二人の事情
週明けの月曜日、いつもの拓馬が来る時間にメールが届く。
また休むんだろうかと不安に思いながらメールを開くがそこに記されていた内容に別の意味で戸惑っていた。
そこには千江美という女の子と一緒に行くので、今日は別々に行くというものだった。
別に約束をしていたわけではないし、そうしたことがあるとは思うが、あのときの敵意まなざしの表情を思い出し、胃が痛んでいた。
引っ越して、彼の家がなくなったときには寂しさはあったが、そんなものだと納得していた。
小学生のころに友達が引っ越すということは頻繁にあり、最初のほうは連絡を取り合っても、いつしか疎遠になっていくものは当たり前だった。
その地での新しい生活があり、この地で過ごしたことは過去の一端に過ぎないと。
そんな過去のよくある一人だった彼がわたしのことを覚えていて、今でも好意を寄せてくれることに、行き過ぎると思うことはあった。
そこまで嫌悪しなかったのもどこかでうれしい気持ちがあったからなのだろうか。
わたしは携帯を閉じると、鞄に放り込んだ。
机を遮断する影をみつけ顔をあげると、佳代が笑顔で立っていた。
もう中間テストも終わり、梅雨の時期に差し掛かっていた。
あれから拓馬に会うことは一度もなかった。彼から届いたのは週明けの一度だけの一緒に学校に行けなくなったというものだけだったのだ。
一人になると拓馬がもどってきて、一緒に過ごしたということがウソなのではないかとも思えてくる。
「最近中学生の子と一緒にいるみたいだけど、いいの?」
「いいんじゃないの? わたしが関与することでもないよ」
わたしは立ち上がると、物理のテキストを手に取る。
次の授業は理科室で行われる。
「呼び出してあげようか?」
いつの間にか聞き出したのか、佳代の言葉に首を横に振る。
彼女なりにわたしを気にしてくれていることは分かっていた。
だが、わたしにはどうするという答えも出せなかった。
血縁者の彼女に会うのをやめろとそんな自分勝手なことを言えとでもいうのだろうか。
それに一週間や十日会わないくらいでぐだぐだいうこともどうかと思う。
教室を出て、階段を下りていく。一階まで降りたとき、昇降口に拓馬を見つけ、わたしの足も自然に止まっていた。
「拓馬君」
振り返った拓馬の視線がわたしで止まる。呼んだのはわたしではない。隣にいた佳代だった。
佳代はわたしの背中を軽く押す。
「少しだけでも話をしてきたら? 五分くらいは大丈夫」
彼は隣にいた市井さんに声をかけると、わたしたちのところまで歩いてきた。
「久しぶり」
佳代に呼ばれたはずなのにわたしに挨拶をしている。
「じゃあね。遅刻したら先生に適当に言っておいてあげるよ」
佳代と里美は笑顔を浮かべるとその場を立ち去ってしまった。
わたしと拓馬はその場に取り残され、通行する人の邪魔にならないように廊下の端に寄る。
そんなに長い間見ていなかったわけでもないのに、彼を見ると言葉が出てこなかった。
「今から理科室?」
頷くと彼は歩き出した。わたしもそのあとについていく。
途中で彼は足を止める。職員室に近い廊下で普段から人通りがほとんどない場所だった。
あたりはしんと静まり返り、遠くから人のざわめきが聞こえてくるだけだ。
「この前の俺の従兄妹のこと覚えている?」
わたしは胸に抱く教科書の力を強めた。
「彼女と一緒に暮らすことになったんだ。だから連絡も全然取れなくてごめん」
彼の言葉に頷いた。
「来週には母親が一時的にだけど来ることになっていて、そこであいつを転校するか、ここに残らせるか話し合いをすることになっているんだ」
「転校するの? でも、両親は?」
彼は一度言葉を飲み込む。
「あまりここでは詳しく言えないんだけど、彼女の両親は無責任な人で、俺のばあちゃんが彼女を引き取って育てていたんだ。
でも、その人が今年の冬になくなってだから俺が彼女の面倒を見るためにこっちに越してきたんだ。一番彼女が懐いていたのが俺だったから」
「そうだったんだ」
高校生で一人暮らしというのはそういった事情があったんだろうか。
「でも、いざとなると一緒に住まないと言い出して、しまいには一人暮らしを始めてしまったんだ。そんな状況だから美月に連絡を取るのも気が引けてさ。どうなるかわからなかったから」
「それなら言ってくれればよかったのに」
「でも、人の家のことだから率先していうのは気が引けた」
「あの家はそのために買ったの?」
「もともと大学のときはこっちに戻ってくる予定で、母親がいい物件を見つけたから安いうちに買っておくと買っていたんだ」
「そうだったの?」
「一応ね。その約束だった」
「そっか。彼女は引っ越すって言わないんじゃないの? 一緒に暮らしているんだよね」
「どうだろうね。俺の実家に住んだほうが楽だし、広いし。案外簡単にいいっていうかもよ。両親はあいつには甘いから」
拓馬は軽い言葉を返す。彼は分かっていないのだ。彼女が自分に対してどんな感情を持っているのか。
「暮らしたいと言ったら一緒に暮らすの? ずっと」
彼女と暮らした意味がこの数日の結果であればこれがずっと続くことになるんだろうか。
「嫌?」
直に聞いてきた言葉に首を横にふることしかできなかった。そんな利己的なことを言えるわけもない。彼女もあんな行動をわたしに対してとったのは何か抱えているものがあるんだろう。
すっと落ちるというわけにはいかないが、現状をどうにかして受け入れようと決める。
「無理しないでね。忙しかったら、わたしにできることなら協力するよ。わたしが難しいなら奈月やお母さんに頼むから」
わたしであれば彼女の反発を買うのは必至だった。
「来月には母さんがこっちに来るらしいから大丈夫だよ」
彼は一度結んだ言葉を再び綴りだす。
「その変わり学校ではたまにでいいからこうして会いたい。美月と話をしていると元気になれるんだ」
昔を思わせる彼の笑顔に不意打ちのように胸を高鳴らせていた。
その時チャイムが鳴り始める。
「教室に戻らないと」
わたしは彼の背中を軽く押す。
もし彼がわたしの言葉を拒否したら、わたしもうなずいていたかもしれない。
だが、彼はわたしの言葉を否定せずに頷いていた。




