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鏡のない世界  作者: 痛瀬河 病
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これが普通の朝

久々の連載小説になりますが、頑張ります!

 俺はカッコいい……らしい。


 面がいい、イケメン……らしい。


 確証はない。証明はできない。保証もできない。

 何故、こうもスキャンダルを起こして辞任前の政治家のごとく歯切れが悪いのかというと、簡単なことだ、俺は自分の顔を見たことがないのだ。

 やはり、俺としては、どれだけ偉い学者や尊敬する親の言葉だったとしても、自分の目で見るまでは自信を持って断言したくはないのだ。

 だが、なにも俺が特別なのではない。

 この世界じゃ自分の面を正確に把握している奴なんていない。

 普通のことだ。

 みんな、周りの反応や言葉を頼りに自分の容姿に大体のあたりをつける。

 そして、イケメン、フツメン、ブサメンの括りに自分を当てはめ、その中で許される範囲内の行動をする。

 それが当たり前。

 そんな世の中に、誰も疑問になんて思ってやしない。


 いや、もしかしたら誰しもが本当は心の隅で、自分の本当の容姿を気にしているんだろうか?


 周りの意見じゃなく、自分の目で自分を採点したいと思っているのだろうか?


 出来ないことは知ってるが、それでも自分の目で確かめてみたいと、そう思えるレベルの願いではある。


 だって、おかしいだろ?


 周りの意見や行動にばかりをうかがって、その反応から自分を決めて、決められた通りに行動するなんて、まるで演劇だ。


人形だ。


 正しさや間違いは、個々が持っているものだ。

 みんなには、みんなの正しさと間違いがあるのだろう。

 だから、カッコいいと言ってくれている家族や友人を疑うわけではない。


 自分で、自分の価値を測りたいだけなのだ。


 と、講釈を垂れてみたものの、現実はそんなに甘くない。

 いつだって、周りの目は気になるし、自分の正しさより、みんなの正しさを優先してしまう。でも、だからこそ自分の正確な面が分かって自分の価値を自分で測れたら何かが変わるんではないかと期待してしまう。


あと、そうだな、あれだけ褒めてくれるのだ、どれだけカッコいいかも気になるではないか。

 ここまで考えて、俺は俺に生まれたことを後悔した。

だって、俺は俺の顔が拝めないのだから。




 眠気を誘う春の暖かさが気持ちの良い、爽やかな朝。

 暁を忘れ、頭まで布団を被ろうと、両手で掴んで手繰り寄せようとした時だった。

「坊ちゃま、お目覚めの時間ですよ」

 まるで見計らったように、じいやはベットの脇で、俺に優しく声をかけてくる。

「……坊ちゃまは、やめてくれといつも言ってるだろ」

 俺は、もう何度目かわからない意味のない抗議をする。

「そうでしたな。では、(いつ)()様が高校をご卒業された暁には、若旦那様とお呼びいたしましょう」

 この返しも、いつものことだ。

「あと二年か、随分と長いな」

 俺はここまでの会話で、ようやく頭を目覚めさせ、布団からの脱出に成功するのだ。

 俺はじいやを連れ立って寝室から出ると、顔を洗う為、洗面台のある部屋に足を運んだ。


 蛇口を捻り、手に触れた水の冷たさに少し身構えながら、両手にためた水に顔をつける。

 それを数度繰り返すと、後ろに立っていたじいやがタオルを差し出してくれる。

 フレグランスの香るタオルで顔を拭き、両手で自分の顔の形を確かめる。

正面を見つめると、そこには光沢のある黒い大理石の壁があり、俺の背後の壁に埋め込まれた鮮やかなステンドグラス()()を映し出していた。

 今でも、昔ながらの建築法に倣っているところは、洗面台に鏡をつけているところもあるらしいが、何の意味があるんだか。

「……いつも通りだな」

 小声で言ったつもりだったが、後ろで俺の髪をセットしてくれていたじいやの耳にはまだまだ、しっかりと届いていたようだ。

「はい、特にステンドグラスを変えたりはしておりませんが、ご希望が何かおありで?」

 だが、耳に言葉が届いても、その意図まで正確に読み取れるとは限らない。

「いや、大丈夫だ。あのステンドグラスは割と気に入っている」

 俺は顔を拭いたタオルをじいやに渡すと、朝食をとるため食堂に向かう。


 扉の前で朝食を運んできた給仕たちに軽く挨拶をし、中に入る。

「おはようございます」

 先に食堂に着いていた両親と妹に朝の挨拶をする。

「おう、おはようさん」

「おはようございます、逸鬼さん」

「おはようございます、お兄様。今日も凛々しいですね」

 俺の挨拶に口々に挨拶を返す。

 全員が揃ったところで、給仕が炊き立ての米をよそい、温かい味噌汁を注いでく。

味に不満はないが、あまりにも見慣れた光景に、俺は味噌汁に口をつけながら、つい愚痴がこぼれる。

「……こんな、こてこての洋館に住んでるのに、いっつも朝は米だよな」

 別に米が嫌いなわけではないが、たまにはパンが食べたくなる気持ちもわかってほしい。

「何言ってるんだ。日本人の朝は米に決まってるだろ」

 父は理解出来ないといった具合にジト目になり、俺を軽くにらむ。

「でも、お父様、私もたまには朝にパンを食べたいわ」

「豊口君、明日はパンを用意してくれるか」

 目にもとまらぬ速さで手の平を返し、給仕の一人に明日の準備を頼む。

 父が妹の()()に甘いのはいつものことだ。

 美鬼もそれが分かっているようで、俺にだけ見えるように舌を出す。

 美鬼は俺の肩を持つことが多いので、結局まわりまわって俺の意見が通ってしまうのは、いつものパターンだ。

「そう言えば、二人とも学年が上がったばかりですけど、クラスには馴染めましたか?」

 マイペースな母が話題を変え、俺と美鬼はそれに答える。

「美鬼は、学年が上がったと言っても、クラス替えはなかったので、何も問題はありませんよ」

「俺も特に問題はないです」

 一年生ならまだしも、俺は高校二年、美鬼は中学三年だ。

いい加減学校にも慣れた。

「あらあら、そう?」

 母は手を頬に添え、首を傾げる。

「はっはっはっ、頼もしいな。それでこそ我が秋篠家の人間だ」

 父が快活な笑顔と、いつも通りのお家の誇りを口にする。

 我が家の朝は大体こんな感じだ。




 朝食を取り終え、身支度を整えると、俺と美鬼は玄関口で父とメイド、執事たちに見送られる。

「よし! いってこい、家名と鬼の名に恥じぬようにな」

 豪快と言えば聞こえはいいが、朝からこのテンションはきついものがある。

 表に止めてある車に乗り込むと、美鬼は俺にだけ聞こえる声で呟いた。

「私、お父様には悪いですけど、この名前あまり好きじゃないです。

……鬼なんて」

美鬼が少し顔に陰りを見せる。

美鬼の言いたいことは、俺もよくわかる。

今時、鬼なんて名前つけているのは、うちくらいのものだろう。

だが、あまり父を責めるのも可哀想なので、フォローしておくことにする。

「まぁ、そう言うな。父は古い考え方をする人なんだ。未だに、家の中じゃ吸血人のことを吸血鬼と言うしな」

 俺は家以外で、()()()()()()()を吸血鬼なんて読んでいる人を見たことがない。

「それは、私も心配になりました。お外で言っていらっしゃらないかしら?」

 美鬼は、本当に心配そうに頬に手を当て、上目遣いで俺を見つめる。

「その辺は、大丈夫だろう。大胆なようで、繊細な一面もしっかりと持っている人だ」

 あの人は、そういった点では心配するだけ無駄だ。

「それよりも美鬼、自分の名前をあまり恥じるものじゃないよ。俺はその名前、素敵だと思うぞ。強く、美しい吸血人になりなさいと意味が込められているんだ」

 朝から、あまり気を落とすものではないと思い、精一杯のフォローをしてみたが効果はあっただろうか?

 美鬼は、顔をパァァァっと明るくし、指を胸の前で組んでいる。

「……お兄様!」

 どうやら、成功のようだ。

 身内の曇った顔を見ずに済んで良かった。




 朝の雑多な校門の前に車を止め、じいやが後部座席のドアを開けてくれる。

 俺と美鬼はエスカレーター式の同じ学校なのだが、高等部と中等部は校舎が離れていて、校門も離れている。

 立地の問題で、いつも俺が先に降りることになる。

「では、お兄様お気をつけて」

 美鬼は、車の中から小さく手を振っている。

「あぁ、お前もな」

 車の前に立っているじいやにも、軽く声をかけ俺は校舎の中に入っていく。

 流石に、じいやは学校に連れていかないぞ?



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