熱を出した拓馬
わたしは何度も携帯をチェックする。拓馬がいつも来る時間なのに、彼はまだやってこなかったのだ。
携帯に電話がかかってきて、わたしは電話を取った。
「美月?」
「どうしたの?」
「ごめん。今日、学校は休むよ。風邪引いた」
「分かった」
心配だが、わたしも学校に行かないといけない。
歩きかけた私の背後から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると翔子と市井さんの姿があった。
「おはよう」
わたしが挨拶すると、二人もそれぞれ挨拶する。
「朝、一緒に学校に行っているの?」
「勝手にごくたまに迎えに来るんです」
彼女は頬を膨らませ、顔を背ける。
そんな翔子の態度に市井さんは嫌な顔をせずに笑っていた。
「今日は一人ですか?」
「拓馬は熱で学校を休むらしいの。今から学校に行くところ」
「よかったら一緒に行きませんか?」
笑顔で二人の言葉を受け入れる。
「先輩と話があるんだけど、先に学校に行っていてくれないかな?」
「いいよ。じゃあな」
彼は私と翔子に声をかけると、その足で学校へ行ってしまった。
二人が一緒に行くはずで、家の遠い彼がわざわざ迎えに来たのに悪いことをしてしまった。
「いいの?」
「英明が一緒じゃないほうがいいと思ったんです。あの人は気にしないだろうけど」
その話を切り出す前に、翔子が歩き出す。私は彼女の後姿を追うようにして歩きだした。
昨日拓馬と立ち止まった交差点まで来ると、翔子は肩越しに振り返る。
私は歩を進め、彼女のもとへ行く。
「先輩と拓馬君は本当に仲がいいんですね」
拓馬を好きな彼女に言われてドキッとしたが、目の前の彼女は思い悩んでいるというよりはからっとして見えた。
信号が変わり、私達は歩き出した。
「拓馬君があなたのことをどれほど好きなのは分かりました。だから、もう忘れようと決めたんです」
「忘れるの?」
「世の中には絶対に変えられないものがあるんですよ。そういうのを追い続けていても無意味なのは分かっています。人の気持ちは移ろうものですが、彼のあなたに対する気持ちは少々のことでは変わらない気がします」
「それでいいの?」
「別にいいんですよ。わたしは自分が惨めになるような恋愛はしない。あなた以外だったら諦めなかった。きっとあなたと拓馬君ならいい恋人同士になるでしょうね」
彼女から告白されたわけではないのに、最初に見せられた悪意の影響からか、彼女の言葉がやけに恥ずかしかった。
彼女にわたしという存在を認められたような気がしたからだ。
だが、恋人同士というのはちょっと困る。
「でも、わたしはまだ拓馬と付き合ってないよ」
「わたしは時間の問題だと思っていますよ。行きましょうか。あまり立ち止まっている時間はなさそうですから」
目の前の信号は青に変わり、わたし達の周りにいた人は既に向こうの道路に渡っている。人気のない道路を慌てて横断することにした。
教室に入って席に座る。まだチャイムはなっておらず教室の中はざわついていた。
一息ついたのもつかの間、翔子の言葉が不意に蘇る。
頬が赤くなるのを感じながら、自分の頬をつねった。
付き合う、か。
再会した当初より素直に受け入られるのは、今までの拓馬と過ごした時間の影響だからだろうか。
「坂木」
名前を呼ばれて顔をあげると、舘山君の姿があったのだ。
彼がためらいがちにわたしを見るのに気づき、さっきの翔子の話が頭を過ぎる。同じ道を歩いて帰る人にはそんなわたし達の姿を見る機会があったはずだからだ。
「何?」
心臓の痛みを感じながら、彼に問いかける。
彼は言いにくそうに頭をかく。沈黙の時間が延びるにつれて、わたしの胸の痛みも増していく。
「昨日、坂木の幼馴染が何か言ってなかった?」
「え?」
想像していなかった言葉に、思わず驚きの言葉が出てくる。
昨日のあれだろうか。だが、誤解は解けたはずだし、拓馬が気にしているとは思えない。
「ならよかった」
彼はそのまま背を向けると自分の席に戻っていく。
舘山君と拓馬。顔くらいは互いに知っている可能性はあるだろう。何かあったんだろうか。
気になりながらも呼び止めることも、再び話を切り出すこともできなかった。
携帯を見ると、ため息を吐いた。
靴を脱ぎ、部屋に戻ろうとしたとき、リビングの電気が消えて、奈月が出てきた。彼女は部屋に戻っていないのか鞄を手にしている。
「今日、拓馬は学校休みだったんだってね」
「聞いたの?」
「メールが来たし、さっき会ってきた」
「さっきって、今日?」
彼女はそれだけを言い残し、部屋に行こうとした。だが、彼女の足がぴたりと止まる。さわやかな笑顔でわたしを見る。
「気になる?」
「だって熱があるんだよね。拓馬だって無理させられないよ」
「だから買い物とかいろいろしてあげたの。お姉ちゃんには悪くて頼めないんだって。で、今日買えなかったものもあるから明日も行かないといけなくなったの」
二人は仲がいいし、奈月はしっかりしている。拓馬が高校三年のわたしではなく、中学二年の奈月を頼りにしたことにショックを受けていたのだ。
「わざわざ行くの?」
「約束したし、仕方ないよね」
「わたしが行くよ。毎日だと奈月も大変だろうし」
「別にいいよ。拓馬の家ってそんなに遠くないんだ」
「家、知っているんだ」
「何度か行ったことあるもん」
わたしを一度も家に誘ったこともなかったのに。
拓馬のわたしを好きという気持ちって一体何なんだろう。こんなであれば奈月を好きだと言っていたほうが自然と納得できる。
妹に嫉妬するなんておかしいと分かっているのに、むっとしてしまっていた。
「どうしてもというなら、明日の十時までに準備を済ませて。連れて行ってあげるよ。玄関にいなかったらおいていくから」
彼女は最後にもう一度笑うと、軽い足取りで階段を上がっていった。




