか。
小牧の新しい推しキッズが出来た瞬間だった。
推しキッズは3年目だが、顔立ちが地味なことと大人しい性格のせいなのか、目立つ場面が少ない。
3年間で1番目立ったのは、2年目の小6。田植えの企画で、全員が泥んこになったところだ。小牧は見ていて爆笑したと同時に、推しキッズは番組内で目立つだろう、と予想した。その予想は1年以上経った今でも当たらない。
現在、中学1年生は、男女合わせて6人。男子が2人(一人は夏ミュで主役を演じた)、女子が4人だ。今の中2は男女一人ずつ。リーダー候補の女子が2名いることから、ソロを歌わずとも推しキッズが残留するのは厳しい。
それを思うと、推しキッズがソロを歌って卒業するのは幸せなことではないか。小牧は、だんだん、そう思えるようになってきた。
小牧はツイッターを開いて呟いた。
『ソロで歌えて良かったです。もし、推しキッズが卒業しても、後悔しません!』
数分後。リプライが来ていた。
『ソロで歌っただけで卒業とは…信じられません。推しキッズが残留することを諦めているのですか』
何だ、このリプ。クソリプにはスルーしてるが、小牧は思わず返信する。
『諦めるのも何も、ここ数年は、ソロを経験すると卒業じゃないですか』
『そんなこと誰が決めた!』
『決めたのも何も、ここ数年このパターンです。番組サイドだって、ソロは卒業するキッズに歌わせようとしてますし』
『それはあなたの考えです。スタッフだって意図してないと思いますよ。あと、パターンだからって、今年も同じだとは限りません。違う可能性だってありますよ』
小牧は、ハッとした。
確かに、ここ数年ソロを歌ったら卒業というパターンが定着しているからって、今年は例年通りとは限らない。ソロを歌ったら、卒業確定とは誰が決めたことなのだ。ファンが思っているだけであって、公式なことではない。もしかしたら、番組サイドも今年は趣向を変え、‘卒業’と見せかけて‘残留’ということもある。
卒業か、残留か、来年度の本放送を楽しみにしてるよ。
『新年度の本放送が始まるまで、残留しているのを信じてます』
小牧は、いつの間にか元気になっていた。
年度が変わった。天スクも新年度に入る。
今年も、推しキッズが残留しているのか。小牧は朝からソワソワ。
友人たちからの誘いを断り、急いで家に帰る。録画をしているとはいえ、番組が始める前までに、夕飯を食べ終え、準備完了。
前の時間に放送されているアニメのエンディングテーマが流れた。緊張が最高潮に達する。
新しい年度の天才スクランブルが始まった。