第1話
勝たなければいけない。そう思っていた。
勝つものは強い。負ける者は弱い。
そんなの誰でも理解できる。
だから、勝たなければいけない。
弱いのはダメだ。皆に馬鹿にされ、蔑まれ、嗤われる。そんなのは嫌だ。
絶対に、嫌だ。
それはつまり、勝たなければいけないということ。
イコール、負けたらダメということ。
だと思うから、戦った。精一杯戦って、本気を出した。痛くても辛くても苦しくても耐えた。柄にもなく。
なのに、結果は悲惨だった。全敗だった。ボロボロだった。
とても傷ついた。それでも最初は、まだ立ち上がるだけの気力があった。
何のこれしき、今度は負かしてやる、舐めるな――。
そうやって立ち上がった。でも結果は変わらなかった。負けてばかりだった。
負けしかなかった。
気付けば、戦うことを放棄していた。
戦場に立つのすら嫌になって、力を起こすのも嫌になって。
そうすると尚更、周りから引き離されていった。やはり周りからは、馬鹿にされ、蔑まれ、嗤われた。
悔しかった。悲しかった。頭にきた。
だけど、戦いの場に足を戻すのは嫌だった。
思えば、戦闘に恐怖を覚えたのは、この瞬間からだったのかもしれない。
×××
「なぁなぁこれ見た!? 王者決定戦一ヶ月後にやるんだってさ!」
目を丸くしながら楽しそうに騒ぐ少年。いや、少年というより『男の子』と表した方が適切か。
ともあれその少年の手は、チラシのようなものを掴んでいる。力を入れ過ぎているのか、掴んでいる上部はしわくちゃになってよれていた。
そのことに全く気付く様子のない少年は、興味津々に紙に書かれた文章を読んでいく。
「十月十日、午前八時から……延期の場合あり。雨天決行。誰でも参加OK! 予約は主催団体本部まで……。うあぁーっ、オレ絶対出る!」
「なになに? 見せろ見せろ~」
掴みどころがなく淡々とした、感情の抜けた声。その声は、少年の脇から発せられた。
伸びてきた手が、少年の持つ紙をひったくるようにして取る。そのひったくり犯もそこに書かれているものを食い入るように見つめ、ふんふんと頷いた。
「でもおまえ、誰と出るの?」
「そりゃ五木ちゃんに頼むしかないっしょ」
「ふ~ん……わたしもりっくんに話してみようかな~」
「マジで? うわ~、オマエと戦うことになったらどうしよ~」
「ふふ~ん、覚悟しておけ」
平坦な少女は、そう言って鼻を鳴らした。対して少年は唸っているが、その顔はどこか楽しそうでもあった。
そんな二人に、小柄な人影が近付いていく。その人影は、今は少女の手にある紙を背伸びして覗き込み、
「なに? これ」
「ん~? あぁ~、今度のデュオバトルについてだよ~」
答えたのは少女だった。
人影は「貸して」と許可を乞い、少女から紙を受け取る。そこに書かれている文字を読もうとするが、漢字ばかりで付いていけない。
「なんて書いてあるの?」
人影の問いに、少年と少女が交互に答えていく。大体の説明を終えると、人影は納得したように「なるほど~」と頷いた。
「出た~い!」
「でもこれデュオバトルだぞ? 一緒に戦ってくれる奴いんのか?」
人影の唐突な宣言に少年が眉をひそめると、
「いるよ! 正! 正を誘えばいいんだよ!」
「正ぃ? あぁアイツね……」
その名前には覚えがあるのか、そして嫌な思いでもあるのか、少年は吐き捨てるようにそう言った。
少年たちが盛り上がっている話題の中心、『デュオバトル』とは、二人一組になって戦う戦法のことだ。ちなみに一人で戦う場合は『ソロバトル』と呼ばれる。
ここでいう『バトル』とは、少年たちのようなごく普通の人間が、その身に宿る『力』を使って相手を倒す、そういった類のものだ。
この世界に生きる『ごく普通の人間』は、皆何かしらの『力』を持っている。それらは『属性』という形で細かく分類され、例を挙げると『炎属性』、『水属性』、『雷属性』など、様々な名前で分けることが出来る。それらはまとめて『力』と呼ばれている。
少年が口にした言葉――『王者決定戦』とは、参加者の中で一番強い者を決める、年に二回ほど行われる催しだ。その時によって戦法は異なり、主にソロバトルが使われるが、今回のようにデュオバトルが用いられることもある。
参加者は力を使って相手を倒し、勝ち上がっていく――見事頂点に上り詰めた二人が、『王者』として称えられることになるのだ。
「けど、オマエらが参加するとさぁ~……オレも結構キツイわけよ」
そう言って頭を掻く少年――ツバキは、青ぶち眼鏡の下の瞳をわずかに細めた。その仕草からは、焦りや戸惑いを感じ取ることができる。
「なに言ってんだよ~、おまえ強いじゃないかよ~」
「そうだよ! ツバキおにいちゃん強すぎてこっちが勝てないよ!」
やんわりとした口調で突っ込む少女は、名を真里という。ツバキの姉であるのだがどこか間の抜けた印象で、どちらかというとツバキの方が年上に見えてしまう。
真里とほぼ同時に声を上げたのは、きょうだいの末っ子、桜。困り顔で両の拳を握るその姿は、年齢より幼さを感じさせる。動きに合わせて、一つにまとめた長い髪が小さく揺れた。
「いやいや! 言っとくけどオレそんなに強いから!」
「いやいやいや、わたくしはあまり強くありませんのよ」
「いやいやいやいや、桜も全然強くないよ!」
お互いに謙遜し合うきょうだい三人。
そんな三人を、少し離れたところから見つめる瞳があった。
「…………」
その瞳は、暗い。
だが、暗いだけでない。悲しそうな、しかしその光景を懐かしむような、暗い中にも複雑な色が浮かんでいる。
暗い瞳の人間は、リビングにいる三人に気付かれないようにそこから離れると、家の外へと繋がる扉に手を掛けた。
それを押し開け、一歩踏み出す。鍵は持っていないから、掛けることはできない。だけど別に、大丈夫だろう。
人間は、先ほどのきょうだいの会話を思い出していた。
自分の妹と弟の会話を、思い出していた。
「(王者決定戦、デュオバトルか……)」
もう自分には関係ない。だからあいつらも、自分を会話に誘わなかったのだろう。
人間はため息をついた。ゆっくりと、足を動かす。
そういえばあいつらは、一緒に戦ってほしい人の話をしていた。
人間は考える。もし自分が、戦うとしたら――そんなことは絶対にないけれど、架空の話で、戦うとしたら――。
「一緒に戦ってほしい」と、言いたい人がいる。
「(まぁ、もう私は戦わないんだし……)」
そんな架空の話、実現するわけない。
だから外に出た意味も、今動いている足の意味も、本当は意味をなさない。
だけど人間は、ゆっくりと歩みを進めていた。
「一緒に戦ってほしい」人物の元へと。




