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突然現れた少女

 翌朝、黒のワンピースを来た奈月は笑顔で階段をおりてきてわたしの目の前で足を止める。


「おはよう」


 わたしはうなずくだけで、黒のスニーカーを履いた。


「奈月と出かける予定だったの?」


 リビングから出てきた母親が不思議そうにわたしと奈月を見比べる。わたしが二分ほど前から玄関で立っていたのを知っているからだろう。


 リビングや部屋にいたら呼んでくれるなんて甘い考えは通用しない。彼女は置いていくといえば本当に置いていく。


「そう。行ってきます」


 彼女はわたしより先に家を出た。


「まずは買い物ね」


 彼女はメモを確認することなく、買うべきものを言葉で羅列する。


「あっているの?」


「あっている」


 彼女はそう言うと歩き出した。わたしも彼女の後についていく。


 基本的に暗記力がいいのか、見たものはすぐに覚えてしまうようだ。


そうしたことが関係しているのか、あまり勉強をしているのを見たことはないがそれなりの成績を収めている。


 彼女と一緒にスーパーに入り、食料を買い、その足で同じテナント内にある薬局で薬なども一緒に購入した。それをわたしに渡す。


 お店を出て再び歩きはじめる。


彼女の足が止まったのはわたしの家から十分ほど離れた建売のマンションだった。


新しいだけあり、マンションの前の前のタイルもきらびやかだった。


「ここ」


「こんな所に住んでいるの? てっきりワンルームとかだと思っていたよ」


「いろいろあるんじゃない? 不思議じゃないけど」


 彼女はマンションの中に入っていく。そしてインターフォンを押していた。


 口元に人差し指を当てわたしに合図する。黙っていろということなんだろうか。


 よく考えると奈月に頼んだわけで拓馬がわたしが来るということを知らない可能性もある。


 インターフォンに応じる声が聞こえ、わたしは思わず声を出しそうになる。だが、奈月ににらまれて思い直す。


「持ってきたよ」


 拓馬は少し枯れた声でお礼を言うと、インターフォンを切る。


何か切り替わる音が聞こえ、奈月は透明なガラス戸に手をかけ、中に入っていく。


脇には観葉植物が並べられてある道を通ると奥にあるエレベータの前まで行く。


 ボタンを押すとすぐに扉が開く。


 彼女が押した六階への到着を待ち、扉の外に出る。彼女はそのフロアの一番奥の部屋の前で足を止める。


 彼女はわたしに何も声をかけずに玄関のチャイムを押した。少し時間が経過して、物音が扉の向こうから聞こえる。


ドアをあけた拓馬の視線が一度奈月を見て何かを言いかけたが、その背後にいるわたしを見て顔が赤く染まっていた。


「美月?」


「中に入るよ」


 拓馬は遠目に見ている奈月に促されるようにして、その場から退いた。


 玄関を入ってすぐにある部屋でわたしと拓馬は椅子に座っていた。そして、奈月の入れてくれた紅茶を無言で飲んでいるという意味の分からない状況になっていた。


「熱あるなら部屋で寝ておけば?」


 奈月はあっという間に紅茶を飲み干し、からのコップをテーブルの上に置く。


「いいよ。大丈夫だから」


 奈月はそんな拓馬の額に手を伸ばし、眉をひそめた。


「これで熱がないわけがないと思うけど。お姉ちゃんを置いていくから、看病してもらえばいいよ」

 わたしと拓馬が同時に声をだす。そんなわたしたちを奈月はさっと見渡す。


「わたしも帰るよ」


 足元に置いたバッグに手を伸ばそうとすると、奈月にさっと腕をつかまれた。


 すでに自分のバッグを持った彼女に家の外に連れて行かれ、そこで腕を解かれた。


「一緒にいてあげれば? 拓馬は病人なんだから」


「だったら奈月も」


「拓馬だって二人もいたら気を遣うでしょう。わたしのことは気にしなくていいから」


 彼女はわたしの肩をぽんと叩く。


 これだとどちらが姉なのかもよくわからなくなる。


 彼女はそのままエレベーターに消えていく。その間、一度も振り返らなかった。


 彼女らしいといえば彼女らしい。


 ドアを開け、家の中に戻る。紅茶を飲む拓馬と目が合う。


「奈月は帰るって。もう少しだけいていい?」


 彼は小さな声で返事をしていた。


「教えてくれれば見舞いに来たのに」


「美月には見られたくなかったから」


「どうして?」


「なんかかっこ悪いし」


 わたしは彼の言葉に思わず笑ってしまっていた。


 かっこいいとかかっこ悪いとかそんな問題でもない気がしたからだ。


 複雑だった気持ちがすっと楽になっていく。


「幼馴染なんだからそんなの気にしなくても」


「戻ってきたら美月にだけはかっこ悪いところを見せないようにしようと思っていたから」


「どうして」


 答えは半分は分かっていたのかもしれない。だが、わたしには実感がなかった。


 わたしと彼はつりあわない。彼はその容姿がどれほど人を引き付けるのか理解しておらず、幼いころの幻想に取りつかれているだけなのかもしれない。


どれほど自分を過大評価しようとも彼とつりあうという結論には至らなかったのだ。


 その彼の目が大きく見開かれた。


 わたしはその後姿を目で追う。


 肌の色が通るような白さの、少し釣り目の少女が立っていた。


彼女は一瞬、卑屈な笑みを浮かべると、鍵を閉め、拓馬の傍に駆け寄る。


「大丈夫? 熱を出したと聞いて、びっくりしてやってきちゃった」


「大丈夫。月曜日には学校に行けると思う」


 彼女は横から拓馬に抱きつく。


 明らかにわたしの顔が引きつるのが分かった。


「美月さんですよね」


 彼女の何かを悟ったような言い方に何か妙な感情があった。


「おばさんは先に帰っていいですよ。拓馬はわたしがつきっきりで面倒を見ます。今日は泊まっていくね」


 彼女の敵意丸出しの言葉にわたしは顔を引きつらせる。


「泊まるって」


「従兄妹なんだよ。俺のおばさんの娘さん」


 拓馬は血相を変えてフォローをしていた。


「そうなんだ」


 わたしはそこでやっと事情が飲み込んだ。だが、彼女は拓馬に触れた手を離そうとしない。


 明らかに敵意を丸出しにしている。それはわたしが常々感じる、わたしを邪魔だと思う女の子の目。 


「もう帰ってください」


「千江美」


 冷たく言い放とうとした彼女の言葉を拓馬が強く口調で咎める。


 強気だった彼女の目に透明な涙が溢れてくる。そのころころと変わる表情にわたしだけではなく拓馬もあせりの色を滲ませる。


「わたしは帰るよ。今日はゆっくり休んでね」


 拓馬はわたしを無理に引き止めることはしなかった。


 玄関先まで送ってくれた拓馬の背後でわたしを見送る彼女はさっきまで泣いていたのがウソのように満面の笑みを浮かべている。


「来週からテストだけど、テスト勉強は大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「わからないところがあれば教えるよ。一応先輩だから」


 彼女がもっと不機嫌そうな顔をしたこともあり、引き上げることにした。

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