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結果として、水ぶくれになるほどの靴擦れはしていなかった。とはいえ少し赤くなっていたから、彼女の言葉と気遣いに甘えて絆創膏を頂戴することにした。もう随分と長いこと絆創膏を貼るような怪我なんてしていないせいか、包装紙を破る自分の手が少しぎこちなく感じる。なんというか、懐かしい。剥がしながら患部に巻きつけていく。おぼろげな経験則から指に貼る絆創膏は剥がれやすい気がして、きつめに巻きつけた。血液が渋滞し始めているような色になったなぁと思った途端に脈打つ感覚が生じたが、痛みを紛らわせるのにはちょうど良さそうだった。
「……あの、もう少し緩めて貼り直したほうがいいと思います。立って歩くと、きっともっと酷くなるでしょうから……。」
遠慮がちな声音であるのにもかかわらず肩が跳ねてしまったのは、それだけ予想外だったからだ。まさか見られていたとは、なんなら今も見られているなんて誰も思わないだろう。僕がそれだけ自意識過剰だとしたらもう生きづらくて仕方がないし、これまでの学生時代は嘘になりかねない。ともかく、せっかく忠告を受けたからには無下にはできまい。そうですよねなどとあたかも同意見であるかのように装って、指周りにそっと沿うようにして巻き直した。
「今は大丈夫でも、後になってぷくっとしてくることもありますから。どうぞお大事になさってくださいね。」
「あ、はい。ご親切にありがとうございます……。」
いいえ、と目を細め、口角を上げた彼女を見ていると、なんとなく違和感が浮かんできた。どこかで見かけたことがあるような既視感とかは全くないのに、どこか、なにかが引っかかる。なんだ……?どういう類の感覚かすら掴めないまま、掴めていないからこそなのか、彼女の顔を凝視してしまった。
視線というのはつくづく不思議なもので、自分がどこをどのくらい見るかというのが全く無意識に行われることがある。たとえば中学校時代。好きな子と目が合った回数を数え、もしやあの子も僕に少なからず好意を抱いているのではないかなどというなんとも微笑ましい期待を抱けば砕かれたあの日。相手からのアクションが無いと自分の視線の先に気付けないなんて恐ろしすぎる。何度も目が合うのは、それだけ僕があの子を見つめていたからに他ならない。あれは本当に何なんだろうな……。
「今日はお散歩ですか?」
僕の足元に目をやってから前を向き、それから僕に目を合わせて問うた彼女はなんとも優しそうな人だ。対して僕は、その彼女の視線の先が分かるくらいに見つめていた真っ赤な他人で、なんなら相当気持ち悪かったろう。中学時代を思い返して反省する。もうしない。
「散歩というか、ダ、いや、なんというか……。最近運動不足だなぁなんてふと思い立ちまして……。」
「そうでしたか。思い立ったが吉日、なんて言いますものね。」
「実際に吉日だったんでしょうけど、いかんせん考え無しに飛ばしすぎてしまいました。」
顔を見ないように見ないようにと意識していると、視線がなんとはなしに足元へ向かってしまうのも不思議なものだ。つい、ネガティブなことを口走ってしまった。取り繕おうとして、膝を伸ばして足を指差し、自嘲した。全くもって取り繕えてないなんてことは自覚したくない。
「今日は天気が良いですから。」
こんな日はどこへでも行けるような気にもなりますよね、そう肯定された後に聞こえた彼女の小さな笑い声は、きっとこの靴下の柄を目に入れる度に思い出されるのだろうなんて考えた。……悪くない。