表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡のない世界  作者: 痛瀬河 病
11/16

普通の俺にできる特別なこと

 俺は、気を紛らわせる為に、というより頭を使いたくなかったので、いつも習慣から湖で掛宮のモデルになっていた。

 俺が来てから、掛宮は一言も言わずに書き始めた。

 それから、五分もたったない時、掛宮はペンをおいた。

「あー、もう、やめだ、やめ。いきなり死人のような顔で現れたかと思えば、全身から覇気がねぇ。これ以上ブサイクに描かれてぇのか?」

 掛宮はボリボリと頭を掻くと、ギロリと睨む。

「何があったか知らねえし、興味もないが、今日はもう帰れ。そして、その面直るまでしばらく来なくていいぞ」


 この言葉は存外こたえた。


 お前は役立たずだと、そう言われたのだ。

 

 心の支えが折れそうになる。

 

 ここでも捨てられたら、俺には何が残るんだ? なんの役に立っている? もしくはどんな存在価値がある?


 気を紛らわせるため? 頭を使いたくないから? いつもの習慣?


 誤魔化すなよ。


 最後の寄る辺だったんだろ? ここでなら、まだ存在価値があると思ったんだろ?


 でも、帰ったって俺に何が出来るんだ?

 原因もわからない事態に首を突っ込むなんて、問題文の書いてないテストの答えを探すようなもんだ。

 となれば、どちらかに聞かねばならない。


 伊波のグループか橘本人に。


 伊波のグループは俺と橘が仲のいいことを知っている。それを聞くってことは解決に動いているという証拠で、決していい顔はしないし、教えてもくれないだろう。

 

 橘はもっと難しい。俺に迷惑をかけまいと、意地でも口を割らないだろう。

 ああ見えて頑固の塊みたいなやつだ。

  

 いっその事、教室の真ん中で「橘のどこがブスだー!」と叫べれば気持ちいいかもしれないが、そんな度胸もなければ、成功もしない。

 この世界では、一人の正しさなんて多くの正しさに揉み消されてしまうのだ。

 例えば、俺が一人、橘の美しさを叫んだところで、伊波というクラスの中心がブスだと言えばそれはブスになる。

 特に、容姿という、自分の定規を持てないものは顕著だ。


 俺は目の前の掛宮を見つめる。

 こいつが例外なのだ。

 一が全に勝つ可能性のある女。

 口に出してなんて、絶対言わないが、俺の憧れ。


 そこまで考えて、口から甘えがこぼれそうになる。

 掛宮なら、掛宮なら何とかしてくれるのでは?


 俺は唇を思いっきり噛み締める。

 口の中に血の味が広がる。

 俺は掛宮に無言で頭を下げ、その場を去った。

 これが、最後の抵抗。

 窮鼠の抵抗。

 ここで掛宮に助けを求めるようなら、俺は掛宮を憧れることすらおこがましくなってしまう。




 俺には何が出来る? 

 橘のために何が出来るんだ?

 俺は家に戻ってから布団に着くまで、そのことばかりを考えていた。




「坊ちゃま、お目覚めの時間ですよ」

 気付けば、朝になっていた。

 どうやら、考えながら寝てしまったらしい。

「おはよう、じいや」

 いつもの変わらない朝の日課を済ませ、登校の準備をする。

(とにかく、まずは原因を突き止めなくては)

 兎にも角にも、まずはこれしかないだろう思う。

 俺は、俺の不用意な発言のせいで訪れた、空前のパンブームにも頭を悩ませながら、ロールパンを口に放り込む。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ