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落ち着かない夕食

 そのときわたしの目の前に差し出されたのは上に筒状の固形のチョコレートが乗ったチョコレートケーキだった。その脇には無数のチョコレートの欠片が散りばめられていた。


 母親は奈月と自分の物らしいケーキを持ち、ソファのところまで戻っていく。

 わたし一人だけ、別の場所で食べようとして子供じみたことをしたのかもしれない。

 拓馬はさらっとした口ざわりのケーキにフォークを入れる。欠片をフォークに刺すとわたしに差し出してきた。


「どうぞ」

「それは拓馬のじゃない」

「一口だけ」


 そのおいしそうに見えるケーキを食べたいという誘惑に負けてしまい、それを食べていた。


「おいしい?」


 拓馬の言葉に首を縦に振った。


「まだいる?」

「もういいよ。自分の分もあるし」


 食べたかったら自分で買えばいいし。そう思って自分のケーキに目を向ける。そのとき、電気の光を受けて輝いてる銀のフォークを見つける。その汚れのないフォークを見て、さっきは拓馬のフォークにそのままかぶりついてしまったことを思い出していた。


 わたしは自分のお皿に乗っているフォークを人差し指と親指でつまむと、拓馬に差し出そうとした。

 だが、わたしが代えると提案する前に、拓馬は残りのケーキを自分の口に運んでしまっていた。

 さっきわたしが食べたフォークで拓馬が食べているということは間接キス……。さっき振りだけでもキスされそうになったことを思い出し、顔が赤くなるのが分かった。


 拓馬はさっきと何ら代わりがない。

 普通好きな相手ならそれなりに意識してもおかしくはないと思うが、そんな素振りは皆無だった。

 彼の言う好きはどんな好きなんだろう。動物とかが好きという好きと同じ意味でわたしのことが好きなのかもしれない。

 そのとき、拓馬の手が止まる。そして、わたしを見た。


「まだ食べたかった? もう少し早くいってくれればよかったのに」

「違う」


 結局言い出せないまま、わたしは自分のフォークを使うことにした。



 母親が夜ごはんの準備を追えた頃、父親が帰ってきた。わたしは奈月と拓馬が言葉を交わすのを遠くから見ていた。

 わたしがいつもの席に座ろうとすると、奈月がリビングの隅に置いてある予備の椅子を持ってきていた。折りたたみ式なので、すわり心地は普通の椅子に比べると若干悪い。


「わたしがそれに座るよ」

「いいよ。お姉ちゃんの席はあそこ」


 奈月が指差したのはいつもわたしの座っている席だ。その隣には別の椅子がひとつ置いてある。いつもは奈月が座っている椅子だ。


 拓馬が母親に誘われ、奈月の椅子に座っているのを確認した。わたしはそこまで行くと、拓馬の隣に座る。わたしが拓馬と言葉を交わすまもなく、奈月と母親と父親が料理を並べてしまっていた。


 並んだメニューは鶏肉の甘辛煮に野菜のグリル、サラダにチーズグラタン、コンソメシープなど見ているだけでため息が出そうなものが並んでいた。いつもより心なしか豪華なのは拓馬が来るからだろう。それも拓馬が昔好きだったものばかりが並んでいる。


 わたしの母親は料理が得意だ。好きでもあるらしく、苦にならないらしい。わたしからすると信じがたいことだが、本人がそう口にするならそうなのだろう。


「好きなものがあったら遠慮なく食べてね」


 そういうと、白いお皿を拓馬に渡す。

 彼は戸惑いながらもそれを受け取っていた。そして、いくつかチョイスして皿に盛る。奈月や父親なども自分が食べたいものを自由に食べていた。


「拓馬君も自炊しているのよね。毎日大変じゃない?」

「簡単なものしか作れないですが。最近は慣れましたよ」


 拓馬は母親の言葉を笑顔で交わす。


「拓馬君は昔から器用だったからね。美月は本当に不器用だけど、拓馬君がいてくれるから安心ね」


 拓馬はそんな言葉にも笑顔を崩さなかった。

 わたしは母親の言ったように不器用なんだと思う。料理ができないというわけではないが、何をするにも時間が異様にかかってしまうのだ。大学になったら一人暮らしの可能性もあるだろうが、今の状態ではそれも遠い話になりそうだった。

 そのとき、母親は何かを思い出したように「あ」と口を開く。


「でも、美月と拓馬君は同じ校舎で授業を受けていたのよね? 今まで会わなかったの?」


 母親は不思議そうにわたしに問いかけてきた。


「学年が違ったらそんなものだと思うよ」


 わたしは口直しを込め、注がれているお茶を口につける。

 一年と三年では学校の終わる時間も違う。放課後、一年と同じ時間帯に終わることがあっても、拓馬がいるとは思いもしないわたしは彼の姿を探したこともなかった。

 そのとき、あることに気付く。それはわたしに限った話だったのだ。だが、拓馬は同じ学校にわたしが通っていることを知っていたはずだ。


 わたしの学校は言葉通りの中高一貫制で、レベルもさほど低くない。高等部からの編入に限ってはかなりの難関だと聞いた。そういう環境下であるので、中等部から入った人の多くが高等部に進学する。


 わたしと彼が最後にあったのは、わたしが中二のとき。すなわち、今の学校に入学した後だった。だから拓馬はクラスは知らないまでも同じ学校に通っていたことは知っていたはずだ。それに奈月がわたしのことを触れなかったとも思えない。彼はわかっていて会いに来なかったのだ。

 別にそれはそれでいい。ただ、その事実を確認したとき、胸が痛んだのも事実だった。


「まだ体調悪いの?」


 わたしの箸の動きが止まっていたからか、母親が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。


「大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだから」


 わたしは余計な心配をかけさせないために、軽い口調で言うと、箸を伸ばす。そして、ツヤのあるごはんに箸を入れる。

 そのとき隣から人の視線を感じる。横を見ると、拓馬が眉をひそめ、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 さっき母親から聞かれたときのように素直な気持ちで応えることができず、強いものになっていた。本当にわたしのことを心配しているのかといったことが頭をよぎったからだ。彼とあまり会話をする気にならず、目をそらし、箸の動きだけを目で追うことした。だが、その決意をあっさりと奪い去るような軽い言葉が耳に届いたのだ。


「もしかして、今日階段から落ちたのって」


 わたしは思わず箸を置き、拓馬の腕を掴む。


「少し二人きりで話したいことがあるんだけど」

「話?」


 拓馬は意味が分からないのか、眉をひそめていた。


「大事な話なの」

「ごはん食べてからにしたら? 途中で席を立つのは行儀が悪いよ」


 そう言ったのは笑顔でごはんを食べている両親でもなく、無表情でお箸を口元に運んでいる奈月だった。彼女の言うことは正論で、反論の余地もない。わたしは箸を持つと、残ったごはんを口に運ぶ。拓馬はそんなわたしを見て、目を細めていた。余裕があると思わせる彼のそぶりに、なんともいえない気持ちでいっぱいになる。


「そうする」


 わたしは夜ごはんをできるだけ早く食べることにした。

 彼が余計なことを言わないかが気になっていたが、拓馬は特別話をすることなくごはんを最後まで食べていた。




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