意地悪な幼馴染
「音、切っておけばよかった」
そう言うと、苦笑いを浮かべる。拓馬は電話をとろうとしなかった。わたしの部屋にいるので、気を使っているのだろう。
「電話に出ていいよ。きっと用があるんだろうから」
「多分、そんなんじゃないと思うけどね」
拓馬は苦笑いを浮かべていた。だが、一向に鳴り止むない気配の電話に折れたのか、携帯を取り出し、携帯を耳に当てる。
「どうかした?」
拓馬は落ち着いた声で電話の向こうの相手に話しかける。そのときの彼はやはり、昔の彼とはどこか違っていた。大人びていて、子供らしさはほとんどない。
相手の声が大きかったのか、かすかに女の声が聞こえてきた気がした。
拓馬を見ても、表情はいつもと変わらない。
女の子の友達か、クラスメイトか。どちらかは分からない。拓馬には拓馬の交友関係があるのだから、そんなことを気にする必要もない。
拓馬は電話を切ると、携帯のボタンを操作していた。それをジャケットに無造作に放り込む。
拓馬の友達が知っているのに、わたしの知らない番号。せっかく携帯を出しても、わたしに番号を聞くこともしない。
教えてといえば教えてくれるかもしれない。だが、そのことを聞きだせずにいた。
「飲んだらリビングに戻ろうか。ケーキがあるらしいから」
「そうだね」
わざと明るく伝える。暗い気持ちになっているのを悟られないためだった。
「元気ない?」
「そんなことないよ」
彼とこれ以上はなすことに気がとがめ、オレンジジュースを口に含む。ストローをすうと、果実特有のしつこくない甘みが口の中に広がってきた。あっという間にジュースを飲み終わる。
拓馬を見ると、彼も飲んでしまっていた。
「行こうか」
彼の顔を見ることができずに、透明なグラスを手に持ち、立ち上がった。そして、部屋を出て行く。後ろに人の気配を感じることから、拓馬がついてきているは分かっていた。だが、今の気持ちを悟られないために顔は合わせあいようにした。
階段を半分ほど下ったとき、背後から声が飛んできた。
「電話が嫌だったわけ?」
「別に」
軽く返答する。いくらなんでも電話にでただけでそんなに嫌な気持ちになることはない。
「女の子から電話がかかってきてよかったじゃない。彼女?」
そんなことはないと心のどこかで思いながらも、乱暴な言葉を投げかけていた。
そのとき、階段を下り終わる。
彼からはっきりと違うという言葉が聞けることを期待していたのかもしれない。だが、期待した返事はすぐに聞こえてこない。あまりに黙っているのが気になり、振り向いていた。拓馬はわたしと目が合うと、いたずらっぽく微笑んでいた。
「知りたいんだ?」
「別に」
わたしは顔を背けていた。拓馬がくすっと笑うのが分かった。見透かされていたのだ。しまったという気持ちはある。だが、素直に認めることはできない。
「昔から美月は分かってないよね」
聞いた答えどころか、終いにはわたしを非難するような言葉をぶつけてきた。
そんな彼の言葉に反感を覚え、彼を睨む。拓馬は肩をオーバーにすくめ、苦笑いを浮かべている。
「何がよ」
「俺が誰をずっと好きなのか」
そのとき、拓馬がわたしの手をつかんだ。急にそうされ、わたしの体から一瞬力が抜ける。思わず壁にもたれかかるような状態になる。壁伝い彼から逃げようとした。だが、拓馬は掴んだ手を離そうとしない。
彼がわたしとの距離を詰めてくる。
「誰って」
何度も言われた言葉が頭によみがえる。
いつも彼はその言葉を笑顔で言ってきた。照れるどころか、おはようとかさよならとか気軽に挨拶を言うように。
「言葉で言っても分からないなら、態度で示してもいいけど」
そういうと、彼は身を乗り出してきた。整った彼の顔がほんの少し手を伸ばせば届きそうなほど至近距離にある。
「拓馬」
「ここで声を出したら、奈月達がやってくるかもね」
その言葉はわたしの言葉を奪ってしまった。今の状況は拓馬にとってのほうが不利なのは分かっているのに、それでも言葉が出てこない。ただ、金縛りにあったように目の前の彼の姿を見ることしかできなかった。
彼の顔が近づいてくると思い、目を強く閉じていた。だが、次の瞬間、わたしの手首に回されていた力が解かれる。そして、目の前から笑い声が聞こえてきた。
目を開けると、拓馬はわたしを見て笑っていたのだ。
「期待した?」
「するわけないじゃない」
からかわれたのだと分かる。体が熱を持ったように急激に熱くなる。
だが、次の瞬間、目の前にあった拓馬の姿はそこにはなく、左側の視界の隅に、黒髪が見えた。
「してほしいと言うなら、いつでもそうするよ」
彼が息を吐けば、それが届きそうなほどの距離で、耳元でそっとささやいていた。
「何を」
思わず大きな声を出しているのに気づき、自分で言葉を止める。
拓馬はいたずらっぽく微笑む。わたしから体を離すと、軽快な足取りでリビングの中に入っていった。
わたしは自分の鼓動が乱れているのを実感しながらも、リビングに入ることにした。
「まだ顔が赤いけど、大丈夫?」
リビングに入ると、母親がそう話しかけてきた。
「大丈夫」
拓馬は奈月となにやら話をしていた。わたしにあんなことをしてきたくせに、全く動揺していない。
わたしがどれほど緊張しているのかわかってもいないのだろう。
わたしはソファではなく、ダイニングテーブルに座ることにした。
「そこで食べるの?」
母親の言葉に無言でうなずく。さっきの今で、彼と顔を合わせてケーキなんか食べていられなかったからだ。
「ケーキは何にするの? ガトーショコラと普通のチョコレートケーキとイチゴショートがあるけど」
それを聞き、一つずつ脳裏にそのイメージを描く。奈月の言葉に反応したように、わたしは甘いものが好きなので、あっさりと決めることはできなかった。
「何でもいい」
「拓馬君と奈月は?」
「わたしはイチゴショート。お兄ちゃんはガトーショコラだって」
母親がわたしを見る。
「あとはチョコレートケーキと、ガトーショコラがあるけど」
「お母さんが先に決めていいよ」
そう口にしたのはケーキならどれも食べたいのと、さっきの胸の高鳴りがわたしの心の大半を支配していて決められなかったからだ。
そのとき、隣で椅子を引く音が響いた。横を見ると、拓馬が立っていて、その引いた椅子に腰を落としていた。
「なんでここに来るのよ」
拓馬から逃げるためにここに座ることにしたのに。
そのとき、拓馬の目の前にガトーショコラが置かれた。思わず目がケーキを追っていた。
「じゃあ、これね」