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「どこかへ行かれる途中だったんですか。」
自分で発した音のくせに、どことなくひんやりとしているように聞こえるというのも妙なものだ。しかも、それが分かると同時に後悔するのだから世話がない。興味がないのなら最初から聞かなければいいのにと思う。思うけれど、こんな見ず知らずの男に親切にも絆創膏を与え、あまつさえその貼り方にアドバイスまでもくれるような心優しい女性からのレスポンスで続いた会話をこちらから打ち切ることが出来ようか。仮にそんなことが出来る野郎がいるとすれば、そいつはよっぽどだ。この世のすべての親切心の上に胡座をかいているに違いない。それに比べれば、僕はその胡座野郎の玉座に甘んじる程度の対応だったと思う。
はっきり言うと、この冷たい物言いに後悔した。もっと語尾を上げて言えていれば、きっともう少し柔らかい印象になったのではなかろうか……。
「いえ、もう帰宅するところでした。」
僕の胸中など知りもしないだろうに、その気のない僕の質問に彼女が答えた。絆創膏をくれたときのあの優しげなトーンで、絆創膏の入ったポーチを大きな鞄に戻しながら、なんでもないことのように……天使かよ。
「あんまり天気が良いものですから、真っ直ぐ家に戻るのもなんだか勿体無いように思えて……。少し休憩していたんです。」
「ああ……。そういえば、これだけ晴れるのは久しぶりですかね?」
「ええ、ここのところ曇りの日が続いていましたから。昨日は特に気温が落ち着いていましたし、それはそれで良いものですが、心持ちでいうなら晴れの日が一番です。」
顔を凝視しないよう努める以上、そう話す彼女の手元に目がいくのは仕方がない。そんな風に内心開き直ってみせながら、僕は違和感の正体の糸口を掴んだ。彼女の大きな鞄の中に、折り畳み傘やらタオルやら入っているのをしかと見たのだ。
服装はラフ。大学構内の女子なんかに見られたら、すかさず女子トークの餌食にされそうだ。全員が全員そうじゃないだろうけれど、あの元交際相手あたりは間違いなく話題にするだろう。少なくとも交通機関を使って出掛けるような服装には見えない。絆創膏を持ち歩いているあたり女性らしいというか、女の子らしい人に見えるし……。おそらくコンビニかなんかに出掛けた帰りなのだろうと思うが、それにしても荷物が多い。
カツン、と、黒いピンヒールが横切った。
あれは踏まれると痛い奴だな、と思うと同時に我に返ったような気がした。人の鞄を盗み見るだけでは飽き足らず、服装から彼女の外出理由までも邪推するあたりもデリカシーに欠けるのだろうな。猛省しよう。