拓馬への誕生日プレゼント
秋の気配が徐々に冬へと移り変わり、教室にも暖房がつくようになった。
寒空をみていたわたしの視界に里実が映る。
「最近、拓馬君と何かあった?」
頬杖をついた里実がわたしをじっと見る。
まるで心の中を見透かされたような言葉に心臓が跳ねた。
「何でもないよ」
そうとっさに答えた。
彼女は黒い瞳でわたしを五秒程見つめ、目を逸らした。
「なら良いけど、何か悩み事があれば聞くよ」
「ありがとう」
わたしはお礼だけを言っておく。
拓馬と女の人が一緒にいるのを見かけてから、一か月が経った。
あれから彼女と拓馬が一緒に居るのをみたことはない。
あの日、自分が夢を見たのかと疑いたくなるほどだ。
ただ、そう考えるのはあまりに利己的で、現実逃避に過ぎないことも分かっていた。
もうすぐ冬休みになる。傾きかけたわたしの成績はなんとか回復し、合格圏内へと再び返り咲いていた。
受験の追い込みの時期ではあるが、もうイベントが控えていたのだ。
それは拓馬とわたしの誕生日だ。
わたしと拓馬は誕生日が三日しか離れていなくて、よく一緒に祝ってもらっていた。
知らない振りをしていいのか、祝ったほうがいいのかわたしは判断に困っていた。
けれど、わたしの母親はお祝いをするらしいので、前者の選択肢はありえないのだけれど。奈月も同じだ。
携帯にメールが届く。
その文面を見て、立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「じゃあね、奈月ちゃんによろしく」
わたしは会釈をすると、教室を出て、待ち合わせをしている昇降口にたどり着く。
そこには凛とした表情を浮かべる妹の姿があった。
靴を履くと、妹のところに行くことにした。
「行こうか」
奈月はわたしの言葉に頷いた。
今日は奈月と拓馬のプレゼントを買いに行くことになっていたのだ。
彼女が選んだのは学校の帰り道にある割と大きな雑貨屋さんだ。
店内に入ると奈月についていくことにした。彼女が真っ先に手にしたのはマグカップだ。
最近、拓馬の使っていたカップを千江美が割ったらしく、新しいのを買おうか検討しているらしい。
「お姉ちゃんは何が良いと思う?」
「何でも良いんじゃないかな」
あえて事務的に返答した。
彼女は不満そうに唇を尖らせると、手にしていたマグカップを棚に収め、店内を見渡した。
「マフラーとかは?」
「持っているんじゃないかな」
「一つくらいは持っているよね。やっぱり」
奈月がわたしより先に拓馬がここに帰ってくるのを先に知っていたことを思い出していた。
彼女は千江美のことも知っていた。あの少女のことを知っているのだろうか。
だが、そんな妹に頼る姿勢を頭で打ち消した。
彼女の指先が木製の箸置きに触れた。
「拓馬と喧嘩でもしたの?」
「何でもないよ」
「拓馬にも同じことを聞いたんだ」
「そうなんだ」
気にしない素振りをしながら、心の中では彼女の次の言葉が紡がれるのを待っていた。
「教えてほしいっていうなら、教えてあげるけど」
「別にいいよ」
わたしは心の中で唇を噛み、無表情に努めていた。
「何もないって言っていたよ」
妹の言葉にがっかりする気持ちを感じ取り、わたしは何を期待していたのだろうと揶揄したくなった。
拓馬へのプレゼントは結局マグカップになり、わたしも半分を出すことになった。
わたしは携帯を確認すると、短くため息を吐いた。奈月から届いたメールだ。
今日はわたしの誕生日。といっても誕生日の祝いは後日行うことにはなっている。
里実たちからおめでとうという言葉とプレゼントはもらっていた。
わたしと拓馬の関係は以前と全く変わらない。心の中ですっきりしない気持ちはあっても、それを言葉にはしなかった。
今日は奈月が拓馬とわたしと三人で一緒に帰ろうと言い出したのだが、何か急用が入ったらしく待っていてほしいと言われ待っていたのだ。その用事がもう少しで終わりそうらしく、その報告メールが届いたのだ。
もう教室には誰もいなかった。わたしは鞄を手に教室を出ようとした。
そのとき、扉が開き、館山君が入ってきた。
「忘れ物?」
わたしの問いかけに彼は首を縦に振った。
彼は自分の机まで行くと、英語のノートを取りだした。
「誰かと待ち合わせ?」
「妹と拓馬」
「そっか。君たちは本当に仲がいいね」
館山君はくすりと笑う。
仲が悪くはない。だが、複雑な気持ちは隠せなかった。
「下まで一緒に行こうか」
奈月との待ち合わせは中等部の校舎の昇降口の付近だ。そのため、彼と一緒に下まで行くことにした。
職員室に行き、鍵を返すと、昇降口まで行く。
もう辺りに人気はない。
「今日、君の誕生日なんだってね」
「里実たちから聞いた?」
わたしの言葉に彼はあいまいに微笑んだ。
「もう来月になると学校もほとんど来なくなるし、君にも会えなくなるね」
「そうだね」
わたしは地元の国立大学、彼は県外の国立大学を希望していたのだ。
他のクラスメイトとも会えなくなり、六年間も通ったからか、妙に寂しい気はする。
「君への誕生日プレゼントをあげるよ」
「そんないいよ。わたしだって館山君に何もあげてないし」
「いいから」
彼はそういうと、目を細めた。
「俺、坂木のことをいいなって思っていた」
ほんとうに奈月はよくもてる。実際、彼女に告白をしようとする人間はそうそういないようだけど。
まあ、彼女は自分が好きだと思わなければ、きっと付き合わないタイプだろう。
だが、田中君も奈月も好きなわけで、そう考えると二人はライバル同士になるのだろうか。
これがわたしへの誕生日プレゼントなんだろうか。
彼は困ったように頭をかいた。
「妹さんじゃなくて、君のことを言っているんだけど」
理解してその場で固まった。だってわたしに告白してくる人なんて、今までいなかったから。拓馬を除いては。
「わたしは」
「俺なら君を困らせたりはしないよ」
その言葉にドキッとした。まるでわたしと拓馬との関係を見てきたように言うから。
わたしは拓馬と一緒にいてどうだったのだろう。
困っていたとは思う。いつも振り回されて。結局再会してからもずっとそうだ。
振り回されるという言い方は微妙な気がするけれど、拓馬絡みでいろいろあって、今もそうで。
それでもわたしは拓馬が好きなんだと思う。
「いつから」なんてわからないけれど。
答えは決まっていた。彼からのプレゼントは受け取れない。
謝りの言葉を紡ごうとしたとき、わたしの体に影がかかる。いつの間にか拓馬が目の前に立ってたのだ。
「美月は俺のなんで余計なことをしないんでほしいんですけど」
拓馬はわたしの肩を掴むと、自分の背後に押しやった。
「それを決めるのは彼女だと思うよ。君と彼女は付き合っているわけじゃないよね」
「そんなの先輩には関係ないでしょう」
「関係なくはないよ。俺は彼女が好きだと思っているから。君が本当に彼女を好きなら、もっと彼女の気持ちを汲み取ってあげたほうがいいんじゃないかな。彼女が今、何を考えているか、悩んでいるか考えたことある?」
「そんなの先輩に言われなくても、俺のほうが何倍も知ってます」
「一緒にいた年数だけが問題じゃないと思うよ。君は自分の気持ちを彼女に押し付けてばかりじゃない?」
拓馬が顔を引きつらせた。
わたしはただ驚き二人の会話を見つめていた。物腰の柔らかい、優等生である館山君がこんな厳しいことを言うとは思わなかったから。




