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鏡のない世界  作者: 痛瀬河 病
7/16

普通の性癖

 庭園前までは、そもそも人など通らないので楽勝だった。

 庭園、ここからがミッションの本番である。

 俺は茂みに隠れ、辺りを見渡すが一見誰もいない。

 時間が時間なので誰もいなくても別段不思議はない。

 うちの校舎は少し変わっていて、職員室は二階にある。

下足箱は校門前だ。

距離で言えば、職員室の方が近いだろう。しかし、下足箱なら校内に入らずとも外回りで目的地まで行ける。

一見、下足箱の方がいいか? 

いや、外は運動部が片付けをしているところに、鉢合わせする可能性が十分にある。

職員室周りなら、文化部の部室も遠くて少ないか? でも、教師に勉強についての質問や掛宮みたいに提出物を出しに来る生徒の可能性も捨てきれん。

でも、そもそも職員室は入れ違いの可能性もある。

どうする? ぐずぐずしていると、掛宮が帰ってしまうかもしれない。

どっちだ? どっちが正解なんだ?

俺は究極の二択に襲われる。

しかし、この熟考のせいで背後に迫る人影に気が付けなかった。

「ねぇ、君、そんなところに(うずくま)ってどうしたんだい? お腹痛いの?」

 やばい、見つかった。

 俺は何とか誤魔化さなくてはと、後ろを振り返る。

 そこには俺の良く知る顔があった。

 クラスメイトにして美化委員の辻だった。

 俺は声を出すと、ばれてしまうので、大丈夫だと首を振って意思表示をする。

「そう、体調に問題がないなら良かった。君は見ない顔だけど、一年生かな?」

 俺は話を合わせておこうと、適当に頷く。

「立てるかい?」

 辻はそういって俺に手を差し伸べてくれる。

相変わらずの男前っぷりである。

「そろそろ、陽も暮れるし、一緒に校舎に戻ろうか?」

 これ以上ややこしくなっては堪らないと、俺は首を大きく振る。

「はっはっ、恥ずかしがり屋さんなのかな? 遠慮しなくていいよ。僕は辻 綾、君の一つ先輩さ」

 ぐっ、これ以上ねばると、怪しまれるか?

辻の押しの強さに負けて、俺は校舎まで一緒に歩くことになる。

こうなったら、辻を巻いた後に、ダッシュで職員室に向かうしかない。

「いやー、最後に肥料の片付けに残っていたんだけど、いいことはするもんだね」

 隣では辻が世間話をしている。俺は適当に相槌を打つ。

「だって、おかげで、こんな美人さんに会えたんだしね」

 美人だと思っているってことは、俺の正体には全く気が付いてないとみていいだろう。

 俺はとんでもないと言わんばかりに控えめに首を振る。

「いやいや、謙虚だなー、そんなところもますますグッドだよ」

 流石に褒められすぎて俺ははにかんでしまう。

「おっ、今の笑顔もいいね」

 俺は照れて小さく否定の意味を込めて手を顔の前で振る。

「あっ、今の仕草もいい」

「…………」

 流石に褒めすぎじゃね? それに辻ってこんなグイグイくる感じの奴だったっけ?

「ん? どうかしたの?」

 俺は訝しむような目で辻を見る。

 辻もこちらを無言で見つめ返すと、頬を上気させ様子が変わる。

 小さく舌なめずりをすると、その瞳の奥から妖しい光を放つ。

「……そんな目で見られると、もう我慢できないよ」


 -ドンッ


 俺は校舎手前の庭園のベンチに押し倒され、顎をクイッと持ち上げられる。

「どうして、君は一言も話してくれないんだい? 僕は君の声が聞きたいよ」

 なんだこいつ? なんだこいつ! なんだこいつ‼

「そうかい、どうしても話してくれないんなら、その唇は僕が貰っちゃおうかな」

 そういって、辻は顔をこちらに近づけてくる。

 俺は、その顔を手で押しのけ、顔を後ろにそらす。

「本当に恥ずかしがり屋さんだな。ちゃんと順序を踏んでほしいのかい? よし、わかった! 付き合おう」

 何が分かったんだ! クラスメイトがいかれてしまった。

 こいつ、俺が声を出せないのをいいことに、好き放題してるな。

「大丈夫。僕が、男以上に君をしっかりエスコートしてあげるから」

 肩を掴まれ、再度キスの体勢になる。

「君の心の棘を、僕が少しづつとって綺麗な百合にしてあげるからね」

 こいつ、百合が好きってそういう意味なのか? そういう意味だったのか?

 出来れば、卒業まで知りたくなかった。いや、一生知りたくなかったな。

 俺は必死に抵抗する。

「こーら、暴れないの、君は僕の一番の仔猫ちゃんにしてあげるから」

 おい! こいつ、それも複数に手を出してるぞ! そう言えば、美化委員って女子率がかなり高かったような。もしかして、もうこいつの手中なのでは?

 そんなことを考えていると、辻はその小さな油断を見逃さずに、ベンチに座っている状態の俺の(もも)に乗り肩を押さえつける。

 男女の力の差でも返せない状態になってしまった。

「最初は抵抗がある子もいるけど、絶対に後悔はさせないからね」

 辻の貼り付けたような笑顔がこわーい。

「さぁ」

 ここまでかと観念した時だった。

「ちょっと、待って」

 俺と辻は同時に声の方を見る。

「そいつは、知り合いなんだ、放してやってくれ」

 そこには、腕組みをして仁王立ちの掛宮がいた。

どうやら、制服に気が付いたらしい。

 威風堂々とはこのことで、毅然とした態度に辻もさすがに少し正気を取り戻す。

「これはこれは掛宮さん、君の知り合いだったのか、失敬失敬」

 辻は俺から降りると、掛宮を正面に見据える。

 俺は逃げるように掛宮の背中に隠れる。俺はヒロインか何かか?

「ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだ。君があまりにも魅力的だったから、良かったら、その子の名前を教えてくれないか?」

 声をだせない俺の代わりに、掛宮が答える。

「ツッキーっていうんだ。可愛いだろ?」

 俺は余計な情報を与えるなと、掛宮の袖を引く。

「あぁ、素敵な名前だ……ところで、これだけは聞いておきたいんだが、ツッキーは掛宮さんの何なんだい?」

 この問いには、すぐに思いつかなかったのか、掛宮が狼狽える。

「えっと、そのだな…うーんっと」

 その様子を見て、辻は掛宮を手で制す。

 そして、得心がいったような顔をして話す。

「いや、もういいよ。その様子を見ていたらわかったよ。君も大っぴらに出来ない事なんだろ?」

 おい、こいつ掛宮も同性愛者と勘違いしてないか?

 掛宮はその言葉を聞いて、こちらも何か得心がいった様な顔をする。

「あぁ、(人物画のことは大っぴらに出来ないから)その通りだぜ」

 こっちも勘違いしてるー!

「大事な(恋人としての)パートナーってことか」

「まぁ、(絵のモデルの)パートナーって言えば、パートナーかな」

 おい、どんだけ話ややこしくしてるんだよ。

 なんか、世界一残念な協奏曲奏でてるぞ。

 辻は顔を片手で多い、不敵に笑う。

「ふふふっ、僕は負けないよ。例え相手が、クラスメイトや新御三家だろうとね」

 なんか、ライバル視されてるぞ。

 新御三家相手に引かずに、戦う意志見せるって半端ないな。

「おっ、おう?」

 お前は適当に返事するな。

くそ、こんなに声が出せないのが、もどかしいとは思わなかった。

辻は乱れた衣服を軽く着直すと、俺に向かってウインクをする。

「じゃあね、ツッキー。きっと君を手に入れて見せるからね」

 そのおぞましき捨て台詞とともに、辻は俺たちを横切って校舎の方へ消えていった。

「なんだ、あいつ?」

 状況を完全に把握できてない掛宮は、困惑した顔をする。

 状況を完全に把握できている俺も、困惑した顔をする。

 誰も幸せにならない世界の出来上がりだな。




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