道場破りの鬼
「 頼もう。」
天神鬼道流道場に、また、道場破りが現れた。
風の吹くまま、気のむくまま、自由勝手な修行の旅であったので、
師範代の是非ともの勧めで、暫し逗留することとなった。
道場主を失った道場の先行きが心配で、師範代や門弟たちを
見守り、育てたい気持ちもあったが、それが、剛馬と鈴の魂を
供養する一番だと、思ったのである。
それにしても、最近、道場破りが多すぎる。
藩の剣術指南役推挙の話が出回っているせいであろう。
天下一とか、天下無双とか大層な名前を名乗った奴らは、
もはや師範代の敵ではなかった。
天真正伝香取神道流剣術の甲冑剣法「表之太刀」と、
素肌剣法「五行之太刀」を基盤に編み出された
天神鬼道流剣術の型を徹底的に溶解し、表と裏の技、
真の隠された決め技を移香斎に教え込まれた成果であった。
もちろん、あらゆる武術に共通する重要な秘伝、
正中線の取り方、丹田の練り方、呼吸の制し方、
目付のつけ方、間合いの取り方、拍子の取り方、
足の運び方、指の使い方、そして陣の心得などを
懇切丁寧に教え込まれた結果である。
陰流を興したものの、弟子がまだ一人もいない移香斎にとって、
流派は違えど、良い経験となったのも事実であった。
師範代は、師の四十九日を終えてから、
道場とともに、降魔斎の名も、引き継ぐこととなった。
しかし、今日の道場破りは、明らかに別格であった。
全身から漂う凄惨な気が、何人も葬った戦歴を告げていた。
これは、竹藪権兵衛先生の出番である。
二代目・降魔斎も、相手の技量を正確に読み取れるだけ、
進歩していたのであった。
「拙者、師範代の竹藪権兵衛である。降魔斎様と戦いたければ、
拙者に勝つことじゃ。いざ、尋常に勝負なり。」
移香斎は、門弟たちの手前、神妙な表情を作っていたが、
内心は、喜んでいた。
今日の相手は、只の道場破りではない。
殺しの技に長けた凄腕の刺客であると、看破した。
手にした平凡な棒が、どんな千変万化の技を繰り出すか、
ワクワクしていたのであった。
「南蛮鬼倒流棒術 羅刹で ござる。お手柔らかに。」
不気味で、低い声であった。
眼は笑うどころが、殺気を鋭く放射している。
並みの剣士なら、それだけで、蛇に睨まれたカエルであろう。
移香斎は、殺気を静かに受け流し、いつもの八方目で、
隠剣に構えた。
その構えに首をかしげたが、一瞬で、羅刹は、間合いを詰め、
石火の如く、突いてきた。
一呼吸で、上段、中段、下段の急所を正確に狙っている。
やはり、手練れだ。
移香斎は、すべて、木剣で柔らかく捌き、かわした。
羅刹の顔に、驚きの表情が現れた。
今まで、この初手で敵を倒してきたに違いない。
門弟たちには、今の攻防は、見ることができなかったほどだ。
羅刹は、今度は、片手で、棒の端を持ち、大きく振り回して、
打ち込み、移香斎の体勢を崩した後、両手で握りしめ、
脳天目掛けて、打ち降ろしてきた。
面落とし面打ちには、間合いが遠すぎたので受け流し、
お返しに脳天を打ちに行ったら、見事に両手で握った棒で
防御された。
それだけではない。
右足で、躊躇なく、移香斎の金的を蹴りにきたのである。
優れた反応速度と身体能力であった。
むざむざ、男の大事な物を潰される移香斎ではない。
体を捌いてかわしざま、低い姿勢になり、羅刹の右足の
蹴りの勢いを利用し、すくうようにして後ろ向きに
投げ飛ばした。
羅刹は、空中で、後ろ向きに一回転して、受け身を取った。
こやつ、忍びくずれか。
恐らく、棒の中に鉄芯を仕込んでいる。
技量もさることながら、一撃の重さが異常であった。
羅刹も、また、移香斎が、並みの剣士ではないことを
看破していた。名を隠した手練れだ。
活きの良い獲物を見つけて喜ぶ鬼神の如く、笑みを浮かべると、
遠い間合いから、猪の如く、しつこく金的を棒で突きにきた。
虚の攻撃であることはわかっていたが、大事な所であるので、
木剣で、叩き落とした。
羅刹は、叩き落とされた棒を道場の床板に着けて、
棒を両手で握り、猪突の勢いを殺さず、移香斎の頭を潰しに、
両足で、飛び蹴りに来た。
凄まじいほどの実の攻撃であった。
『こやつ、やはり忍びだな。』
移香斎は、感心しながら、かわした。
「権兵衛先生、頑張って下さい。」
門弟たちは、手に汗を握って、権兵衛先生を応援した。
必殺の蹴りがかわされ、羅刹の殺気が、極限まで跳ね上がった。
いよいよ本気で、仕留めに来る気らしい。
棒の持ち方を長持ちから、三等分するかのように持ちかえた。
左足を踏み出し、水月を突きにいく虚の攻撃をした後、
突いた方の反対の棒の端で、素早く、左の横面を打ちに来た。
移香斎が、難なくさばくと、更に、反対の棒の端で右の横面を
打ちに来た。
これも難なくさばくと、今度は、木剣に添うように棒をすべらせて、
移香斎の右小手を打ちに来た。
『こやつ、本格的に棒術を修行しておる。』
感心しながら、左手だけで木剣を握り、右手を離して
避けた隙をつき、含み針が、顔面に飛んで来た。
むざむざ、両目を潰されるような移香斎ではなかったが、
眼の上に針が数本浅く刺さり、眼を開けることが出来なくなった。
『 なかなかやるではないか。次の手は何かな。』
「南蛮鬼倒流棒術 奥義、 猛鬼崩山閃 」
視界を塞がれた状態で、移香斎は、とてつもなく速い
螺旋の光を感じ取っていた。
『これは、凄い。』
今までに、観たことがない光であった。
それも、そのはず、中国武術の纏絲剄を効かした
纏絲棍と言おうか、一撃必殺の突きであった。
『 これは、木剣でさばくには、ちとやっかいである。
木剣が弾き飛ばされ、ドテッパラに風穴が開くぞ。』
移香斎は、自ら木剣を捨て、両手でを同じく纏絲剄を効かせて、
柔らかく捌きながら、羅刹の懐に入り込み、両手の掌で
下腹部を打った。
偶然であったが、今の世の形意拳の十二形拳の虎拳の別法、
虎撲のようであった。
両手の指先で、羅刹の腹部をしっかり両側から押さえているから、
剄力が確実に内部に伝わった。
グハッ
羅刹が、その場に激しく、崩れ落ちたのを感じ取った。
移香斎の勝利であった。
「やったあ~。」「流石でござる。」
顔面の針を抜いて、眼に異常がないか確かめている移香斎の
周りに、門弟たちが駆け寄って来た。
「やりましたな。」
二代目・降魔斎も、近寄り、ねぎらいの声をかけてくれた時、
鬼神の如き強烈で禍々しい殺気を感じたので、その方向に
針を電光の如く、投げつけた。
羅刹が、意識を半ば失った状態で立ち上がり、手裏剣を
投げようとするところであった。
さながら、幽鬼であった。
門弟たちから、悲鳴が上がった。
移香斎の針は、右手のツボに見事に刺さったので、
手裏剣を落としたが、それでも、左手を動かそうとしていた。
『 この男は、生かして置いては危険である。
雇い主のことは、口が裂けてもしゃべるまい』
そう判断した移香斎は、スウッと近寄り、
針を羅刹の眉間に打ち込んだ。
チャクラが活性化した移香斎には、朝飯前であった。
ウッ
心の臓が停止し、完全に息の根が止まったことを
確認した。
「恐るべき手練れであった。
これからも、このような道場破りが現れるであろう。
皆の者、心して、修行に励むが良い。」
二代目・降魔斎が、最後に締めくくってくれた。