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鏡のない世界  作者: 痛瀬河 病
2/16

世界の普通の歴史

 ようやく新しい下足箱の位置にも慣れ、履きなれた上履きに足を通し、踵を入れるために少し屈んだところで腰をポンポンと軽く叩かれる。


「はよーッス」


 よく知ってる友人だ。

 小学生の頃から合わせて、十年も同じ調子の声のかけ方なので、間違うはずもない。

 俺も十年間変わることのない、気取った調子で前髪をかきあげて挨拶を返すのだ。

「おはよう、春菊(しゅんぎく)

「おう、朝から爽やかだな」

 この長身の男の名前は、井上(いのうえ) (きく)(はる)。春菊とは俺だけが使ってる彼のあだ名だ。

 顔は、悪くないはずだが、ところどころ跳ねた無頓着な髪形と、子供っぽさが全体の締まりを悪くしてるように思える。

 登校時間が同じようなので、よく朝は昇降口あたりで合うことが多い。

 春菊は目の前に迫った中間テストについて嘆いている。


「あぁ、もうすぐテストかよ。いっそ俺たちのクラスが『殿堂入り』でもしてくれたらテストなんて無視できるんだけどなー」


 あまりに頓狂な望みに、少々呆れた声が出る。

「あんな制度、もう十年近く使われてないだろ。それどころか、むしろあれはテスト頑張らないと、施行してもらえないよ」

 伝統ある我が校には、ある特殊な制度がある。

 それが『殿堂入り』色々な機関に顔が利く我が校は、その年、学園全体の質を高めてくれた非常に優秀なクラスは『殿堂入り』と言う名誉ある刻印を貰う。

 それを貰うことで、全ての進路へのフリーパス券に近いものになる。

 もちろん入った後も好待遇は必至だ。

 だが、今言ったように十年近く使われていない制度だ。

 春菊も冗談半分で言っただけで、すぐに別の話題に移る。

 二人で、今日の授業の内容などを話していると、見慣れた教室が見えてくる。

 俺と春菊は教室に入ると、開口一番に、クラス全体に聞こえるぐらいの調子で挨拶をする。


「おはよう!」「はよーッス」


 その挨拶の声で、いくらかのクラスメイトがこちらを振り返り挨拶を返してくれる。


「秋篠君、おはよ~」「秋篠、はよー。今日もかっこいいな」「オッス、秋篠。相変わらずイケメンだな」「おはよう。朝からオーラ放ってるね」

 

「おいおい、俺もいるぜー」

 春菊がおどけた調子で肩を落とすと、ドッと笑いが起こる。

このクラスでは、よくある朝のノリだったりする。

 俺はいつもの賞賛を全身で浴びつつ、教室の後ろの方にある自分の机に行き、腰を下ろす。

 そうすると、いつものように隣のクラスメイトと目が合う。

「おはよう、秋篠君。朝から元気そうだね。一限の世界史の宿題はやってきた?」

 隣の席の(たちばな) ()(すみ)が声を掛けてきてくれる。

「おはよう、橘。俺はいつも元気だよ。そして、勿論やってきた」

 彼女は、高校からの編入組で、一年の頃から同じクラスで、席も隣になることが多かったため、よく話すようになった。

 長髪の金髪、その長い髪の奥から覗く底の見えない紅眼に加え、活発そうな釣り目から最初は圧倒された。

 まるで、大昔の吸血鬼だ。確かに吸血人は、あまり髪や目の色に統一性がないけれど、この取り合わせは珍しい。

しかし、話してみると、意外と物腰は柔らかく、体を動かすより、部屋にこもって読書でもしていたいというタイプで二度驚いた。

顔は、間違いなくクラスでもトップクラスだとは思う。狙ってる男子も多いのではないだろうか?

「私、世界史ってちょっと苦手」

「まぁ、大昔の話をいつまでも繰り返すから、退屈ではあるな」

 うちの学校だけじゃないが、うちを含め、伝統がある学校などは特に、世界史は吸血人が生態系のトップに立った瞬間ばかりを重点的にやることが多いので、学生からしたら、小学校の頃より何度も繰り返してるように感じる。(実際は、少しずつ詳しく補足していく形になるが)

「うん、それもあるけど、なんだか血生臭くって」

「歴史なんて、ほとんどは争いの話ばかりだよ」

 その中でも、吸血人誕生の経緯は、かなり血生臭いのは認めるけどね。

 それを聞いて、橘は苦笑した。

「そうだね」

 



「それじゃあ、秋篠くーん。宿題でまとめてきた範囲を立って発表してもらえるかなー?」

 世界史の教師の織部(おりべ)が、ニコニコしながら、俺を名指しする。この教師が、俺ばかりよくあてるのは気のせいではないだろう。

 青みがかった黒髪に、可愛い八重歯、ネコ目に、猫なで声、何となく全体的に猫っぽい人だ。

 宿題は終わらせてあるので、慌てることはないが、一限目から織部の相手をしなくてはならないとは、運が悪いなと思い心の中で舌打ちをする。

 隣の橘もご愁傷様という顔をする。


「今から五百年前、この地球には私達の近縁種にあたるヒト科、人間、学名ホモサピエンスと言われる動物が生態系のトップに立っていました。


 彼らはとても危険で、あのまま放置しておけば確実に地球を滅ぼしていました。


 私たちの祖先もこの頃から存在はしていましたが、人間に比べ、圧倒的に数が少なく、地下や廃墟に隠れ住むように生きていました。


 そして、人間の数が百億を超えたとき、世界各国で表向きには認めませんでしたが、数減らしのための政策の一つとして、安楽死、死にたいものの死を認めることが認可されました。


 隠れ住んでいた吸血鬼は、この政策に付け込み、大量の血と兵隊を確保しました。

 兵隊を一億に増やし、自分たちを存分に強化した後、最初は島国であり、それなりの権力を有していた日本、イギリスを中心に吸血人たちは近い方に集結し、無事占領。


 次に、交渉を引き延ばしながら、核保有国を占拠していきました。

 そこから、戦争を三十年にわたり繰り返し、ついに世界の全支配権は吸血人にわたりました。


 支配が終わった後、残った人間は、時間をかけ政策の末、吸血人化人間以外は滅ぼしました。この時、殺し方に人道的でない行為も、多々見られ我々の負の歴史として顧みなくてはなりません。   


 ~中略~


 また、吸血鬼とは人間がつけた名前であり、鬼という物騒な文字も入ってるため、日本では吸血人か日本人と呼称されることが多くなりました。また、海外でもヴァンパイア、ドラキュラという名称はあまり好まれず、海外では国名を頭に着けて○○人と呼ぶのがベターなようですね。

 

 発端である日本、イギリスで特に高い功績を収め、自分の命を顧みず、必要以上の血を体に取り込み生物の限界を超えた力を手にした吸血人は日本では、御三家、イギリスではビックファイブと呼ばれ、現存する始まりの吸血人として国内外で今でも高い注目を集めています」


発表が終わり、息を吐くと、クラスから拍手をもらう。

 織部は体をくねらせながら、発表の感想を述べた。

「あーん、超カッコいい。素晴らしかったよー、ほぼ百点の内容だよー。しいていえば、歴史オタクの先生からすると、政策に付け込んだところを、もう少し掘り下げて欲しかったぐらいかな?」

 織部は人差し指を下唇にあて、可愛く首をかしげる。

この教師は、完全に趣味と仕事が合致しているタイプで、彼女を納得させる提出物や回答を出すのは非常に難しく、俺も他の生徒も大変苦労している。

織部は、萌え袖気味な(歴史教師なのに)白衣の袖から、ビシッと指を出すと、その指で俺を指す。

「そして、なんと! 先ほどの発表でも言った、御三家の中の一つ秋篠家の末裔が、彼、秋篠逸鬼くんです! ねぇ、すごくない? 超玉の輿だよ! 先生、結婚したいなぁー」

 はしゃいでる織部に、生徒たちの反応は冷たい。一言で表すなら「あぁ、またいつものか」と言った空気だ。

 生徒に求婚するのが、恒例になってる教師はいくらなんでもヤバいので、そろそろ教育委員会の出番かもしれない。

 この空気になると、俺も恒例の問答をしなくては収まらなくなる。

「いや、御三家と言っても、秋篠は旧御三家になってますし、昔ほどの力はありませんよ?」

「知ってる、知ってるよー。世界中で問題視された、核の処理を一手に引き受けたのが新御三家だよね! でも、先生、旧って言い方がよくないなぁーって思うの。どっちも凄いことには変わらないんだから、新旧は失礼だよねー。旧御三家の秋篠、清滝、帝巣に新御三家の掛宮、芭明日、岡藤、合わせて六大とかにすればいいのに。今度、政府に苦情入れに行こうかなぁ」

 流石に、母校から逮捕者は出したくないので全力で止めておいた。

 それでも、織部の話は止まらない。

「先生、このクラス受け持ち出来きてよかった~。御三家が二人もいるんだよ? 凄くない? 流石、伝統校は違うわね~」

 こんな感じで、織部の授業の半分を消費したりすることも、しばしばだ。




 授業が終わると、春菊が近づいてくる。

「相変わらず、大変だったな」

 流石の俺も、疲労の色が隠せない。

「全くだ」

「その上、あの人のテスト、難易度高くてやばいんだよなぁ。結局、吸血人化した人たちってどうなったんだっけ?」

 どうやら、春菊は授業の内容を詳しく聞きたかったらしい。

「あぁ、そこか。確か結局、ほとんど滅んだんじゃなかったか? 吸血人化した人間って寿命が極端に減るらしいし、子孫残す前に滅んだんだろ」

「そういえば、なんか、そんな感じだったなぁ」

 彼は、頭に手をやり、唸りながら記憶を取り戻そうとしている。

 それを見ていた橘が思わず笑みをこぼした。

「ふふっ、井上君、次のテスト大丈夫?」

「大丈夫だ、橘。いざとなったら、山を張るさ」

「それは大丈夫じゃない時だな」

 俺は呆れながら、またテスト前に勉強を見てやらなきゃダメだなと、ひっそりと覚悟を決めた。


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