モノローグ
ふとこれまでの自分の人生を思い返してみたが、人に話せるような面白い出来事はおろか、なにがなんでも話したくないというようなつらい出来事もなかった。小学校に入学する前のことはあまり覚えていないし、入学以降も入学以降でありふれた日々だったように思う。
ならば中学時代を回顧しようという発想は、安易というものだ。これは僕にとってパンドラの箱であるし、三年間あの学舎を共にしていた誰にとってもそうであろう。
であるならばと、思春期真っ盛りの頃はさておいて高校時代を振り返る。僕の記憶にある中では一番楽しい時間を過ごし、かつ人に笑顔を見せた機会が一番多かった時期だ。けれどもそれは同じクラスだった僕の友人のおかげであり、現在僕の周りにいる、あの彼を知らない僕のバイト仲間や大学の友人に、彼の武勇伝を面白可笑しく話す気にはなれない。
だから僕には、僕自身には、人を楽しませるようなことは出来ないのだ。
だというのに、今隣に座る彼女の目元や口元、その声すらもが明るく、朗らかで、まるで僕のつまらない考えを覆そうとしてでもいるように思えてしまうのだ。
この人は、そんな人ではない。彼女はきっと、こんな赤の他人の考えを覆そうだなんて面倒で手間のかかることはしない。ただ、今みたいにふっと微笑んで、たとえば笹舟を静かに川に流して見送るように、否定も肯定もしないまま、ただそっとしておいてくれる人だ。僕は、そんな彼女の、あらゆる物事に執着しないところが好きだ。